第七章・閉じられた運命
「諸君、待望の戦争だ」
──フランクリン・D・ルーズヴェルト合衆国大統領
一九四一年一一月二六日
国務省ビル コロンビア特別区
「これが、我々の“提案”です」
コーデル・ハル国務長官は、野村吉三郎駐日大使に一通の交渉文書を差し出した。彼は来栖三郎特命大使と共に受け取る。
早速内容を確認する、文章に目を走らせるうち、彼らの表情は蒼ざめていった。
一九四一年一一月二七日
首相官邸 千代田 東京府
「これが、彼らの“最後通牒”か」
東條英樹首相は、重い息をついた。
“陛下、望みは全て絶たれました。かくなる上は米英に一泡吹かせ、陛下に勝利を捧げるのみです……”
そこに書かれていた内容は、「日本軍の中国からの全面撤兵」「汪兆銘政権の否認を明確化」「仏領インドシナからの撤兵」「日独伊三国同盟の破棄」などであった。
日本から眺めた場合、それまでの対外行動を全否定する内容となっていた。
東郷茂徳外相は、目に見えて肩を落としている。反面、杉山参謀総長と永野軍令部総長はまんざらでもない笑みを浮かべている。
ほかの参加者は、色をなすもの、東郷のように落胆するもの、さまざまであった。
ただ、ひとつだけ確かなことがあった。
会議室の皆が「対米戦やむなし」という“空気”で統一された。
御前会議を経るまでもなく、日本帝国は戦争へと動き出していた。
同日
ホワイトハウス コロンビア特別区
「私だ。君の提案通り、現地部隊に『最終的警戒命令』を出したまえ」
ルーズヴェルトが受話器を置くと、大統領補佐官のひとりが尋ねた。
「いよいよ、ですか?」
ルーズヴェルトは車椅子に体重を預け、満足そうにうなずく。
「諸君、待望の戦争だ」
一九四一年一二月一日
宮城 千代田 東京府
御前会議の席上、天皇の前で、東條が奏上をおこなっていた。
陸相や海相も、参謀総長や軍令部総長も、戦争の大義と勝利の確信を彼に述べていた。
彼の耳にはもちろん届いていたものの、彼にとり、その内容は意味をなさなかった。興味もなかった。
個々人の演説と、書記官が鉛筆を走らせる音だけが響いていた。
会議の最後に、東條が彼に述べた。
「御裁可を」
彼は無表情で御璽を手にとる。
その手がわずかに震えていることに気づいた。
“これで……”
彼は普段より力をこめ、御璽を紙に押しつけた。
全ての帝国陸海軍に開戦を告げる暗号電文が伝達されたのは、翌二日のことだった。




