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機動艦隊物語  作者: あべ模型製作所
第一部・序曲
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第一章・揺籃の機動艦隊

「この艦隊は、確かに美しい。だが、試すにはあまりにも大きな賭けだ」

──山本五十六海軍中将・聯合艦隊司令長官



一九三九年八月三〇日

聯合艦隊司令部 呉軍港 広島県


 白服に身を包んだ将官が聯合艦隊司令長官公室に赴いたのは午前一〇時のことだった。


 彼は小柄な体躯でぎょろりとした眼をしている。さながら「太閤さん」という印象を与えるが、内に秘めたエネルギーも太閤さんそのものだった。


 彼が公室に入ると、これまで司令長官の任を果たしていた吉田善吾中将が執務机に座っていた。吉田は立ち上がり、「よく来たな」と言わんばかりに相好を崩した。


「本職は……」

 彼が言いかけると、吉田は手のひらをひらひらとさせて遮る。

「俺と貴様の仲だ。ざっくばらんにいこうじゃないか」

 それまで、どこか固い表情だった彼──山本五十六海軍中将も笑顔を浮かべた。


「ようやく──」

 ふたりは応接椅子に向かい合わせで座った。吉田は従兵の淹れた茶をすすり、口を開いた。

「──激務から解放される。この二年足らず、長官任務を果たしたが、どうにも俺には荷が重かった」

 山本は少し呆れつつ、吉田をたしなめた。

「おいおい、次は海相だろう。そんなことで大丈夫なのか?」

「ふん、そうだな。俺は貴様のように用兵に明るくない」

 吉田は窓から見える軍港を眺める。

「それに、かまぼこの様なフネが海軍の主力というのは、どうにも性に合わん」

「そうか? 俺には理想の兵備に思えるがな」

 吉田は肩をすくめた。

「空母が、か?」

 山本は自信ありげに応える。

「あぁ、米英が大艦巨砲主義に未練を──ふふ、貴様もな──残す中、我が国は航空主兵主義に舵を切った。空母こそが『機先を制する一撃』を加えることが可能な兵備だ」

 吉田はどこか納得のいかない表情を浮かべていた。

「艦隊決戦が不確実な戦術というのは理解している。ただ、ここまで極端な兵備は他のどの国も採用していない。……せめて、戦艦が、『扶桑』や『伊勢』が戦艦として残っていればな。残された主力艦が金剛型の巡洋戦艦だけ、というのは、どうにも心細い」

 山本は少し不機嫌となった。

「そうは言うがな、ローマ条約で戦艦全廃が謡われたのだから仕方がなかろう。彼女たちが空母として生き残っただけでも僥倖と思うぞ」

「それはそうだがね」


 山本は瞳に自信を漲らせて語った。

「我が国が、日露戦役の──日本海海戦で不覚を取ってから、あらたな戦術と兵備を模索していたのは知っているだろう。先の欧州大戦でも、あのユトランド海戦でも決定的な結果はでなかった。それこそ、あの戦場で金剛型四隻が活躍した戦訓から見ても、あの時に戦艦の時代は終わったんだ」

「だからと言って……」

「まぁ聞け。艦隊決戦が帝国の勝利に貢献しないことが判明したなら、それに代わる戦術を編み出さねばならない。先人たちは、空母に望みを託したんだ」

「貴様が常々語る『機先を制する一撃』、か?」

「あぁ、結論から言うとそうなる。双方が打ち合う戦艦砲戦はボクシングで言うならインファイトだ。相手に打撃を与えられるが、こちらも無事では済まない。そこで、『先に見つけ、先に攻撃し、先に倒す』、これもボクシングで言うならアウトファイト、といったところか。とにかく、航空主兵主義こそが、我が国のとる戦術に相応しいと、俺は考えている」


