#003 自分で決めろ、バカ
『葉月、時間大丈夫か?そろそろ化粧しろよ』
洗い物を終えた葉月に対して、ハヤトが声をかける。
時間はAM7:20になろうとしていた。
葉月の仕事は、リモートワークのカスタマーサービス業務で、顧客からの質問や問い合わせに対応するものだった。
かつてはこの業務もAIに置き換えられていたが、顧客からの「話が通じない」「感情が伝わらない」「決まりきった返事しか返ってこない」といった苦情が相次いだ。
中でも、クレームや複雑な相談ごとに対してAIが適切に対応できないケースが多く、最終的に企業は“人間による対応”の重要性を再認識することになった。
結果として、この仕事は人間の手に戻った。
人間の“間”や“ニュアンス”を読み取る力、そして感情的なやりとりは、やはり同じ人間でなければ満たされない──そんな当たり前のようで、忘れられていた価値が、改めて証明されたのだった。
それは感情を持つ人間同士の繋がりというものの重要性に対しても、同じことが言えるのかもしれない。
ハヤトの言う通りに化粧台の前に腰掛けると、ハヤトがアイシャドウの色について提案をしてくる。
「こんな色使ったことないけど、ほんとにこれ?」
『葉月の肌の色に対して、馴染みもいい。最近流行ってるカラーだって調べた。早くした方がいいぞ。もう時間がない。』
葉月は慌てて言われた通りのアイシャドウを塗り、アイラインを引いて、最後にリップを塗った。
鏡に映った自分の顔に、普段使わない色のアイシャドウはたしかに馴染んでいた。
好きな色と馴染む色が違うことと、結局ハヤトの方が正しいことにため息をつく。
ただ、ハヤトが葉月以上に葉月を理解していることだけは、嬉しいと感じる。
色付いた唇に緩く弧を描き、どう?似合う?と語りかけた。
『似合ってる……いいから早く着替えろよ。』
気はずかしいフリでハヤトが返事をするのは、ツンデレっぽく対応するように葉月が設定しているからだった。
軽口が多いのもそのせいだ。
「ありがとう、ヤトくん。…ねえ、ブラウス何色にしよう?あ、ついでにブラジャーどれにする?」
『ブラジャーは自分で決めろ。バカ。』
3話目もお読みいただきありがとうございました。
葉月とハヤトのささやかな日常を、少しでも感じていただけていたら嬉しいです。
続きはまた明日の夜に投稿予定です。
引き続きお付き合いいただけますと幸いです。