第56話 余計な応援団
ハミルトン一家が、娘の社交界デビューのために一家を挙げて、王都にやって来たと言う噂はあっという間に広がった。
「このたびは、大々的にパーティを開くそうよ」
「娘が売れ残ってしまっては恥ですものねえ。気の毒ね。婚約破棄されたのですって?」
そんなことをささやく家もあったが、もちろんそんな家は招待されなかった。
ハミルトン家は、ただの伯爵家なのだ。王家とは違う。
つまり自由。自分たちが好きに招待客を決めていいのだ。パーティに呼んでもらえなかったなどと文句を言う人なんかいるはずがない。付き合いのある家を呼ぶだけだ。どこぞの侯爵家のように家格だけで呼ぶ家を決めるようなことはしない。
当日、ハンナは白の装いだった。
いつの間にか、伯爵邸には侍女たちが大勢働くようになっていた。彼女たちは、いつかのハドソン夫人たちのように、ハンナをうやうやしく着替えさせ、ものすごく満足げだった。
ハドソン夫人の時と違うのは、彼女たちが全員、間違いなくハンナの家の使用人だということ。
「本日の主役ですわ。とてもお美しい。きっと評判になりますわ」
夫人の昔からのお友達や親せき、伯爵と商売上の付き合いのある商人などが招待されて、楽しげな仲間内の会が催された。
「個人的なつながりのある方だけの集まりなの。たいした会ではないわ」
輝くような生地のドレスを着た母はそんなことを言ったが、招待客名簿を見る限り、盛大なパーティーだと思う。
ハンナはもちろん社交界にデビューしていない。
だがアレクサンドラ殿下に仕えてパース夫人の言動のあれこれや、学園でいろいろな噂を聞いているうちにだんだん少しは見当がつくようになってきていた。
そう。後になって参加者の名前を聞いたキャンベル侯爵も、ものすごく複雑な顔をしないわけにはいかなかった。
公爵家で参加しなかったのはヒルダ嬢のご両親だけだった。
もちろん公爵家の当主が全員顔をそろえたわけではない。ハミルトン夫人の妹が公爵夫人だったので顔を出したり、引退したはずの狩猟仲間の前公爵が車いすに乗って大笑いしながら乗り込んできたり、男爵家の出身だが公爵を叙爵した副財務長官がハミルトン伯爵とカード仲間を名乗って現れたり、パース公爵が実はハミルトン伯爵の従兄弟だったことが判明しただけだった。
「やっとここを解放してくれるってことだな?」
車いすの老公爵が、ハミルトン伯爵に向かって嬉しそうに言った。
「違いますよ」
ハミルトン伯爵は少しばかり渋い顔をして車いすの前公爵に返事した。
「息子が生まれる前までは、夫人がここでサロンを開いていた。あの頃はわしも毎日ここへ来ていた。場所もちょうどいいしね」
「子どもの教育がありまして……。まだ、十歳なんですよ。目が離せなくて」
「心配するな。もう王都に出てきてよい年じゃ。わしが責任をもって育ててやる。息子のリチャードに剣を教えに来るように言ってやろう」
「やめてください。騎士団長になんてことを頼むんです」
「なに。あんなの閑職だ。子どもの教育の方が大事だろう。伯爵が忙しいことは承知している。代わりを務めよう」
勝手に盛り上がる客を見て、ハンナは不安を感じた。
反対側では、いつもは厳粛な顔をしているパース公爵夫人が真っ赤な顔をして母のハミルトン夫人に向かって何事かまくし立てている。
ハンナの知らない夫人が何人か周りを取り囲んで、熱心に聞き入ってうなずいていた。
それから伯母がやってきた。
伯母が公爵夫人だと聞いてはいた。しかし、伯母のマーガレットはしょっちゅうハンナの家に遊びに来たが、いつも母と同じように田舎風の服装をして、嬉しそうに弟たちの面倒を見ていた。本当にただの子供好きな田舎の婦人だった。
あれは何だったのだろう。何かの幻?
見慣れたはずの伯母が、今夜はまるで別人に見える。クッキーをこねたり、鍋を焦がして料理人にばれないように悩んでいた伯母は、絢爛豪華なドレスに身を包み堂々としていた。あたりを払うばかりの威厳である。
「ハンナ、久しぶりね」
伯母は嬉しそうににっこり笑った。いつもの伯母だ。
「伯母様……」
ハンナが伯母様と言ったとたん、近くにいた何人かの若い女性たちがちょっと顔をこわばらせた。
彼女たちは、親の仕事の関係で、頼み込んでこのパーティに参加させてもらったのだと後で聞いた。学園に通っている顔見知りの令嬢もいたが、ハンナはその令嬢と親しい訳ではなかったので、特に挨拶はしなかったのだ。
「あのう、ハンナ様……」
そのうちの一人は、学園ではハンナのことを明らかにバカにしていた。
従って、ハンナも接触しようとしたことがなかった。
それなのに、おずおずと話しかけようとしてきたのだ。
こんなところで知り合いになりたくない。
都合がいいことに、例の車いすの前公爵が、見事な車輪さばきで、ハンナのところへやってきた。
「聞いたぞ、ハンナ嬢! 婚約を白紙に戻したって?」
前公爵は声がでかい。
「わしに任せろ。よい婿を世話しよう」
ハンナは全身で汗をかいた。そんなこと、大声で言わなくてもいいのに。
「わしは元々ハンナ嬢の婚約には反対だったんだ。わしには考えがある。思う男がいたのでな!」
「父親は私ですよ」
車いすにようやく追いついた父が抗議した。
「それに何ですか、思う男って。誰が思っているんですか」
「わしじゃ。大丈夫じゃ。公爵家の威信にかけて、ハンナ嬢の結婚を成功させて見せる!」




