第100話 おめでとう! ハンナ
「ねえ。フィリップ。それって、そんなに大事なことかしら?」
にぎやかな王宮のパーティで、そのほかの知り合いとも言葉を交わし、最後にスプリンバーグ公爵夫妻に爆弾を投げ終わった後、二人はソファに腰かけて、休んでいた。
「王子特権だ。王宮のパーティでソファに座るだなんて、ふつうはできないよ」
王家の催し事への参加希望者は多い。王家としては、目いっぱい招待状を配らなくてはならなくなる。パーティ会場は満員で、下位貴族はもちろん立ちっぱなしだ。
フィリップとハンナは若いから、座ることなどないはずだったが、ハンナの希望で腰かけたのだ。
「ジョージとヒルダ夫人なんか、全然どうでもいいわ。気にならないわ。もっと大事なことがあるのよ」
ハンナは微笑みながら言った。
「ねえ、フィリップ、私たちのところにメンバーが増えるのよ」
フィリップは面食らったようだった。
「なに?」
聞こえなかった?
「二人じゃないの。三人になるのよ」
「三人?」
フィリップはハンナの顔を見つめた。
ハンナはクスッと笑った。
ジョージもヒルダ夫人も、本当にどうでもいい。
「ハンナ?」
フィリップが突然、ハンナに向き直って手を握った。
「ねえ、それって……」
ハンナは少しほおを染めて答えた。
「嬉しいわ。夏には生まれるわ」
フィリップは、呆然とした。完全にそんなこと忘れていた。考えていなかった。
「お金があるより、ずっといいことよ。そう言ったでしょ?」
マルク先生のところに来た農家は、妻子が助かったと泣いていた。
お金は要るけど、妻子を助けるために要っただけだ。
フィリップは大事そうにハンナの手を握り直した。
「守るべきものが増えた。嬉しい。ありがとう」
まるで二人の他に誰もいないかのように感じられた次の瞬間……
その晩は、王家の公式なパーティ会場だったため、関係者全員が一堂に会していた。
狂喜するハミルトン伯爵夫妻や、一人で踊り出したマーガレット伯母様や、知らせを聞いて一見冷静そうに侍女長を呼び出したが突然産着と乳母の手配を始める王妃様、一番当惑させられたのは、国王陛下のふるまいだった。
大臣も筆頭書記官も、必要な人材全員がパーティに参加していた為、事態がスムーズに進んでしまった。
「来年の夏、後半オフにして」
「え?」
「予定は、もう決まっておりますが?」
「変えて。南部地方の収穫状況の変化と、街道整備の進捗状況の視察に行くことになったから」
めちゃくちゃもっともらしい。
「四人目の孫にそこまで騒がなくてもようございましょう。国政に専念してくださいまし」
しかし王妃様が釘をブッ刺し、続けた。
「代わりにわたくしが半年ほど行ってまいります」
ハンナは半目になった。
あれほど王家と関わると面倒くさくなるからと、結婚も引き気味だったのに。
そして、夫もただの公爵になってくれたので、もう関係ないだろうと油断しきっていたのに。
「二人とも、王宮にいるのが面倒くさいんだよね」
事情を知るフィリップが耳元でささやいた。
「思いっきり喜べないしね。ホラ、誰に似ているとか、かっわいーいとか叫べないんだよね。僕らの邸宅は遠いから誰も来ないだろうと思っているのさ」
ふと見ると、ジョージとヒルダ夫人が何の騒ぎだろうと、こちらを見つめていた。
騒がれてチヤホヤして欲しいらしい二人は、誰にも一瞥も与えられていなかった。
「家の庭にさ、プール作ることになってたよね」
フィリップが言い、ハンナはうなずいた。
「あきらめて、リゾート仕様にするかな。ダイヤのネックレスより安いからね。子どもも喜ぶと思うわ」
面倒を避けようと頑張り続けた挙句が、この体たらくか。
「父上、プール横で読書したいって言ってたし」
確かに王宮でそれは無理だろう。
フィリップが雨男なら、ハンナは巻き込まれ体質。今度は王家を巻き込んでしまった。
「とりあえず、体を大事にしようね。もう、歩いちゃだめだよ。抱いて帰る」
「え? ちょっと?」
目立つから止めてください!
「大丈夫だよ。早く帰ろう」
ダメだ。このままだと、国家全体を巻き込みそうだ。
「愛してるよ。この言葉を今ほど実感したことはない」
ハンナは会場の全注目を浴びながら退場した。
他の参加者には理由はわからなかっただろうけれど、満面の笑みの国王陛下と王太子夫妻、なぜか涙ぐむ王妃様、ハミルトン伯爵夫人とマーガレット・ラッセル公爵夫人はおおっぴらに泣いていた。
国王陛下が拍手をゆっくりと始めた。
訳が分からないくせに、乗るんじゃない! 国王陛下におもねるつもりね!
会場に拍手はなんとなく広がり、最終的には万雷の拍手に送られて、ハンナとフィリップは会場外に出た。
「何の関係もない人たちまで拍手を!」
ハンナは泣きそうだった。
結婚式で人生は区切りを迎えたが、残念ながら、巻き込まれ体質は治っていない。そして人生は続く。
……頑張れ、ハンナ。




