第一章・嵐の前
「我々の管轄外の話をしても仕方がない。また、我々が選択できぬ話をするのも時間の無駄だ。今可能なプランを話し合おうじゃないか」
──ハズバンド・E・キンメル大将・太平洋艦隊司令長官
第二部の開幕です。
一九四一年一二月二日
真珠湾 オアフ島 ハワイ準州
通信傍受班からの報告によると、日本帝国陸海軍の通信が急激に増大し、やがてぷっつりと止んだ、とのことだった。
キンメルは幕僚と各戦隊の指揮官を招集し、検討会議を開始させた。
「攻撃だ! ただちにヨコスカかクレを爆撃するんだ! そうすれば、一週間で戦争が終わる!」
参謀長がこれまでの外交交渉の流れと、それに対する日本の対応を述べると、ハルゼーが叫んだ。
集まっていたものたちは一様に「またお前か」とばかりに嘆息していた。
キンメルがたしなめる。
「待ちたまえ。……そうしたいのは山々だが、我々はあくまで“受けて立つ”立場だ。無茶を言ってはいかん」
「しかし」
ウィリアム・パイ中将・空母戦隊司令官が口を挟んだ。
「我々が太平洋を押し渡り、彼の地に攻撃を加えるのは厳しいでしょう。しかし、アジア艦隊なら可能では?」
フランク・J・フレッチャー少将も討議に加わる。
「ハート大将はなにかおっしゃっているのですか?」
「彼は──」
キンメルは憂鬱そうに応えた。
「──『我が艦隊は存在する事に意義がある』とのことだ。典型的な『現存艦隊主義』だよ。あまり期待はできん」
「今すぐ俺をフィリピンに送れ! そうすれば、あそこの機動艦隊をクレにぶつけてやる」
ハルゼーの獅子吼に、キンメルはうんざりしていた。
「あぁ、君を送り込めばよかったのかもしれんな」
内心で彼は、“そうすれば貴官が喚くのを聞かないで済んだのだがな”と付け加えていた。
「太平洋艦隊の戦力が2/3となったのは痛かったですね」
スプルーアンスのつぶやきに、キンメルはどこか忌々しそうに応える。
「仕方がない。大統領命令なのだ」
彼は深呼吸をして、一同を見回した。
「我々の管轄外の話をしても仕方がない。また、我々が選択できぬ話をするのも時間の無駄だ。今可能なプランを話し合おうじゃないか」
討議を仕切り直すと、これまで沈黙していた参謀長が口を開いた。
「太平洋艦隊の現状は、ここまで話をしてくれた通りです。恐らく、我々は“日本の”宣戦布告と同時に行動を起こすしかありません。その上で──」
参謀長は太平洋の地図に指揮棒を当て、ハワイからなぞるように日本へと指揮棒をぶつけた。
「──この一年近く、我々が研究してきた対日戦『オレンジⅡ』に従ってトウキョウへと進撃します」
改めてスプルーアンスが尋ねた。
「フィリピンはどうします?」
「当然、救援には行く。しかし、その前にマーシャルやトラックを無視する訳にはいかない。我々はひとつひとつ足場を固めて進むより策はない」
スプルーアンスはうなずいた。
パイが別角度から尋ねた。
「日本海軍の動向は掴んでいるのか?」
「今のところ──」
参謀長は帳面をめくる。
「彼らの第一・第二艦隊は日本本土。第三艦隊はトラック環礁です」
「確実な情報なのか?」
「彼らの打つ電鍵が、それを裏付けています」
電鍵、平たく言えば、モールス信号の事だった。その信号はそれを放つ信号員によって癖があり、そのことが個艦識別の判断基準となっていた。
「なるほど」
パイは納得するように顔を上下させていた。
「では?」
フレッチャーが先を促した。
参謀長はどこかに自信を漲らせつつ応える。
「イエス。我々は開戦と同時に真珠湾を出港、トウキョウに向けた旅を開始します」
一九四一年一二月六日
真珠湾 オアフ島 ハワイ準州
夜半、通信傍受班から速報が入った。
「北太平洋で『アカギ』と思われる通信を傍受した、だと?」
キンメルは狼狽えがちに尋ねる。
「イエス」
参謀長も戸惑いを浮かべていた。
「君はどう判断する?」
「真珠湾への奇襲の可能性があるかと」
「うん、そうなんだが……」
キンメルは顎をつまみ黙考した。
“彼らがそのつもりなら、こんなところで通信を発するだろうか。なにかの罠ではないだろうか?”
「どうすべき、と君は考える?」
「そうですね──」
参謀長は数瞬考えた後に応える。
「哨戒網の強化を。それと迎撃に機動艦隊を出港させた方がよいかもしれません」
「そうなのだが……」
キンメルも考えこむ。
“判断を誤れば、太平洋が燃える”
指示を待つ参謀長の顔を見ながら、彼は一瞬だけ、司令官としての孤独を感じた。
「……わかった」
彼は判断を示した。
「機動艦隊はただちに出撃、日本艦隊を迎撃せよ」
続けて指示を与える。
「アジア艦隊に警告と、……大統領閣下にもこのことを報告してくれたまえ」
・・・
真珠湾は蜂の巣をつついたような喧噪に包まれていた。
ハルゼーがここぞとばかりに叫ぶ。
「ジャップを見つけ次第、ことごとく水葬にしろ!」
フレッチャーはすでに疲れたような声で指示を出す。
「力み過ぎるなよ」
スプルーアンスは自分の旗艦「ノーザンプトン」の司令部で腕を組んでいた。
“彼らは、真珠湾に来るのかな?”
彼にはひとつの疑問があった。
“いくら奇襲が得意な彼らでも、いきなり真珠湾に来るものなのだろうか。航空兵力は我々が圧倒している。それに、本気で奇襲するつもりなら、「アカギ」の通信で破綻しているではないだろうか?”
やがて、準備の整ったフネから出港をはじめた。半日後にはハワイ北方を中心に機動艦隊群の警戒網が敷かれ、万全の体勢が成った、ように見えた。
一九四一年一二月七日
「ついに日本がやりました! スービック湾の……」
司令部に通信参謀が駆け込んだ。
キンメルが彼に叱りつける。
「馬鹿者。少し落ち着きたまえ」
「はっ」
そう言いながら、キンメル自身も胸のざわつきを覚えた。電文を受け取り、文字を辿る。
そこには、アジア艦隊が日本海軍によって壊滅したことが、淡々と綴られていた。




