第52話 ジークムンド王太子殿下とアレクサンドラ殿下
突然、華やかなファンファーレが鳴り響き、わああっという歓声が沸いた。
見ると、アレクサンドラ殿下とジークムント王太子殿下が会場に足を踏み入れたところだった。
思いがけない隣国の王太子殿下の登場と、未来の花嫁アレクサンドラ殿下の登場に、会場にいた人々は熱狂した。
「まあっ! まあっ! こんなところで隣国の王太子殿下を拝見することができるだなんて!」
生徒はもちろん強い関心を持って見ていたが、二階のバルコニー席の方からも熱い視線が注がれていた。むしろ生徒たちより、強力な何かを感じる。
二人はニコニコしながら、ホール中央へ出てきた。
ダンスをするつもりらしい。
例の楽長が落ち着き払って指揮棒を振る。
音楽よりも、わああ……といったように聞こえる人々の歓声が響いた。
人々からの視線は、もうハンナとフィリップ殿下などに向かってはいなかった。よかった。今日は、とても落ち着いていられなかった。
でも、今は父が来てくれた。
あれは、父が本当にまれに見せる激怒の表情だった。
大丈夫。
任せておこう。多分、悪いようにはならない。
ダンス会場には、楽しくて華やかであると同時に、ロマンチックなワルツが流れていた。
パース夫人の影に隠れ、ハンナは、華やかにホール中央で、手に手を取り合って踊るジークムント王太子殿下とアレクサンドラ殿下と、フィリップ殿下の背中を眺めた。
ジークムント王太子殿下とアレクサンドラ殿下のダンスを見ようとすると、先にフィリップ殿下の背中が目に入るからだ。
エリック様がフィリップ殿下……
エリック様は、フィリップ殿下の変装だった……
なんで、そんな真似を? 理由が解らない。
しかしフィリップ殿下はとてもかっこよくて、とても美しい容貌の方だ。
あの変装のままならとにかく、こうなっては皆が放っておかないだろう。
あの見かけのままでさえ、身分目当てで結構引く手数多だったのだ。本人が関心なさそうだっただけで。
ハンナはそろそろと後じさりした。
不肖伯爵令嬢の出番はないと思う。
タイムスケジュールによると、本来このダンスはないはずだった。
しかし、現実には、アレクサンドラ殿下に夢中なジークムンド殿下は、ダンスをする機会を逃さなかったのだ。
「もうっ。殿下方ときたら……」
パース公爵夫人はイライラしていた。ジークムンド殿下は翌朝には帰途に就くことになっていた。警備の関係があるので、帰り道のスケジュールはかなり厳密である。
「結婚なされば、いくらでもダンスできるでしょうに。それこそいやという程」
その言葉を聞いた途端、フィリップ殿下がくるりと振り返った。
「ハンナ」
驚いたことに殿下は少し悲しそうだった。
「踊りたいのだけど」
とんでもない。ハンナは、フィリップ殿下狙いではない。それに二回も踊ったら、婚約者ですかとか言われてしまうと思う。
ハンナは激しく手を振った。
「いいえ、いいえ。私は今日アレクサンドラ殿下のお手伝いに参ったのです。ダンスをする気はございません」
「結婚すれば、いくらでも踊れると思う」
え? え?
ハンナはフィリップが殿下が何を言っているのかわからなかった。
ようやくハンナは口元に苦しい笑みを浮かべた。
「もちろん、そうでございますとも。奥様とダンスなさる機会はいくらでもおありかと存じます」
「最愛の妻とね」
その時、わああっという声が上がった。二人が踊り終わったのだろう。
会場中に向かって、大きく手を振ると、ジークムンド殿下はアレクサンドラ殿下の方を振り返り、手を押し頂いた。そしてその手を取って、出口向かって歩き出した。
いつでも有能な護衛騎士団が、それとなく二人を包み込み、殿下たちに誰も近づけないように警護する。
二人は手を振りながら会場を出て行った。
出て行った頃には、ジョージとヒルダ嬢の茶番なんか、誰の頭からも抜け落ちていた。
「素晴らしかったわ!」
「アレクサンドラ様は、本当に絶世の美女ですわ」
興奮した人々は口々に隣国の王太子と未来の王太子妃をほめちぎった。
例の年取った宮廷楽師長は、一番うまいタイミングで指揮棒を取り出した。楽団が、ダンスの曲を始め、生徒たちは、今度こそ自分たちの為に踊り始めた。




