第40話 パーティ用のドレス
アレクサンドラ殿下の目が和らいだ。
「ハンナ、あなたはとてもいい子ね。だけど、それで自分の幸せはつかめるかしら?」
「殿下、どういう意味ですか?」
「だって、あなたにもし、本当に、好きな人ができた時、あなたはそんな四角四面な考え方だけで、その気持ちにフタをして我慢するだけなの?」
「でも……」
アレクサンドラ殿下はニコリと笑うと、代わりに私が考えてあげると言い出した。
「私が何とかしてあげる。その代わり、ダンスパーティには出てね」
「あの、私は、私さえパーティに出なければ、婚約破棄事件は発生しないんじゃないかと思うんです」
「あら。大丈夫。それにあなたは、栄えある私のご学友ですもの。でないわけにはいきませんわ。侍女だけだと、学園内で何かあった時、対応できないかもしれませんしね」
殿下、ひどくない? だって、本当に出たくない。出れば、必ず婚約破棄される。一番確実なのはダンスパーティに出ないことだ。
そうすれば、ジョージだって、ハンナに婚約破棄だなんて言い渡せない。なにしろ相手がいないのだもの。
「それはどうかしら? あなたが居なくても、大勢の目の前で婚約破棄を宣言したら、婚約破棄は事実上成立するんじゃないかしら?」
ですから、余計、そんな場所に居合わせたくないんです! いてもいなくても同じなら、せめて、注目を浴びたくないわ!
アレクサンドラ様だって、ハンナがエリック様とデートしていたとしても、その時間はアレクサンドラ様とお茶をしていたことにしてくれると言うけれど、王族の好意なんか、当てにならない。いざとなったら、ハンナのことなんか忘れているかもしれない。
「殿下のパーティにそんな騒ぎは不必要だと思いますわ」
「騒ぎなんか、私がどうとでも納めますわ。それより、あなたがいないと困るの」
仕方ない。ハンナはそれ以上何も言えずに、殿下の部屋から出て行くしかなかった。
トンプソン先生が、王宮の出口のところでハンナを待ってくれていた。
「さあ、行きましょう」
ハンナは、トンプソン先生に恨みがましくなく愚痴るしかなかった。
「もちろん、殿下の御用が一番なのは承知しております。殿下がどうにかしてくださることも、疑っておりません」
めっちゃ疑っているけれども!
「ですけれど、騒ぎは起きないのが一番。私さえ出なければ、派手な婚約破棄劇は起きないと思いますわ。ジョージ様がお望みなら、水面下で、婚約を白紙に戻すなりすればよろしいではありませんか。なんで、パーティ会場でやりたいのでしょう」
トンプソン先生もうーんとうなった。
「ジョージ様は、あなたのことなんか、どうでもいいのではありませんか?」
ハンナは目を見張った。それは考えていなかった。
「多分、大勢の目の前で派手な婚約破棄をして、婚約破棄を確実にしたいのでしょう。それに、横にヒルダ公爵令嬢を侍らせて婚約破棄をしたら、きっと、ヒルダ公爵令嬢も責任を取る格好になると考えているのでは?」
本気で公爵令嬢と結婚するつもり? そのためにハンナに汚名をかぶせて利用する気なのね?
「あなたが一方的に悪いことにしないと、今後ジョージ様に火の粉が飛びますから、理由はひねり出すでしょうね」
ハンナは孤立無援な気分になった。
「それですと、今度は私がヒルダ様の公爵家に恨まれるのでは?」
ジョージの強引なやり方が公爵家に通用するかしら? 公爵は、ジョージを婿に欲しがっていないのではないかと思う。
余計マズい気がする。公爵家から、もっとしっかりジョージを捕まえておかないからだとか言われたらどうしよう。ジョージなんか要らないんだけど。
「まあ、パーティに出るよう命じたのはアレクサンドラ殿下ですから、責任は取ってくださると思います」
むむむ。大丈夫だろうか。
考え込んでいるうちに、トンプソン先生は寮への道から逸れて別方向に向かっていく。
「あら? 先生、寮への道はこちらですけど?」
「ダンスパーティ用のドレスが届いているのですよ。試着して欲しいって、ハドソン夫人から頼まれてまして」
「え? 私は殿下のお付きです。いつもの紺の自分のドレスで十分ですわ!」
「ご学友であって侍女ではないので、ダンスパーティの参加者らしいドレスでないと具合が悪いのです」
案内されたのは、いつもの護衛騎士用の控えの間だった。
ドアを開けると、いつも以上に大ニコニコのハドソン夫人と、いつもの倍の針子軍団がニコニコ笑顔で待っていた。なんなら、ハンナが入ってきた途端、おおッという声が聞こえたような気さえする。
ハンナは、その気合に圧倒された。
「えっ? あの?」
「さあさあ、お待ち申し上げておりました。アレクサンドラ殿下とお茶のお時間だったとか」
ハドソン夫人が声を張った。大勢の針子たちは深くうなずいた。なんだかうれしそうだ。
いや、それに間違いはないけど。なぜ、みんな知っているの?
「殿下のダンスパーティ用のお衣装は今回はブルーグリーンだそうですので、それに合わせた色目を考えました!」
ハンナはちょっとホッとした。なるほど。アレクサンドラ殿下を立てなくてはならないので、ハドソン軍団も工夫が必要になってそれで……
「こちらなんかいかがでしょうか?」
ハンナはのけぞった。
「ゴ、ゴールドのドレス……」
派手。思い切り派手。クリーム色の生地がきらめいて金に見える。
「上に紗に金糸の刺繍を入れていますの」
「この模様は何ですか?」
金糸の模様は、ありきたりの草花ではない、見たこともない不思議なデザインだった。
「ホホホ。そこにお気づきとはお嬢様はお目が高い。ハドソン商会渾身のデザインでございます」
ハドソン商会渾身のデザイン? このデザインはどこかで見たような?
「さあさあ、まずはサイズ確認でございます」
「そうそう。ダンスパーティは来週。間に合わせねば」
ハンナはハッとした。そうだった。もう来週に迫っていた。この大事な時に父から返事は来ないし、トンプソン先生もアレクサンドラ殿下も、全然あてにならない。
ジョージから、私の有責で婚約破棄されたら、私はどうなるの? 不貞令嬢として、あるいは全然関係のないフィリップ殿下狙いだなんて噂を流されたら、もうどこかの修道院にでも行くしかないじゃない。
ジョージの野心のために、ハンナは利用され尽くすだけなんだ。
誰か止めて。
父しか助けになる人はいないのに、返事が来ない。
「でも、ハドソン夫人!」
ハンナは言い出した。
「私はパーティに出たくないのです。パーティに出たら、私はキャンベル侯爵の令息にいわれのない不貞を宣言されて、婚約破棄されて傷もの令嬢になるだけなんです」
ガチャリとドアが開いた。
ハンナはハッとした。誰が入ってきたのかしら? 今の言葉を聞かれたら、もしかしたら不敬罪になってしまうかもしれない。
『わあ。ハンナ、とてもきれいだ』
護衛騎士のエリックだった。
とてもうれしそう。
『久しぶり。一週間も会えなかったね! もうジョージの魂胆が知れたから、これ以上、あとをつけなくていいって、アレクサンドラ殿下から止められてたんだ』




