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 俺たちがやってきたのは、首都ノックスの地下への入り口。この街にはゼノ達が多く住んでいて、市民権を持たないゼノ達は首都の地下に潜って生きてきた。

 街の至る所に地下へと続く階段が見受けられる。そのどれもに錆びた柵がしてあるのだが、鍵は掛かっていないので、基本的には誰でも入ることができる。

 ゼノではない人種の子どもが肝試しするのにもよく使われるのだが、階段を下る途中で暗闇のあまり引き返すことがほとんどらしい。それくらい深く、暗い道が続く。

 ゼノやルシオラなどの原住民と呼ばれる人々は夜目が利くので、暗闇の中でも大まかな物の形などは分かる。そのため、ランプがなくても地下を進むことができるのだ。

「暗いから、ランプを買ってきた方がいいかもしれないな」

 俺の手持ちは細い蝋燭が数本しかなく、それだけでは足元を照らすことは難しいように思えた。

「この階段、灯りは無いんですか?」

「無いよ。階段を下り切っても、それから広場に出るまでも真っ暗だ」

 ソラヤとキュフは、冷たそうな石の階段が暗闇に飲まれていくのを眺めながら、白い息を吐いた。

「ソラ、仕方ないね。あれを使おう」

「どうだね。ランプを買うお金もないし」

 アレとは。と俺が疑問を持った時、ソラヤが外套の下に下げていた肩掛け鞄を肩から下ろして、中を開けようと鞄を開いた時、目の前がぱっと明るくなって目を細めた。見たことのない澄んだ光に、強烈な輝き。そして彼女がずっと隠していたということは……。

「おいおい。まさか。嘘だろう」

 俺は咄嗟に手を伸ばして、その鞄の口を閉じた。馬鹿な俺でも予想はつく。

「オセロさん、どうしました?」

「ソラヤ、これってまさか」

「はい。これはランタンです」

「あの、ランタン?ほら、あの大昔はみんな持っていたっていう、例のアレ?」

「そうですね。最近は珍しいアレです」

 やっぱりそうだった。予想通りだ。俺は左右を見渡して、誰かがこちらに関心を向けていないかを確認する。不審な動きをしている人は見かけず、こちらを観察している人も居ないようで、ひとまず安堵した。

「こんな街の往来で袋から出してはいけないものだ」

「オ兄さん、でも暗闇じゃあ歩けないじゃん」

「階段を下ってから外に出そう。じゃなければ争いが起きる。俺たちは殺されるかもしれない」

 ソラヤとキュフは「大袈裟な」といった顔をして俺を見てくるが、決して大袈裟な話などではない。この光はそれぐらい人間を狂わす物なのだから。

「いいから、すぐに中に入ろう。俺が先に行くから」

 ソラヤにランタンの入った袋を抱えさせ、俺たちは地下へ続く階段を下り始めた。

 暗闇が恐ろしくても進めるものだ。

「怖い、怖いです」

「今、虫かネズミが通って行ったよ、絶対」

 後ろからキャーキャーと悲鳴のように暗闇を怖がる少年少女。

「壁に手を付けながら降りていけば大丈夫だから、騒ぐな」


 階段をゆっくり下りながらぐるぐると考えを巡らせている。どうしてソラヤはランタンを持っているのだろうか、と。

 ランタンというのは、別名「祝福の灯り」とも呼ばれ、その昔、すべての人類に一人一つずつ持っていたという。

 原住民のランテルナという一族が赤ちゃんが産まれると、そのランタンを届けるという風習が古来からずっと続いていたらしい。

 しかしランテルナが姿を消し、ランタンを配る人がいなくなって以来、ランタンを持つ人は居なくなったと聞いた。俺も今日までランタンを見たことは無かった。

 ランタンには持ち主に幸運をもたらすという言い伝えがあり、数が減ってからというもの、希少価値が高まり高額で取引されているという噂を耳にしたこともあった。

 幸運とかはよくわからないが、ランタンの光を嫌う動物は多いらしいし、光が強く長い年月光続けるのでランプや蝋燭などの灯りを購入することもいらないとなると、誰でも欲しいに決まっている。

 そんな珍しいものをどうしてソラヤが?

