第33話 変装の理由
王妃様は不安そうに言った。
不要な貴族間闘争は避けたい。
しかし、王子は胸を張った。
「おまかせください。そのための変装ですよ。これなら立派な変態です。どんな令嬢だって、寄り付かないと思います。たとえヒルダ嬢だって」
王妃様は目を覆った。今の言葉、侍女長が聞いたらどう思うだろう。
子どものころから可愛がっていて、大きくなったらきっととても素敵な殿方になるでしょうと期待していたのに、変態になってしまっただなんて。
「その恰好はそのためだったの?」
「一番大きい理由は、隣国からの追跡を逃れるためです。エリックは評判の美男子だった。だが、その目立つ男はいなくなった。隣国はもちろん、この国にもいません。この国の貴族らしいとわかっていても、ここまで容貌が異なれば、追いかけようがない。そのうちみんな忘れると思います」
それとやっぱり女性は怖い。褒め称えられるのは気分がよかったけれど、女の子たちにさめざめと泣かれたり、自分が悪いかのように噂が流れるのは、神経を削られた。
「留学前は、王家の予備としてずっと深窓で育ってきました。そのあとは留学。僕の顔を知る者は本当に少ないです。アレクサンドラと違って、社交界デビューのようなことはしなかったし」
「あれは、王太子殿下のご要請で、やむなく公式パーティに出ましたのよ!」
「僕の場合は、学園デビューしたことで、初めて貴族界の人たちに顔を知られることになったと思います。顔がわからなくても、成績さえよければ、そこまでディスられることはないでしょうし、今度こそ目立たない学園生活を送りたかったんです」
「でも、フィリップ、ハンナ嬢はどうなるの?」
横で聞いていたアレクサンドラ王女殿下が、額にしわを寄せて聞いてきた。
「どうなるのとは?」
「だって、ジョージは浮気者だからと言う理由で、ハンナを婚約破棄するのでしょう? ハンナをエスコートするのは、カツラとメガネなしの護衛騎士のエリックだって言ってたわよね? それじゃまるで浮気の証拠みたいよ」
「だって、エリックはフィリップ王子なのですよ? つまり僕の方が格上。ジョージは格上だ格下だと言った問題に敏感な男ですからね。僕には逆らわないでしょう」
「あのね、アレクサンドラが言っているのは、あなたが学園デビューした時から変装しているので、誰もフィリップ王子の本当の顔を知らないってことなのよ。そりゃパース公爵夫人とか、本当に王家の近くに仕える人たちは知っています。でも、会場は学園なのでしょう? 誰にもわからないと思うわ。見事なまでにジョージの思う壷よ?」
王妃様が絶望的なことを言い出した。
「そうなのよ。フィリップ、あなたの計画には穴があるわ」
「それに、ハンナ嬢についての噂より、あなたの噂の方が大きく広がっているの。そのことも伝えておかなきゃと思って」
王妃様が言い出した。
「え?」
雨男の噂が? あれはダメだ。生命の危機を感じる。
「そうじゃないの。なんでも、氷の貴公子のエリック様がフィリップ様だと言う事実を、つかんだ者たちがいるらしいの」
「ええッ?」
そんなバカな。完璧な逃走だったのに。それにその黒歴史な氷の貴公子という名前をなぜ知ってる?
留学中、彼は一度も自分の名前を名乗らなかった。署名をするわけにはいかなかったので、商会まで設立した。契約は全部、金玉商会が行ったことになっており、フィリップの名前はどこにも出てこない。
「王家から影の者もつけなかったから、そちらから知られた線はないわ。月に一回私からの手紙が届くでしょう? それを執念深く見張っていた者がいたらしいの」
フィリップは震え上がった。影の者いなかったの? うわ、怖い。絶対大丈夫だと思って、変な奴らにケンカ売っちゃったよ。
フィリップの感想をよそに、王妃様の分析は続いた。
王妃様からの手紙は、確かに月に一回の割合で届いた。
だが、アリスとしか署名がされていない。
筆跡を見れば、誰からの手紙か、フィリップにはわかるからだ。
「馬の状態とか、使者の制服とか……もちろん平服で行かせたけど、馬だの装備だのは面倒なので全部は替えていなかった。そこから割り出していったらしいの」
「執念ね」
アレクサンドラ殿下も驚いた様子だった。先まで、氷の貴公子のところで笑っていたくせに。護衛騎士団も失笑していたくせに。
「月に一回、それも不定期にしか届かない。渡したらすぐ帰ってしまうので、その瞬間に立ち会わなければわからないわよね。二十四時間体制で見張っていたということかしら? それともとても運がよかったのか」
「使いの者は見張られていることに、気が付かなかったようなの。でも、全回把握されていたらしいわ」
恐ろしすぎる。
「それで、こちらへ来てあなたを探しているようだったの。フィリップは厳重に変装しているので、ばれなかったみたいだけど、代わりにカフェ・ブールヴァールで似た男を見かけたそうなの」
フィリップは背筋が寒くなる思いがした。雨男の秘密がバレたら、命の危機だ。
「聞き込みが開始されて、エリックという名前の護衛騎士について、様々なことが聞かれるようになったのだけど、カフェ・プールヴァールのオーナーやハリソン夫人は口が堅くて、一言も何も漏らさなかったらしいの。ところが、カフェ・プールヴァールの何も知らない給仕がね……」
従業員が多いところは難しい。何かの折に、目立つ金髪の美男が実はフィリップ殿下だと、ひそかにバレたのだろう。
「調査団は氷の貴公子を探しているとしゃべって歩いたらしいの」
王妃様は真面目に話しているのに、フィリップだって、真剣に聞いているのに、アレクサンドラ殿下と護衛騎士団め、ずっとその言葉が出てくるたびに、失笑するんじゃない!
「ところが、彼女たちは、なかなか節操のある人たちらしくて。自分の店員が失敗したことに気づいたカフェ・プールヴァールのオーナーがパース公爵夫人のところへ泣きつきに行って、彼女たちと接触が成功したの。そして、フィリップの二つ名、氷の貴公子を封印してくれることになったのよ」
「よかったわね、フィリップ」
アレクサンドラ殿下がめちゃくちゃ笑顔で言った。何が面白いんだ。フィリップ殿下は眉をしかめたまま確認した。
「要するにエリックがフィリップだってことを秘密にしてくれるんですよね……どうしてでしょうか?」
莫大な口止め料とか?
「フィリップ、あなたってば、本当に性根が腐ってきていない?」
とはいったものの、王妃様は付け加えた。
「彼女たちは、あなたの幸福を心底願っているそうです」
「はあ?」
その執着度合いから、過激な聖遺物収集で一儲け企む醜悪な集団かと思ったのだが。
「お名前をお聞きすると、『氷の貴公子ファンクラブ』代表のエリザと『孤高の美貌を崇め奉る会』の副会長ジョゼフィンと名乗られました」
「…………」
フィリップがショックから立ち直ると、王妃様が追加爆弾を落とした。
「あなたの為なら何でもしますって、おっしゃられて。恋人ではないと言うし、理解できなかったのですが、本気らしかったので、当面の危機を脱する方法をご相談しました。私ではなくパース公爵夫人が」
ま、まあ、王妃様直々にそんな相談はしないでしょう。
「そして、あなたが隣国でいかに鬼畜変態だったかを語っていただくことになりました」
「鬼畜変態?」




