第53話 実家が太い
翌日、ハンナはどんよりしていた。
疲れていたのももちろんあるが、それより、どう整理したらいいかわからない。
大パーティの翌日ということで、学園はお休みだった。寮の部屋でぐったりしていると、使いの者が来た。
「ハンナ様。ハミルトン伯爵様からの馬車が迎えに参っております」
校門のところには見慣れた紋章をつけた家の馬車が待っていた。
「マリア!」
領地にいるはずの侍女が馬車から顔をのぞかせていた。
ハンナはびっくりした。
「マリア、どうしてここに? そして馬車まで持ってきたの?」
「はい。王都にあるご自邸までお送りするのに、借りた馬車だと不都合だと旦那様がおっしゃって。それに、知らない馬車に若い娘は乗ってはならないと
ハンナは王都にある自分の家の屋敷を知らなかった。
父は大商人である。家を維持するお金に不自由はないはずだったが、昔からある自分の王都の屋敷は分割して人に貸していた。そのせいもあって、両親は寮の方がよいと決めたのである。
「住むにしても私一人だ。ホテルに部屋を借りた方が安いくらいだが、たまには泊まらないと家が荒れる」
屋敷には管理人と、たまに父が来る時の為に通いの家政婦がいるだけだと聞いていた。
だからハンナはちんまりした屋敷を想像していた。大通りから何本か奥に引っ込んだ通りに面した小さな屋敷。父のことだ、手入れに抜かりはないだろうが、便利で小さい館だろう。
だが、馬車は王都の中でも、最も人通りの多い目抜通りを進んでいく。
そして威風堂々たる立派な邸宅の前に停まった。二本の大通りが分かれていく真ん中に立っていて、まるで船の帆先のようだ。
巨大な建物だった。
「?」
こんな立派な家はそうそうない。すごく目立つ。一階には宝飾店、銀行、そのほかハンナには見当がつかない商店が入っていた。商店への出入り口とは別に、豪華なエントランスが付いていて、いかめしい感じの守衛がいた。
「あの、マリア」
たまりかねてハンナは聞いた。
「ここはどこかしら?」
マリアはフンと鼻を鳴らした。
「ハミルトン家のお屋敷でございます」
え? というのは声にならなかった。
父は使っていないと言っていたのに?
使ってはいる。他の人たちが。
「お父さまが借りているの?」
マリアがまた鼻を鳴らした。
何言ってるんですかと言った風情である。
「ハミルトン家のものですよ!」
「おお、これはマリア様」
偉そうに周りを睥睨していた中年の守衛が、マリアを見るなり態度をコロッと変えて最敬礼した。
「お久しぶりでございます」
マリアは、むしろ地味な格好をしたハンナを、いかにも仰々しく前に押し出した。
「ご苦労様。ご令嬢のハンナ様ですわ。くれぐれも失礼がないようにね」
守衛は、びっくりして目を丸くしたが、次の瞬間、九十度に腰を曲げた。
「かしこまりました! 初めてお目にかかります。守衛のハンスでございます」
「さあ、ハンナ様、こちらへどうぞ」
一歩中に入ると、玄関の間には吹き抜けの階段があり鋳鉄とガラスで作られたしゃれたデザインの灯りが、吊られていた。手前には守衛と同じような格好をした男性が美しいマホガニー製のカウンターの後ろに控えていて、きわめて慇懃に挨拶した。
「これはこれは、マリア様。久方ぶりでございます」
マリアは、男の丁重な挨拶を軽く受け流して、ツンとして言った。
「ハンナ様ですわ」
ハンナという名前は多い。ハンナにしてみれば、それだけの情報では、どこのハンナだかさっぱりわからないだろうと思うのだが、立派な口髭を生やしたその男性は、ハッとしたようで、深々と頭を下げた。
「お目にかかれて光栄でございます、ハンナ様」
え? どうなってるのか?
領地のメインの家より、遥かに立派な屋敷。
領地の家は、もっとずっと小さかった。使用人の数も多くなく、広い台所や、日当たりが良くてすぐ庭にも出られる食堂など、とても家庭的で暖かな雰囲気だった。この壮麗な感じの屋敷とは全然違う。
普通は、本邸の方が大きいのでは?
ハンナの領地の家の近くにも、とても大きい素晴らしい館があった。
あまりにも大きくて威圧感があったので、小さい頃ハンナは、それを魔法のお城だなんて考えていたくらいだ。今になれば、どこかの大貴族の館だったのだと解るが、ハンナの今いるこの建物は、その魔法のお城にも勝るとも劣らぬ素晴らしい屋敷だった。
「さあさ。お父様がお話があるとおっしゃってます」
ハンナは意識を館から現実に戻した。
父の部屋は二階だった。立派な執務室だったが、まだどこか新しい感じがする。
「おお、ハンナ。お入り。大変だったな」
父はいつもの身軽な様子で執務机の前から立ち上がり、ハンナをソファに座らせ、自分も向かい合って座った。
こうやって父と久しぶりに顔を合わせると、ハンナは、父が家に居た時とはちょっと違って見えることに気が付いた。
ずっと目つきが鋭くて、笑っていなかった。
「ジョージなんかと婚約させてすまなかった」
父は簡潔に謝った。
「もっとましな人間だと思っていたのだ。見立て違いだった。当家の側に有責の責任を押し付けて、婚約を破棄し、同情を買って公爵家の婿に納まろうとはな」
あれ。
お父様、なんかすごい。一行でジョージを要約したわ。




