第29話 殿下の留学
話はフィリップ殿下の留学した経緯まで遡る。
第二王子様には、王太子殿下に何かあった時の予備みたいな役割がある。したがって王宮という鳥籠に閉じ込められて、安全に暮らしていた。
でも、王子本人は面白くなかったらしい。
王位継承権の予備とかいう問題は、甥っ子の誕生で霧散した。
たった半年ほど前の話だが、彼は堂々とお忍びで留学に出掛け、大いに楽しもうとした。
もう、自由だ。
自国内では、誰もかれも彼を特別扱いする。外国で、誰にも手加減されずに剣の打ち込み稽古をしたり、止められずに乗馬に興じたり、机を並べて勉学に切磋琢磨したかった。
留学生になって、それが全部実現出来て、フィリップ殿下は、それはそれはご満悦だったのだが、思わぬ伏兵が現れた。
数限りなくやってくる美々しく着飾った子女たち。
実を言うと、フィリップ殿下は容姿だけは、ものすごくよかった。
アレクサンドラ王女が稀代の美少女だったせいで、自国では霞んでいたが、単独で見ると、それはもう目立った。
人目を惹くキラキラした金の髪、サファイヤの瞳、整った目鼻立ちと、金色より濃い色の眉とまつ毛が顔立ちに陰影を与え、微笑みでもしようものなら、何の意味もなのに意味ありげに見える。
正直いうと、フィリップ殿下だって、可愛い女の子に取り囲まれて、きゃあきゃあ言われるのは大歓迎だ。
男たちには、多少やっかまれるかも知れなかったが、まあ、天性の美貌だし?
などと、雑なことを考えていたのだが、ダメだった。
お忍びなので、最初は気楽に話をして、令嬢側の強い希望で、カフェに行きショッピングに付き合ったが、面白くないことおびただしい。
ていうか、ムカつく。
なんで、俺が、こんな女の訳のわからない話に付き合わねばならないのか。
お茶の銘柄とか、ケーキやクッキーの混ぜ物なんかどうでもいいじゃない。杏子の干したのだろうが、チョコレートの混ざったのだろうが、食べてしまえば一緒だろう。
ドレスのリボンだって、頭のレースだって、フィリップに聞かれても、コメントしようがない。
一番困ったのは、彼女たちが希望をはっきり言わないことだ。
どうやら、次のデートの申し込みをフィリップからしなくてはいけなかったらしい。そのことにフィリップが気付いたのは、件の令嬢の機嫌がそこはかとなく悪くなって、三日ほど経ってからだった。
フィリップは進退極まり、二、三人とデートはしたが、そのあとはほったらかした。面白くないし。それに自分の手には負えない。
しかし、ついたあだ名は、やり逃げ男。なぜ? 全く身に覚えがない。
「俺は何もしていない!」
やり逃げ男は甚だ不本意だが、そんなあだ名がつくくらいならせめて遠巻きにしてくれたらいいのに、やっぱり美貌は罪なのか、次から次へとお相手希望者が現れる。
面白くないから、当然断るのだが、次は「お高く止まっている」とのお言葉。
大勢できた男友達の方にアドバイスを求めると、「扱いが下手」と言う絶望的な評価が返ってきた。
「俺のどこがそんなにまずい?」
顔か? 顔じゃないだろ。扱いって何?
「いや、だって安易にデートを受けるから」
「だって、向こうからのお申込みだぞ?」
相手はとても面倒くさそうに教えてくれた。
「上手く断れよ。顔色を読め」
上手くって、どういうやつ? それに、顔色って、どこに書いてあるの?
これまで、王宮で機嫌を取られたことしかなかったフィリップは、死にそうになった。顔色を読む練習なんかしたことない。それでも男相手なら、なんとなくわかるが、妙齢の女性なんか誰一人知り合いがいない。
王子に変な虫がついてはいけないから、品行方正、下心などみじんもない女性としか接したことがない。
そのうち「人でなし」とか言われ始めた。もう最低だったが、ある日、彼が実は隣国の王子だと言う噂が流れ始めた。
「お前、ほんとに王子なの?」
「ま、まさか!」
この嘘が、空気を読むってやつなん?
しかし今度は「氷の貴公子」になり、「孤高の美貌」とか呼ばれ出した。
誰もデートの申し込みに来なくなったが、あまりにもウケが悪いので、通りすがりの女子生徒に微笑んで見せたら、後でその令嬢がリンチに遭ってた。
そしたら代表が謝罪に来た。
「代表? なんの?」
意味が解らない。 何の脈絡だか、全然わからない。
「氷の貴公子ことエリック様ファンクラブ代表でございます」
現れた令嬢は深々と頭を下げた。
「ふぁんくらぶ……」
呆然とフィリップはつぶやいた。ちなみにエリックとは、フィリップ殿下が同名では都合が悪いからと隣国で名乗っていた名前である。
なんで一週間かそこらでファンクラブが形成されるのか。ついこないだまで、やり逃げ男と揶揄されていたのに、なんなの? この落差。
隣国の王子と言う噂を、フィリップ自身が聞いたのは確か一週間くらい前だ。
「此度の不手際、大罪を犯した件の女性は糾弾会にて自己反省させました」
えっ……なにそれ。なんか怖い。
「氷の貴公子に秋波を送るとは不届き千万!」
あれ秋波だったの? 目が合っただけだと思うけど。しかし、疑問を口にする間もなく、次の衝撃波が訪れた。
「副会長でございます」
代表の後ろから、静々ともう一人令嬢が出現した。
「お許しも得ず、名乗り出まして誠に申し訳ござません」
二人はまたもや深々と頭を下げた。
フィリップは大混乱した。
名乗り出て申し訳ないのは、ファンクラブを名乗った件のことなのか、勝手に話しかけてきた件のことなのか?
自国なら、許しもないのに王子殿下に自己紹介するなんて、もってのほかである。しかし、ここではただのエリックだし、みんな自由にフィリップに話しかけてくる。それがよくて留学したのだ。だけど、隣国の王子だと言う噂が立っているので、王子と信じて丁重に挨拶しているのだろうか。判断しかねる。
これも、顔色を読むとわかるのか?
それに、片方が代表で、もう片方が副会長ってどういうこと? 副代表って言葉の座りが悪いから、副会長にしたの?
「私が『氷の貴公子ファンクラブ』代表のエリザでございまして、こちらは……」
もう一人の令嬢が優雅にお辞儀した。
「『孤高の美貌を崇め奉る会』の副会長ジョゼフィンでございます」
たらたらと汗をかき、大混乱に陥ったフィリップを救ったのは、ただの友達だった。
剣術の授業の時、フィリップの脳天に本気の一撃をくらわして、フィリップを感激させた男爵家の三男である。
「二つ会派があるんだよ」
彼はささやいた。
「犬猿の仲らしいけど」
一人の令嬢が声を張った。
「私共、普段は不毛な交流はいたしませんが、此度の不祥事には一致団結、協力いたしまして解決を見ました」
どっちがどっちだか、わからないフィリップは、あいまいにうなずいた。
「ありがとうと言え」
友達が横から入れ知恵してくれた。
「ありがとう」
フィリップがそう言うと、どっちかが感激のあまり倒れかけ、もう一人が助けに入った。
「こんなところで貴公子様にご迷惑をおかけしてはなりませんわ!」
「ありがとうございます、ジョゼフィン様。がんばりますわ」
フィリップはさすがに助けようと手を出しかけたが、訳知り顔の男爵家の三男に止められた。
「また糾弾会が開かれるから止めておけ。お前はもう帰れ」




