第六章・分かたれた航空隊
「これでは、海軍にふたつの空軍があるようなものだ。……今はまだ大事とはなっていないが、これでは先が思いやられるな」
──原忠一第四航空戦隊司令官
一九四二年四月二五日
春島錨地 トラック環礁
航空母艦「瑞鶴」が投錨したのは、その日の午後だった。折しも天はどんよりと曇り、間もなくスコールが到来した。
その機会を捉えた乗組員たちは飛行甲板にあがり、スコール風呂を楽しんだ……。
第四航空戦隊司令官・原忠一少将は、「瑞鶴」の艦橋からその様子を微笑ましく眺めていた。
艦長がどこか羨ましそうに話しかける。
「海水風呂では、体のべたつきが残りますからね。彼らにはいい気分転換になりましょう」
「うん。我が戦隊は……、いや、機動艦隊は出ずっぱりだったからな」
「ええ。ようやく、少し息がつけます」
原は搭乗員の顔を思い出しつつ嘆息した。
「この数か月の戦闘で、すっかり顔ぶれが変わってしまった」
艦長はどこか悼む表情を浮かべる。
「まさしく激戦、でした」
「あぁ……」
・・・
第四航空戦隊の「瑞鶴」と「翔鶴」は、マーシャル沖海戦後も八面六臂の活躍を見せた。
一月にはラバウル攻略作戦に参加し、三月には僚艦とともに、遙かインド洋まで遠征をした。
そこで、彼女たちは英国海軍のジブラルタル級空母との対決を果たす。
ジブラルタル級は噂に違わぬ強靭さだった。最終的に、インド洋作戦に参加した六隻の空母、「赤城」「土佐」「蒼龍」「飛龍」、そして「瑞鶴」「翔鶴」は数の差で押し切る。
一応の戦果としては、「ハーミーズ」を撃沈し、「ジブラルタル」も大破炎上した。
他の空母……、特に戦艦改造空母を中心とする機動艦隊も南方作戦に尽力し、四月のこの時期、概ね作戦目標は達成していた。
喉につかえた骨の様に、フィリピンの占領が最も遅れている。しかし、彼の地の全面占領も時間の問題だった。
・・・
──問題は……。
原の内心で、不安が渦巻いていた。
──問題は、これまでの戦いで、開戦以来の熟練搭乗員を多数喪ったことだ。まだ屋台骨は健在だ。だが、新人も増えた。全体の技量は明らかに低下しつつある……。この戦力で、次の第二段作戦を乗り切れるのか……?
内地では錬成が続けられている。実質的な練習空母、「鳳翔」は休む暇がないだろう。
原にとり、頭の痛い問題は他にもあった。基地航空隊との微妙な関係だ。
これまで、母艦航空隊は連戦連勝を重ねてきた。マーシャルでは大勝し、南方作戦でも攻撃の尖兵として各地を転戦してきた。
そのことに対し、彼は搭乗員に感謝の念を抱いている。
それはそれとして、基地航空隊の搭乗員とは軋轢が生じていた。
基地航空隊は陸上攻撃機を主力としており、母艦航空隊とは性格を異にしていた。母艦航空隊が「攻」ならば、基地航空隊は「守」に当たっている。正確にはもう少し複雑なのだが、軍でも内地でも大雑把にそのように捉えられていた。
そのことが基地航空隊には面白くないらしい。内地やラバウル、あるいはここトラックの歓楽街で、母艦航空隊と基地航空隊の喧嘩がしばしば見られた。
「誰が今次大戦の主役なのか?」
誰ともなくそんな話題が出ると、いつの間にか議論となり、ついには拳での語り合いに発展していた。
酒場では、母艦組と基地組が睨み合う光景が日常となっていた。
搭乗員レベルは勿論だが、事は練習航空隊にも及んでいる。
内地では母艦航空隊と基地航空隊による、新人搭乗員の奪い合いとなっていた。
──これでは、海軍にふたつの空軍があるようなものだ。……今はまだ大事とはなっていないが、これでは先が思いやられるな。
原は再び嘆息した。
第一段作戦は終幕を迎えつつあり、内地の聯合艦隊司令部では第二段作戦の検討が進められている。
──この先も、我々は尖兵となり戦い続けるのだろう。
原はスコール風呂にはしゃぐ乗組員を眺めた。
──だから、今だけでもゆっくり休め……。




