第21話 話まとまる
「うかがいましょう」
ジョージが居住まいをただした。
「まず、私と殿下は、幼馴染の相思相愛です」
『どんな妄想だ』
横の護衛騎士がうるさい。
「それが前提なのですね?」
ジョージが応答する。
「そして、ダンスパーティの会場で、殿下が私との婚約破棄を宣言されるのです」
「ええと、それで、その次はどうなるのでしょうか?」
「断罪です」
ヒルダ嬢は重々しく言った。
「断罪?」
「平民の娘は、私に足を引っかけられたとか、ノートを取られたとか被害届を出すでしょうが、全部証拠はありません。私、そんなつまらない真似はしません。証拠をちゃんとあげていって、私の無実を証明するのです。そして誤解を解いたところで、殿下と私はゴールインします」
『ゴールってどこ?』
護衛騎士がぼやいた。
「ゴールとはどういう意味ですか?」
代わりにジョージが聞いてくれた。
「殿下にわかっていただくのです。貴族然として振る舞う、高貴な私を理解していただき、あなたしかいないと言っていただき、晴れて婚約を発表するのです」
「はあ」
「そもそもそんな平民の娘に貴族の奥方が務まるわけがないでしょう? 娘はみんなから蔑まれ、国外追放されます。当然ですわ! そして、フィリップ殿下は、由緒正しく、貴族らしい教養を兼ね備えた婚約者のもとへ、許してくれと乞い願いながら帰ってくるのです」
『…………』
「…………」
この時点で、ハンナとエリックは料理の続きに戻った。
聞く価値なし。
どうせ絶対うまくいかない。
だって、ヒルダ嬢は、ハンナに伝手を頼みにくるほど、フィリップ殿下とはご縁がないのだ。婚約者のはずがない。
ここまできたら、エリック様の感想ではないが、マジ妄想である。
「この腸詰を使ったお料理、おいしいですわね。エリック様」
『なかなか野趣あふれる料理だけど、ハニーマスタードがいいね』
「先ほどの焼きコーンの冷製ポタージュも、香りが良くて美味しかったですわ」
ヒルダ嬢の妄想をまとめる役はジョージに任せよう。護衛騎士のエリックとハンナは、せっかくのブールヴァールの料理をせいぜい楽しむことにした。
「そうですねえ。まず、そのあざとい平民娘ですが、私に心当たりがあります」
ジョージの声に、ハンナと護衛騎士のエリックは、思わず顔を上げた。
何を言い出すのかしら? ジョージ。
「まあ、頼もしいですわ! でも、平民の娘なんか、侯爵家の御曹司のお知り合いにおられるのですか?」
ジョージは悪い顔をしていた。
「まさか。平民娘は無理ですよ。嫌がらせの数々だなんて、少なくともヒルダ様のお近くに行くチャンスがなければ出来ないではありませんか」
「まあ、それはそうね」
ヒルダ嬢も認めた。
「学園内にある生徒の誰かになります」
「そんな品性下劣な娘がいるかしら? みんな、由緒正しい貴族の家柄の娘たちばかりですわ?」
ハンナはなんだか嫌な予感がした。
「ハンナ・ハミルトンがいます」
「えっ?」
ヒルダ嬢が声を上げた。
「ハミルトン嬢は、あなたの婚約者なのではなくて?」
「でも、実はひどい女性なのです。他の男と親しくしているのです」
「ま、まあ。私、そう言うことには疎くって。あまり噂も耳に入ってきませんし」
「公爵令嬢に、そんなつまらない下賎な話をお聞かせするような者がいなかったからでしょう。私も自分の婚約者をこんな風に言うのは、辛いのですが……」
ハンナと護衛騎士のエリックは、ナイフとフォークを握り締めて、話の続きに聞き入った。
「厚かましく、お金を積んでアレクサンドラ殿下のご学友になったのだとか。父親の伯爵が成り上がりの金満家ですからね。品がない。その上、アレクサンドラ殿下のご学友になった縁で、フィリップ殿下にも折あらば色目を使っているらしいです」
そんなことしていないよ。ハンナはあっけにとられた。
「まあ! 許せませんわ」
「その上、更に失礼ながら、ハンナは、公爵令嬢たるヒルダ嬢のフィリップ殿下への橋渡しを断ったと聞き及んでおります」
「ええ。ずいぶん失礼だと思って自邸で侍女に話したのですが、逆に侍女に叱られましたわ。アレクサンドラ殿下付きのご学友では、それは無理でしょうって」
「ヒルダ様に意見するとは、なかなか大胆な侍女ですね」
いや。いい侍女だと思う!
