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幕間・覇王の胎動

「その内、君がションベンを漏らすようなフネを造ってやる」

──平賀譲予備役海軍造船中将



一九三一年四月六日

三菱造船株式会社 長崎県


 ようやく、執務室の体裁も整い、仕事が始められる。彼がそう思った矢先に、海軍航空本部からの客が訪れた。

“今更、俺になんの用事だ?”


 訪れた海軍軍人が差し出した名刺には、「海軍少将 山本五十六」と記されていた。

 しげしげと名刺を眺めた後、執務机の隅に置いた、彼──平賀譲予備役海軍造船中将は、いぶかしげな視線を山本に注いだ。


「海軍航空本部からお越しとなったようだが、一体俺になんの用事だい?」

 山本は笑みを浮かべつつも、すぐには本題に入らなかった。

「これまで海軍の造船官としてご尽力いただき、まことにご苦労様でございます」

「ふん」

 平賀は懐から煙草を取り出し、オイルライターで火を点けた。一口燻らす。

「山本君、と言ったかな。君も知っているだろう、新型『装甲巡洋艦』の設計で藤本と対立し、あげくに厄介払いされたことを」

 山本は「存じています」とばかりにうなずいた。

「海軍にはもう、俺の居場所はない。まぁ、海軍もつまらない場所になってしまったからな。ここで伸び伸びとやらせてもらうつもりだ」


「先生」

 山本は、平賀をそう呼んだ。

「つまらなくなった理由は、どのあたりにあったのでしょうか?」

「空母、空母だよ」

 平賀は応接机に肘をつき、少々行儀のわるい姿勢で煙草を吹かしていた。


「どいつもこいつも戦艦からの改装ばかりだ。せっかくこの俺が心血を注いで設計した『八八艦隊計画艦』を、次から次へと切り刻みやがって」

「先生は空母がお嫌いなのですか?」

「ふむ」

 彼は煙草を盆にねじこんだ。


「俺は設計屋だ。用兵屋じゃない。新しい技術に触れるのはむしろ好きだよ。しかし、戦艦からの改装は苦労ばかり多くてつまらん」

 山本の口角がわずかにあがった。


「そうしますと、空母の新設計ならばどうです?」

「そういう計画があるのか?」

「いえ、ようやく『龍驤』の進水式が挙行されたばかりです」

 平賀が苦笑する。

「用兵の意見を取り入れ過ぎ、艦体の重心が極めて不安定になったそうだな。松本も不憫なものだよ」

「排水量に制限がある中で、最大限の能力を付与しようとした結果ですな」

「あぁ、君の言う通りだ」


 平賀はズイと顔を山本に寄せる。

「で、君は俺になにをさせたい?」

「話が早くて助かります」

 山本は少し姿勢を正した。


「この国の未来は、空にあります。海軍は次期空母の設計を模索しているようですが、どうも、フネの都合で設計するきらいがあります。『龍驤』の場合は搭載量を水増しするためですが、それとて飛行機の都合は二の次です」

「ふむ」

「そこで、今後の飛行機の発展と、これまで先生が培ってきた知見を組み合わせ、理想の空母の設計をお願いしたいのです」

「理想の空母、ねぇ」

 口調とは裏腹に、平賀の目は興味津々とした光を放っていた。

「なにか、君には腹案があるのか?」

 山本はニコリとする。

「ちょっと見ていただけますか?」


 山本は、鞄から一冊のノートを取り出した。それを平賀に渡す。

「ふむ、見せてもらうよ」

 平賀はパラパラと項をめくる。段々と彼の表情が蒼ざめてきた。

 彼は何度も項を行き来させ、天井を仰ぎ、腕を組んだりしていた。最後に左手で口を覆い、しばらく動かなくなった。


「これを……、設計してくれというのか?」

「はい」

「なるほど……、しかし、これは……」

「どうでしょうか?」

 平賀の目は細かく動き、指はピクピクと動いていた。どうやら全力で思考しているようだ。


 ようやく、口を開いた。

「……この要求を全部取り入れた場合、排水量は五万トン、いや六万トンを超えるかもしれん。そんなフネを設計しろと言うのか?」

 山本は応接机に手を付き、丁寧に、そして断固として応えた。

「是非に」

「……どうなっても知らないよ」

 山本は頭を下げた。

「ありがとうございます」


「ところで──」

 平賀は新たな煙草を手にして述べた。

「この、ノートに記されている『A140』というのはなんだね? 戦艦の設計番号にも見えるが」

「あぁ、それは、まぁ。まだ正式な計画ではありませんからね、ある種の秘匿名称です」

「ふーん」

 彼は再び煙草を吸い始めると、ニヤリとして続けた。

「その内、君がションベンを漏らすようなフネを造ってやる」

「楽しみです」



 この「A140」は、後年正式な設計番号として採用された。


 そして、仮称「一号艦」と呼称されることとなる……。




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