「オ兄さん。そろそろランタンを使ってもいい?」

 後ろを振り返ると、入り口はずいぶん小さな四角に見える。これぐらい下ってくれば問題ないだろう。

「いいよ。でもゼノにはなんて説明すればいいんだ?」

「大丈夫です。ゼノさんたちは居なくなったって言ってたじゃないですか」

「それもそうか」

 鞄からランタンが取り出されると、地下は眩しいくらいに明るくなり、数段先の階段の色も、壁の汚れもはっきり見えた。この階段、こんな色してたんだな。

「よしこれで足元が見える、ソラ。どんどん進もう」

「キュフ、滑って落ちないでよ」

 二人は楽しそうに階段を下り、先に進む俺の背中を追いかけてくる。そして数分後ようやく階段が終わり、足元が平地になった。

「こんなところに、文字が書いている」

 本来ならこの階段終わり辺りにゼノの見張り人が立っているのだが、やはり誰も立っておらず、その壁にたくさんの文字が彫り込まれている。

「何て書いてるのかわからない」

 文字は古代文字のようで、俺にはまったく読むことができなかった。しかし、この石壁全体に文字が彫られているなんて、全く知らなかった。

「ルーフェさんの辞書があるので、解読できそうですよ。やってみますか?」

「ソラヤって変なものばっか持ってるんだな」

「変とは心外です」と少しむすっとした表情で俺を睨みつける。

 古語の辞書など、図書館でも埃をかぶっている類の本だ。

「先に住居場所に行って寝泊まりできる準備をしようか」

「誰も居なさそうだけど、ここって大丈夫なの?怒られたりしない?」

 キュフの言う通り、本当に誰にも出会わない。以前来た時は、階段を下っている最中も誰かとすれ違っていたし、中に入っても灯りがついていたし、人が忙しそうに右往左往していた。しかし、今日は何も聞こえない。

「本当にゼノはどこかに行ってしまったんだな」

 広場に出てみると嫌でも実感する。誰もいない。人の気配が全くしないし、音も聞こえない。

「天井が高い。地下にこんな広い空間があったんですね」

 声が空にこだまして消えていく。

「オ兄さん、ここっていつもこんなに暗いの?」

「いいや。前に来た時は、柱という柱にランプが掛かっていて、明るかった」

 今思えば、この地下空間はランプであんなにも明るくしていたのに、誰も呼吸が苦しくなって死ぬことはなかった。この空間を照らしていたのは、ランタンだったのだろうか、それとも。

「誰かいませんか?」

 ソラヤが叫ぶ。反応はない。

 俺はこの広場にある、ゼノの族長の部屋を探し、その扉を叩いた。しかし中から反応はなく、ドアノブを回すと簡単に扉が開き、中に入ることができた。

「何にもない」

 以前は机や寝台、本棚などが置いていたが、何もかもなくなっている。

「何もないってことは、帰ってこないってことなんだね」

 キュフは扉の前で冷静な意見を述べた。正論だ。

「キュフ、良かったな。俺たちは勝手に入ったって怒られずに済む」

「そうだね。布団とか残ってないか探そう」

 おそらくここには何も残っていない。彼らは逃亡したのではなく、計画的に引っ越しをしたのだろう。はたしてどこへ向かったのか。

 広場を過ぎて、ゼノ達の住居地にやって来た。ここは三、四階建ての建物が規則正しく並んでいる。まるで地上にあった住宅街が地下に沈んだような光景だ。

「本当に誰もいませんね」

 人が居た形跡はある。地面の傷や汚れ、壁の落書き、袋や紙などのゴミも転がっている。

 一番近くの住宅に入ろうとしたが、鍵がかかっていて入れず、鍵の空いている部屋を探したがなかなか見つからなかった。

「鍵をかけるって、帰ってくるつもりなんでしょうか」

「さあ、習慣的に鍵をかけただけかも」

 二人の言う通り、族長の部屋は鍵もかかっておらず、家財道具すら何もなくなっていたのに、ここではほとんどすべての家の鍵がかけられている。

「もしかしたら、帰らないって知っていたのは族長とその一部だけだったのかもな」

「オ兄さんの推理が当たってるなら、布団とかはありそうだね。扉ってこじ開けられないのかな?」

 キュフが細腕で扉をがんがんと殴ってみるが、全く開く気配がしない。そもそもこの扉は木でも石でもなく、金属に似ているが金属よりも軽そうで、一体どんな物質でできているのかも想像がつかなかった。

