第44話 噂を広める人
あのエリザ嬢とジョゼフィン嬢は、知らない人だけど、ある意味、とっても素晴らしいわ。
「いっそ見習いたいわ……」
思わず、ハンナはつぶやいた。
アレクサンドラ殿下とフィリップ殿下も、留学生二人の鮮やかな会話には釘付けだった。
しかし、アレクサンドラ殿下は目をキラキラさせて面白がっていたが、フィリップ殿下は黙り込んでいる。
変な変装のせいで、元々表情はわからないのだが、固まっている。
アレクサンドラ殿下が陽気な調子で、隣国から留学してきた二人の令嬢のことを教えてくれた。
「有能ですわ。フィリップのことは勘違いセクハラ野郎って、触れ回ってくれてますのよ」
「えええ?」
「ヒルダ嬢の周辺にだけですけどね。隣国でのフィリップ殿下の黒歴史を知っているので」
ハンナはこわごわフィリップ殿下の様子を窺った。黒歴史って何かなー?
「主にジョージとかにね。ジョージは大喜びでヒルダ嬢にその話をしてるようよ。これでフィリップのことを嫌いにさせようと思っているみたい。最近、ヒルダ嬢のお父様の公爵があまり来なくなったって、王妃様がおっしゃっていたわ」
「知りませんでした」
「まあ、公爵家のお話は知っているはずがないわよね」
「いえ。そのフィリップ殿下の黒歴史です」
フィリップ殿下がギギギと動き出した。
「エリザとジョゼフィンに聞いてみたらいかが?」
「止めて」
フィリップ殿下が出来るだけ低い声で言い出した。
「絶対に接触するな。王族として命じる」
「あら嫌だ。どうせ、ダンスパーティの日に暴露されちゃうんじゃないかしら? ハンナ、その日まで楽しみにしてて。とっても面白いお話なの。で、ダンスパーティの打ち合わせがあるから、今からパース夫人と一緒に来てちょうだい。お茶も一緒にしましょうよ」
「かしこまりました」
お茶は、ダンスパーティの打ち合わせのついでなのね。ハンナはいそいそと返事した。
あ、でも、エリック様への連絡はどうしよう。
「必要な連絡は誰か侍女にやらせるわ」
エリック様に連絡を入れてくださるんだ。ハンナはホッとした。
同時にちょっとだけ寂しかった。
「ダンスパーティの日の打ち合わせなら、僕も」
「あなたは関係ないでしょ? ここで、エリザとジョゼフィンのお手並み拝見をやってなさい。さあ、ハンナ、こっちへいらっしゃい」
いつの間にかパース夫人が来ていて、ハンナを席から立つよう促した。
アレクサンドラ殿下御一行様は、ゆるゆると食堂から出て行き、フィリップ殿下だけが残ることになった。
ハンナがアレクサンドラ殿下のお気に入りだと言う噂は、誰かが故意に流したのではなくて自然発生的に広がっていた。実際、今日のように、昼食後アレクサンドラ殿下の後に付き従っていく様子を見ていると、納得だった。
ハンナは、いつも身の程をわきまえた地味な衣装だった。伯爵令嬢としては、地味過ぎるくらいだ。ご学友という立場を考えてのことなのだろう。学業だって優秀で、入学直後からあの厳格なトンプソン先生のお気に入りだった。
表立ってハンナを非難するのは、あまり賢明ではないと普通の貴族の娘なら気が付くはずなのに、どうしてあんなことを言い出す者が出るのだろう。
「こんな食堂のような、誰からも聞こえるような場所で、どうしてハンナ様の悪口を言うのかしら? ハンナ様を蹴落として、アレクサンドラ殿下に仕えたいとでも?」
アレクサンドラ様ご一行がいなくなると、高貴なる留学生二人組が、例の悪口女生徒の事情聴取に取り掛かった。
すっかりおとなしくなった二人組は、シュンとなって留学生の前でうなだれていた。
「そんな身の程知らずなことは……」
「だって、あなたはさっき貴賤結婚だなんて言ってたじゃありませんか。身の程知らずにもほどがありますよ?」
「あれはだって、知らなかったんです」
「でも、アレクサンドラ殿下にお仕えしたい以外に、ハンナ嬢の悪口を言う理由はないでしょう? ただのやっかみ?」
相手はソバカスがほんのり浮いた顔をあげた。
「いえ、違います。婚約者のヘンリに頼まれて」
「あら。ヘンリって誰?」
「同学年の男の子なんですけど、声を掛けてくれたんです。私もこの学園でご縁を探さなきゃならなくて」
「そう。でも、ヘンリはなぜあなたにそんなことを頼んだの? ハンナ嬢を貶めるようになんて」
「なんでも侯爵家のご子息様から、直接依頼を受けたそうです。でも、男性がそんなことの口を出すわけにはいかないからって」
少し離れた場所で黙って聞いていたフィリップは立ち上がって、次の教室に向かった。
話は大体わかった。
ジョージはつまらない画策をしている。だが、全部、ハンナを傷つけるものだ。
フィリップ殿下の心の中には、これまで知らなかった怒りの炎が燃え出した。
自分の為なら、我慢して放っておくかもしれない。だけど、今度はそうじゃない。