 吉田は煙草を取り出し、火を点けた。一口吸い、紫煙を吐き出した。

「まぁ、そうなのかもしれないが。まさかあの時、『長門』や『陸奥』まで空母化するとは思わなかった」

「合衆国もレキシントン級六隻を空母化したからな。造船能力に劣る我が国では、使えるフネは全部空母化しないと間に合わない」


 吉田は会話をスライドさせた。

「米英は再び戦艦を建造すると聞くが」

「『巡洋戦艦』、な」

「どちらでもよい、彼らは再びビッグガンを手にするぞ。どう対抗する?」

「その時が来たなら……」

 山本は握りこぶしに力を込めた。

「この俺が航空主兵主義の正しさを証明してみせる。ただな、吉田」

「なんだ?」

「まずは戦争に至らないようにするのが、海相である貴様の務めだ」

「あぁ、わかってる。なんとか、若手を抑えてみるよ」

 吉田の言葉とは裏腹に、どこか自信のない表情が浮かんでいた。

 山本は内心でため息をつく。

「戦争になったら任せてもらう。まずはそうならないように頼むぞ」

「……了解だ」


 吉田が退室間際に呟いた。

「山本」

「うん?」

「……頼むぞ」

「……」



・・・



 吉田が退室すると、山本は彼が残した聯合艦隊編制表を開いた。そこには、昭和一四年時点での帝国海軍の兵備が記されていた。


 彼はパラパラと項をめくり、一隻一隻の名を丹念になぞった。


 空母は、「鳳翔」(鳳翔型、練習空母)、「龍驤」(龍驤型)、「赤城」(赤城型)、「加賀」「土佐」(加賀型)、「長門」「陸奥」(長門型、元戦艦)、「扶桑」「山城」(扶桑型、元戦艦)、「伊勢」「日向」(伊勢型、元戦艦)、「飛龍」「蒼龍」(飛龍型)、が在籍している。


 大半が戦艦からの大改装組で、当初から空母として建造されるのはわずかだった。


 巡洋戦艦としては、「金剛」「比叡」「榛名」「霧島」(金剛型、主砲14インチ8門)の四隻が在籍していた。帝国海軍が保有する、唯一の「戦艦級」のフネだった。


 次に、装甲巡洋艦の項を開いた。「白根」「鞍馬」「黒姫」「吾妻」(白根型、主砲12インチ8門)が在籍している。この「装甲巡洋艦」という艦種は、ローマ条約以後に復活した種別だった。戦艦が全廃された現在、彼女たちは金剛型を補佐する準主力の水上戦闘艦だった。


 重巡洋艦としては、「古鷹」「加古」(古鷹型)、「青葉」「衣笠」(青葉型)、「妙高」「那智」「足柄」「羽黒」(妙高型)、「高雄」「愛宕」「摩耶」「鳥海」(高雄型)が在籍していた。彼女たちも準主力艦としての活躍が期待されていたが、装甲巡洋艦の台頭とともに存在意義が低下していた。


 その代わりに、大型軽巡「最上」「三隈」「鈴谷」「熊野」(最上型)が、高速性と防空性能を買われて建造されていた。


 軽巡洋艦は、「球磨」「多摩」「北上」「大井」「木曾」(球磨型)、「長良」「五十鈴」「名取」「由良」「鬼怒」「阿武隈」(長良型)、「川内」「神通」「那珂」(川内型)の、八八艦隊計画時代のものが、未だに在籍していた。


 その他駆逐艦、以下多数が掲載されていた。



・・・



 一通り読み終えた山本は、執務椅子に深く腰を掛け、物思いにふけた。


 ──これが、俺が率いる「機動艦隊」だ。戦艦の時代を終わらせ、空母と巡洋戦艦の機動力を軸に再編された日本海軍の新たな切り札。ローマ海軍軍縮条約で戦艦が禁止されて以来、日本海軍は苦難の道を歩んできた。「扶桑」「山城」「伊勢」「日向」は空母に改装されたが、旧式艦体の限界は明らかだ。速力は二五ノット超、搭載機も四〇機程度。主力としては心許ない。


 それでも、「赤城」「加賀」「土佐」「長門」「陸奥」、新鋭空母の「飛龍」「蒼龍」、そして二年後には竣工する新型空母が機動艦隊の軸を形成し、巡洋戦艦「金剛」型の高速性と一四インチ主砲がその護衛を担う。