 住宅の外に出て窓の開いていそうな部屋を探していると、遠くから物音がかすかに聞こえて来て、俺はキュフとソラヤに動きを停止するように言った。

 カツカツと足音のような小さな音が前方の奥から聞こえてくる。

「誰かが近づいて来てる」

 そう言って真っ先に物陰に隠れたのは、キュフだった。ソラヤもランタンを鞄にしまって、物陰に隠れる。

「オセロさん、隠れてください。怒られちゃいますよ」

「ああ」

 三人で物陰に隠れていると、靴音は徐々に大きくなり、それとともにランプの光も見えるようになった。

「ゼノじゃない」

 ゼノは暗闇でも歩くことができるので、ランプを持って歩くのはケルウス人くらいだ。ゼノ以外の人がどうしてこんな地下に潜って来たのだろうか。

「一人だけど、何しに来たんだろう」

 キュフの耳は若いせいかかなり敏感で、足音から推測して近づいて来ているのは一人だと判断する。

 ランプの光から逃れるように俺たちはさらに建物の影へと移動する。そして光が揺れながら俺たちのそばを通過した時、足音がぴたっと止まった。

 もしかして見つかったのか?

 カランカランと硬い何かが落ちて地面で跳ねる音が鳴り響いた。ここは通路をレンガで敷き詰めているので、乾いた甲高い音が聞こえる。

 ゴロゴロゴロと硬い物体が転がって、だんだんとこちらに近づいているのが分かる。そしてソラヤの足先の手前で、それは止まった。

 三人で目を見開いて、この窮地に驚くことしかできない。

 ランプの光がこちらを照らし、ゆらゆらと近づいてくる。ああ、見つけないでくれと念じた時、光と足音がすぐ近くで止まって、落とし物を拾おうと手を伸ばしたその時−−。

「うわああああああ」

「ひゃああああああ」

 落とし物をした人とソラヤの目が合った時、耳をつんざくような強烈な悲鳴が同時発生した。

 ソラヤは俺にしがみ付き、現れた人は尻餅をついて、ランプを落とした。

「そ、そこで、な、何をしているんだ」

 男だ。若い男性の声が聞こえ、俺たちは走って逃げようとした時、ランプを持ち直した男が俺たちをはっきりと照らす。

「俺たちはその、べ、べつに。知り合いを訪ねただけで」

 まばゆい光で目が眩み、ランプを持つ男の顔が見えない。

「ゼノならもうここには誰もいない」

「みたいだね。どこへ行ったか知らない?」

 キュフが俺の後ろに隠れながら目の前の男に尋ねる。

「さあ。用が済んだんなら帰れ」

 男は十代後半くらい若そうなの声なのに、どこか偉そうだ。

「二人とも、誰もいないし、帰るか」

 とりあえず、ランタンを持っていることがバレる前にこの場をさった方が賢明のような気がする。俺たちは顔を隠しながら、忍足でその場を離れようとしたその時、男が「待て」と呼びかけてくる。

「くらいのにどうやって帰るんだ?」

 やばい。勘繰られている。

「ええっと、俺はゼノとの混血なんで」

「そうか。でも他の二人は違うんだろう。それならこれを持っていけ」

 ランプの男が俺に自分の持っていたランプを差し出す。その時、目の前の男の顔がはっきり見えた。

 髪の長い色白の若い男性。

「どこかで、会ったことが」

 その顔をどこで見たのか思い出そうとした時、目の前の住宅から獣のような低い叫び声が鳴り響く。

「またか」

 言葉にならない、正気ではない、人間の感情を表現できない叫び。その声を聞いたランプの男は俺にランプを押し付け、暗闇の中、声の方へと向かっていく。もちろん、暗闇なので、男は数歩先でバタンと転けるのだった。

「あの、大丈夫ですか?」

「大丈夫だ。気にせずに行け」

 ソラヤが男のランプを俺から奪い取り、転倒した男の元に駆け寄る。

「あの叫んでいる人と知り合いですか?」

「まあな」

 男が服の汚れを払いながら立ち上がると、ソラヤを振り切って住宅の中に入って行こうとする。その後ろからソラヤがついて行こうとするので、キュフも一緒になって男の後ろを追いかける。

「ついてくるな」

 髪の長い男がソラヤとキュフを追い払おうと嫌そうな言い方をして、早足で階段を登ろうとする。

「その、ランプをお返ししますよ。私たちは大丈夫なので」

 ソラヤはランプを持ち主に返そうとするのだが、男は「いらない」と言って小走りで階段を駆け上がっていく。

 そうしてランプを返そうとするソラヤから逃れるように男が階段を駆け上がってとある部屋の前までやってきた。叫び声はここから聞こえてくる。

「ランプはあげるから、さっさと帰れ」

「でも、この叫び声は尋常じゃないし、何か手伝うよ」

 キュフはそう言って、勝手に部屋の扉を開けて中にずかずかと入っていく。

「こら、待て。誰が入っていいと言った」

 暗闇でキュフを捕まえることができず、男の伸ばした手は空を切った。そして仕方なく俺たちはキュフを追って部屋の中に入るのだった。

 部屋の中は短い廊下を進んだ先に広めの居間があり、そこから男性の叫び声が聞こえて来ていた。ソラヤの持つランプの灯りで照らされた室内に見えるのは、寝台と座卓だけ。そして寝台の上で蹲る影が、叫んでいる男性だとすぐにわかった。