ハンナと護衛騎士の感想である。
「ヒルダ嬢は、立派な貴婦人です。想像力もあれば、判断力もおありです。賢い方だと尊敬します」
「まあ。そんなふうに言われたのは初めてですわ!」
『そりゃそうだろ。判断力ゼロの妄想……』
横の護衛騎士、 黙ってて! 聞こえないわ! ジョージ、どうするつもりなのかしら!
「この計画は、その侍女には黙っておいてください。私とあなたの二人だけの秘密です。よろしいですか?」
「ええ。よろしくてよ」
ヒルダ嬢の目が真剣になった。
「ハンナ嬢は私の婚約者ですが、他の男と親しくしている不倫女です。悪役令嬢そのものです」
「悪役令嬢?」
「悪徳令嬢とも言います。ハンナ嬢は、格下の伯爵家の娘のくせに、侯爵家の夫人に成り上がろうとしているのです。父親の伯爵がカネにものを言わせて、強引に押し込んできた、格差婚です。母も私もこの縁談には最初から反対でした」
「へ、へぇー」
ハンナは思わず独り言を言ってしまった。
侯爵家と伯爵家の結婚は格差婚だったのか。カースト制度みたいだ。
帰ったら父に話しておこう。
「でも、ハンナは身分と私にしがみついて離れないのです。あんな地味女が!」
護衛騎士のエリック様の目が、ハンナの豪華な赤い衣装の上を動いた。
『すっごく似合ってる。とてもきれいだ。ジョージの目は大丈夫か?』
「私自身、この容姿で侯爵家の跡取りですからね。女性にもてはやされるのは仕方がないとわかっています。当然、ハンナも必死でしょう。ですから、公爵家のヒルダ嬢へ嫌がらせをしたということでもなければ、婚約破棄は無理です」
「無理じゃないわよ。言えばいいのよ。二分で破棄……じゃない、白紙にできるわ」
『ハンナ、まあ、黙って』
ジョージはヒルダ嬢に向かって、芝居がかって悲劇的な身振りをした。
「これで、私は自由になれますし、ヒルダ嬢は、清廉潔白なのにひどい疑いをかけられた気の毒な令嬢として殿下のお心を射て、晴れて婚約者として認められます」
「ハンナ嬢がそんな身の程知らずの令嬢だったなんて知らなかったわ。婚約者がいるのに浮気だなんて、信じられないわ。あなたもお気の毒ですわ。でも、私、フィリップ殿下のご好意にちょっと自信がないんですのよ」
「謙虚な方だ!」
ジョージが叫んだ。
「ご安心くださいませ。私は殿下のご学友です。殿下のお話相手です。殿下は女性の話はほとんどなさいませんが、さすがに公爵家のご令嬢のあなたのことは話題になります」
ジョージはうんうんとうなずいた。
「私も殿下のお話を聞いて、ヒルダ嬢がとても素晴らしい方だと、期待に胸膨らませて、今日も参った次第です」
「あら、嫌だ」
ヒルダ嬢が身をくねらせた。
「殿下が私のことを」
「まず今回のこの計画ですが、ほとんどが噂を広めることに尽きます。実際の行動は、何もしなくていいと思います」
「噂ですか?」
「そうです。ハンナは学園内で嫌われ者です。なぜなら、お金を積んでご学友に抜擢されたのですからね。あんなことをして、ハンナはみんなから嫉妬というか、悪意を持たれていると思います。殿下を狙っているだとか、私たちが広めるまでもありません。皆、内心、うすうす感じているでしょう」
「そうね。それに地味だったわ。服装のセンスはとても重要だとわたくしは思います」
「公爵令嬢に噂話など、誰も話さないでしょうから、その噂がお耳に入る機会は今後ともないと思います。私が定期的に、噂とその成果を、ヒルダ嬢に直接お伝えします」
「手紙ではなくて?」
「誰かに読まれては困りますし、書いたものは証拠として残ってしまいます」
「それはそうね」
ジョージは、毎週火曜日にヒルダ嬢と会う約束を取り付けた。
「場所はここで」
「わかりましたわ」
ヒルダ嬢は心なしか照れているようだった。
「楽しみにしております」
ジョージは手を取り、公爵家の馬車まで丁重にヒルダ嬢を送り届けて行った。