 さらに、装甲巡洋艦「白根」型がいる。彼女たちは一二インチ主砲の火力で艦隊を補強し、「金剛」型と共に空母の護衛には充分に役立つだろう。


 この艦隊は、一九〇五年の日本海海戦での「三笠」爆沈という屈辱を払拭し、機動性と航空戦力で米英に挑むためのものだ。


 だが……、内心、山本は葛藤に苛まれていた。


 ──米英との戦争は避けたい──いや、絶対に避けねばならぬ。米国の工業力、英国の海軍伝統は、我々が束になっても敵わぬ相手だ。一九二七年に竣工した米国の空母「レキシントン」級六隻や、一九二八年の装甲巡洋艦「アラスカ」級六隻の配備、さらに、一九三七年から就役を開始した「ヨークタウン」級空母は、太平洋での彼らの優位を物語っている。


 米国はさらに新型空母の大量建造の計画を進め、英国は巡洋戦艦「フッド」「リナウン」「リパルス」を改装して空母……主力の「ジブラルタル」級四隻の護衛に特化させている。


 これに対し、我々の機動艦隊はまだ発展途上だ。


 空母は飛龍型の発展型の建造が進んでいる。二年後には戦力化できるだろう。


 ──それに。


 画期的な超大型空母「一号艦」もこの呉工廠で建造が進んでいる。あれは俺が心血を注いだ、航空主兵主義の極致とも言えるフネだ。


 問題は……、一九四二年まで完成を待たねばならず、護衛となる新型装甲巡洋艦も建造中だ。

 戦うなら、機動艦隊による「機先を制する一撃」が不可欠だが、現状の兵備では、その成功はあまりにも不確実だ。


 ──それでも、どこかで心がざわめく。この機動艦隊を、試してみたいのだ。満州事変や支那事変で、「赤城」や「金剛」は沿海作戦でその有効性を示した。

 空母からの艦載機が敵の補給線を断ち、巡洋戦艦が高速で敵艦を追撃する──この戦法は、従来の「大艦巨砲主義」を超える可能性を秘めている。いや、「航空主兵主義」こそ、帝国のとるべき途に違いない。


 もし、米英の艦隊と対峙する日が来るなら、機動艦隊はどこまで通用するのか? 

「金剛」型の速力で敵空母を捕捉し、「飛龍」「蒼龍」の艦載機で一気に叩く。そんな戦いを想像すると、軍人としての血が騒ぐ。


 だが、同時に、戦争の代償が脳裏をよぎる。金融恐慌や世界恐慌で疲弊した帝国の経済は、長期戦を支えきれまい。五・一五事件や二・二六事件で高まる軍部と国民の熱狂は、理性を欠いた危険な衝動だ。



 ──せめて、短期で矛を収める策を立てておかねばな。



・・・



九月一日


「ついにドイツがやりました!」

 息を弾ませた通信参謀が司令部に駆け込んできた。どこか浮き立つ気配があるのを山本は見逃さなかった

「馬鹿者、浮かれるでない!」

「ハッ」

 通信参謀は姿勢を正したが、司令部全体が、どこか高揚感に包まれていた。


 ──どいつもこいつも……。


 内心でため息をつき、山本は電文を受け取る。一呼吸して気合いを入れ、そこに記された内容を読み始めた。


 この日、ドイツがポーランドに侵攻し、第二次世界大戦が始まった。英仏は即座に宣戦を布告し、欧州は再び戦火に包まれた。



 その日の夕刻、山本は長官公室に掲げられた地図を眺めながら考える。


 ──日本の選択は何か?


 ──支那事変の泥沼に嵌った今、米英との対立を避けるのが賢明だ。だが、満州国を巡る国際的孤立、第二次ロンドン海軍軍縮条約からの脱退、そして、ドイツが戦端を開いたことによる軍部の高揚感は、事態を制御不能に導きつつある。


 機動艦隊は、この嵐の中で我々の命綱となるのか、それとも破滅への道を加速するのか。窓の外、建造中の「一号艦」、彼女を隠すためにわざわざ増築されたドックの屋根が、夕陽に照らされている。



 執務室に並べた空母の写真額を眺め、山本は呟いた。

「この艦隊は、確かに美しい。だが、試すにはあまりにも大きな賭けだ」



 戦争を避けたいという理性と、機動艦隊の可能性を信じる衝動が、彼の心で交錯していた。




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