「また悪い夢を見たのか?」

 髪の長い男は蹲る人物に駆け寄ると、背中をさすりながら声をかける。背中に触れられると叫び声はぴたっと止まり、静けさが再び戻ってきた。

「食べ物を持って来たから、お腹が空いたら食べろ」

 そう言って髪の長い男がローブの下に下げた肩掛け鞄の中から紙袋と布袋を取り出して、机の上に置いた。

「あの、その人。どこかで」

 ソラヤが叫び声を上げていた人物をよく見ようと、ランプで照らしながら近づいていく。

 おびえるように蹲っていた人物の顔が少しこちらを向いた時、顔が光に映し出される。前髪と髭が伸びていてはっきり見えないが、三十代前半くらいの男性だということは分かった。

「よく見えないですね」

 そう言って、ソラヤがランプを机に置き、自分の鞄からランタンを取り出そうとする。

「ソラヤ。待て、こんなところで出すな」

 俺が鞄に手をかけたところを取り押さえると、目の前の怯えた男が俺の声に驚いて再び顔を隠す。

「オセロさん、私、この人知っているような気がするんです」

「知っているって、ソラヤは記憶喪失だったんじゃなかったのか?」

 確か船の中でそんなような話を聞かされた気がする。ソラヤとキュフは一年以上前の記憶がなく、二人で記憶を探す旅に出ているのだとかなんだとか。俺には関係ない話だったので、話半分にしか聞いていなかった。

「そうなんですが、懐かしい感じがしたんです」

 彼女の旅の目的が記憶集めなら、この男と再会することで何か思い出せるなら、止めるわけにはいかない。

 手を離すと、ソラヤは鞄から眩しい物体を取り出す。ランタンが登場すると部屋中が明るくなり、ランプがなくても全てのものがはっきり見えるようになった。

「おい、まさか。それはランタンか」

 髪の長い男が驚いた表情で立ち尽くしている。この男は、偉そうな物言いの癖に想像よりも若い顔立ちをしていた。

「秘密にして。お願い」

 キュフが口元で人差し指を当てて、子どもらしく可愛い顔でそう言うのだが、なぜか似合わなかった。キュフは見た目は子どもだが、中身は大人な性格をしているからだ。

「眩しくしてごめんなさい。でも、どこかでお会いしたことがあるような気がして」

 ソラヤが膝に顔を埋める男の肩をぽんぽんと叩くと、男は眩しそうに目を細めながらこちらに首を向ける。

「嘘だ……」

 俺は目を疑った。驚きのあまり肩にかけていた荷物を全部落とすぐらいだ。

「オ兄さん。どうしたの?」

「そんなはずはない。いいや絶対違う。そっくりなだけだ」

 髪の色、顎や唇の形、そして目の色、似ている。似ているというか、そっくりすぎる。

「お前、まさか知り合いか」

 髪の長い青年が驚く俺を睨みつけてそう言った。

「どこかでお会いしましたよね」とソラヤが尋ねるが、男は首を横に振って少し震えている。

「違う。あの人は死んだんだ。あの日、処刑場で首を刎ねられて」

 あんなにも憧れた人だ。若い頃から遠目で見続けて来た人。文武両道で誠実、面倒見が良く、優しげな声と、丁寧な物言いがいかにも貴族の坊ちゃんっていう感じで、騎士なのに清潔感もあって、男女問わずみんな彼が好きだった。

 男が不思議そうにソラヤのランタンに手を伸ばそうとする。その手はゴツゴツしていて手の甲が傷だらけだった。その手には見覚えがある。貴方みたいになりたくて、何度も観察した剣捌き、手や腕の使い方を真似た。

「なんで、生きてるんだ。ディアン隊長」

 俺が名前を口にすると、男がランタンから手を離して俺をすっと見つめ返す。

「そうだ。ディアンさん!やっぱり、また会えましたね」

 ソラヤが嬉しそうに白い歯を見せて、男の伸ばした手を捕まえると、花のように笑みを見せた。


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