第三章・機動部隊遊撃戦
「我、奇襲ニ成功セリ」
──第十六任務部隊・攻撃隊指揮官
一九四二年二月一日 早朝
クェゼリン環礁 マーシャル諸島
最初に異変に気づいたのは、監視楼の見張員だった。
「?」
水平線に黒い胡麻塩の様な点が見えた。それが次第に数を増し、こちらに接近してくる。
彼は見張長に報告する。
「270度の方位に黒い影」
見張長は首を傾げた。
「こんな時間に……、連絡機かなにかか?」
見張長が司令部に報告を上げている間に、益々影が大きくなる。シルエットも浮き上がってきた。
双眼鏡を構えたまま観測を続けていた見張員が、影にぶら下がっている物に気づいた。
「あれは……、爆装しています!」
「! 敵機か!?」
数瞬後、影は空中で分散し、彼らに襲い掛かってきた。白い星をあしらった戦闘機が、彼らの監視楼に銃撃をする。
最初に発見した見張員の胴体はふたつに分かれて爆散した。報告を続けていた見張長も、機銃弾によって吹き飛び、手首ごと受話器が宙を舞った。
監視楼における悲劇は始まりに過ぎなかった。独特の飛翔音を唸らせた急降下爆撃機は次々と爆弾を投下し、戦闘機は滑走路で待機をしていた機体に機銃掃射をする。
吹き飛ぶ格納庫。燃え上がる九七式大艇。空気を裂くような爆音が、環礁全体を揺らした。
爆弾がひとつ炸裂するたび、機銃弾が兵士を吹き飛ばすたび、島内には怒号と悲鳴が入り混じり、指揮系統は瞬く間に崩壊した。
クェゼリン環礁に展開する日本帝国海軍第六根拠地隊は壊滅的な打撃を受け、司令の八代祐吉少将も戦死した。
周囲から立ちのぼる黒煙。敵機が避退行動に移った時、生き残った将兵たちは、ただ茫然と眺めるだけであった。
・・・
「我、奇襲ニ成功セリ」
攻撃隊より届けられた電文を読んだウィリアム・ハルゼー中将は満足そうにうなずくが、同時にどこか不満げな口調でぼやいた。
「これほど易々と、マーシャルに接近できるとは、な……」
──ほんの一月ほど前、我々が大敗を招いた戦場とは思えないほど、敵は弛緩していたのか……。
ハルゼー率いる第十六任務部隊は、「エンタープライズ」「ヨークタウン」を基幹とし、若干の護衛のみがつけられた。
当初、ニミッツから「装甲巡洋艦もつけようか?」と尋ねられたものの、彼は「足は長い方が好都合だ。重巡と駆逐艦があれば事足りる」と応えた。なおも言いつのろうとするニミッツには「なになに、状況が悪ければ逃げるさ。俺にもそのくらいの判断能力はある」とのたまった。
真珠湾を出港後、サンディエゴで艦載機の補充を受けると直ちに出撃した。そこから訓練を重ねて西進し、マーシャルの西側へ回り込み、払暁に攻撃隊を発艦させる。結果は、受け取った電文の通りだった。
彼は参謀長に尋ねる。
「被害はどうだ?」
「SBDが何機か撃墜されたようですが、最終的な報告は帰還後になります」
「……そうだな」
ハルゼーは顎を摘まみ、思考した。
──補給艦との会合に成功すれば、もう一合戦可能だな……。
海図を前にしたハルゼーは、参謀長へ次の攻撃目標を指し示した。
「次は、ここにしよう」
「提督、そこは……」
彼は、狼狽える参謀長にウィンクをする。
「なに、玄関先にノックしに行くだけだ」
一九四二年二月一〇日
南鳥島 東京府
ハルゼーの第十六任務部隊が撤退した後、南鳥島に残されたのは瓦礫の山と、黒焦げの死体だった。
彼の地に駐屯する司令部は、爆弾が炸裂する寸前まで敵機動艦隊が来襲したことを聯合艦隊司令部に伝達し続けていた。
数日後
小笠原諸島沖
「まだ見つけられんのか?」
湯気が立ちそうな表情を浮かべたまま、角田覚次中将は尋ねる。
「はい、索敵機からの報告は、まだありません」
「クソ、奴ら、小さい島を襲っただけで満足するはずがない。どこかにいるはずだ」
彼が焦燥感を募らせるのには、ふたつの理由があった。
ひとつは言うまでもない。帝国の玄関口に易々と侵入されたのだ。これほどの屈辱はあるまい。
もうひとつは、ある意味切実な問題だった。
角田は第一航空戦隊に若干の護衛がつけられた機動艦隊をもって出撃した。「赤城」「加賀」「土佐」、そして少なからぬ護衛艦。彼女らは動くだけで膨大な燃料を消費する。
そして、もし空振りに終わったならば、今回の出撃では、燃料をただ消費しただけに終わってしまう。南方作戦によって油田地帯が確保するまで、燃料は血液よりも重要な資源だった。
──畜生、嘗めやがって。奴ら、このまま帰ったのか……? しかしなんのためにわざわざ南鳥島まで……?
角田としては、できることならばハワイまで追撃する決意だった。彼の推測によれば、今回来襲したのはおそらく、マーシャル沖海戦の生き残りなのだ。あらゆる機会を見つけて数を減らさなければ、いつかそれは、本気になってこちらに襲い掛かってくるだろう。
消費された燃料に見合った勝利が、今の帝国には必定だった。
しかし、彼に与えられたのは、母港への帰投命令だった。
一九四二年二月一一日
宮城 千代田 東京府
嶋田海軍大臣からの奏上を受けた後、天皇裕仁は執務室で黙考していた。
嶋田海相曰く「敵は南鳥島まで来襲したものの、我の機動艦隊に恐れをなしてハワイに逃げ帰りました云々」
彼は嶋田の言葉を額面通りには受け取らなかった。
──撤退したのは嶋田の言う通りだろう。しかし、問題は攻撃されたこと、すぐに撤退をしたことではない。何故南鳥島に来たのか、だ。
恐らく……。
彼は気づいていた。米国は負ける心算がないことを。今回の嫌がらせじみた攻撃は、帝国への(物理的な)宣戦布告だということを。
──米国はこう宣言したいのだろう。我々は勝つまで止めない。どちらかが倒れるまで、この戦争は続くのだ、と。
彼は己の背中が冷えてゆく感慨を得た。この戦争は、帝国が米国を完全に屈服させるか、あるいは米国が帝国を……。
──恐らく、中間地点は、ない……。
背筋に感じるその冷たさは、帝国の未来そのもののように思えた。
同時刻
太平洋上
第十六任務部隊はハワイへの帰還途上にあった。
ハルゼーは言葉通り、「玄関先にノックして」帰るところだった。
彼はこの戦争が始まって以来、初めて満足気な笑みを浮かべた。
──今日はノックをしただけだがジャップ、今度はそうはいかぬぞ。陸軍のなんとかという大佐が面白いことを企んだ。今度はインペリアルパレスに「ノック」してやる……。




