第六章・博徒たちの戦争
「戦って、絶対に勝てるのか?」
一九四一年九月五日
宮城 千代田 東京府
この日、杉山元陸軍参謀総長と永野修身海軍軍令部総長が宮城に参内していた。
政府が外交努力を重ねるなか、彼らはその努力を無視し、公然と戦争準備に当たっていた。
流石に近衛文麿首相も事態を看過できなくなった。主体性に欠けると評される彼には珍しく、外交について意見が合致している天皇の前にふたりを引きずりだし、少しでも外交の時間を稼ごうと画策した。
当初、天皇は難渋を示した。天皇は「意見」はできても「命令」はできない。対応を誤れば、返って事態が悪化することを憂慮したためである。
それでも、最終的に、彼はふたりに会うことを決心した。
天皇を前にしたふたりは、彼から見ても異常に緊張しているようだ。その理由はなんなのか、ふたりの表情からはうかがい知ることはできなかった。
「陸海軍が出師準備に勤しんでいるのは、私も存じている」
彼は単刀直入に尋ねた。
「日米に事が起きれば、陸軍としてどのくらいで片をつける確信があるのか?」
杉山は重々しい口調で奉答した。
「陸海軍において研究の結果、南方作戦だけは、五カ月で片付ける心算であります」
“つもり、つもりか……”
天皇の眉間に皺が寄る。
「予定通りにゆかぬこともあるだろう。以前から、杉山の発言はしばしば反対の結果を招いている。支那事変勃発当時、杉山は陸相として『一ヶ月で終わる』と述べていたな」
杉山の顔が引きつるのにも関わらず、彼は話を続けた。
「実際には、四年もかかって、未だに継続しているではないか?」
杉山はしばし絶句した。目が泳ぎ、額から汗が滲んでいた。
「支那の奥地が広大であり、作戦が予定通りに行かず……」
天皇は真一文字にした唇を歪めた。
「今、なんと言った」
彼は感情を抑えることができなかった。
「支那の奥地が広いと言うのなら、太平洋はもっと広いぞ! いかなる確信があって、作戦終了の見込みを約五カ月とするのか。その根拠を示せ!」
天皇の大音声に、杉山の喉がひくりと動き、貝のように黙り込んだ。
声を荒げた自身に、彼も一瞬だけ驚いた。
やや声を落とし、彼は問いを重ねた。
「戦って、絶対に勝てるのか?」
杉山はうつむいたまま奉答した。
「絶対とは、申しかねます……」
天皇は内心で叫んだ。
“それでは博打と変わらないではないか!”
激情を抑えつつ、彼は杉山に「意見」を述べる。
「外交と戦争準備は並行させるのではなく、外交を先行せしめよ」
彼の最後の言葉は命令ではなく、懇願に近いものだった。
「どうか」
ふたりは最後までうつむいたままだった。
翌日の御前会議でも、ふたりははっきりとしたことは言わず、外交を一〇月上旬までとした「帝国国策遂行要領」が採択されるのみだった。
一九四一年九月二〇日
海軍大学校 品川 東京府
対米戦に向け、海大で図上演習が繰り返されたものの、かんばしい結果は得られなかった。
どの作戦についても、損害が膨大で、「絶対に勝てる」要素はどこにもなかった。
海図の上の赤い矢印が、死の道に見えた。
山本は真珠湾攻撃を企図するものの、在ハワイ基地航空隊と太平洋艦隊の空母群を合わせた航空兵力に勝てる見込みは、どこにも存在していなかった。
結局、聯合艦隊はマーシャル沖での邀撃戦を選択した。そこならばトラック基地の航空隊の援護も期待でき、地の利も得られるからである。
それでも、広大な海原に拡がる敵機動艦隊を確実に見つける術はなかった。
その事実に、誰も口を開こうとしなかった。
「先に見つけ、先に攻撃し、先に倒す」
「機先を制する一撃」
理想としては素晴らしいものの、参謀たちの間で、結局最後は「運」がものをいうのじゃないか? という結論になりかけた。
そんな彼らに、山本は笑みを交えて応えた。
「なに、運はどこかにあるものじゃない。引き寄せるものだ。俺がモナコに居た時は出禁になるほど勝ちまくったよ」
横で宇垣参謀長は苦い顔を浮かべ、黒島先任参謀はニコニコと聞いていた。
「結局な、人生や仕事においても大局観を持ち、大胆な決断や覚悟ができない男は、大成しない。まして、大戦争となればなおさらだ。だからな、君たちも勘を養いたまえ」
山本は聯合艦隊司令長官に就任以来、対米開戦には反対の態度をとり続けていた。
かつて近衛に「半年や一年の間は随分暴れてご覧に入れる。然しながら、二年三年となれば全く確信は持てぬ」と述べていた。
本来は、「戦争はできません」という意味だったのだが、今となっては「半年や一年の間は随分暴れてご覧に入れる」という、前半部分が独り歩きをしていた。
彼自身、今は勝利を実現するための策を練ることに没頭している。
知らぬ間に、山本も戦争に魅入られたのかもしれない。




