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ここより北には見渡す限りの砂漠があるらしい。氷のように冷え切った砂の海に生物はほとんど生息しないのだとか。
「砂漠に咲く一輪の花は透明で美しく、可憐なのに力強いと聞く」
目の前の男は遠い目をして窓の外を眺めている。
僕がその花を栽培しないのか?と尋ねると、彼は目尻に皺を寄せ、自嘲気味み白い歯を見せるとこう言った。
「砂漠以外では育たないのだ。豊富な水、温かい気温、高栄養な土、そのどれもを必要としない。そんな花だ」
彼の国は砂漠の花を国花にしている。
しかし、彼の国ではその花はどこにも咲いていない。
エアルの手記より。
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俺はあの日、馬上で無地の旗を掲げていた。国王が国旗の使用許可を出さなかったからだ。
無地の白色では降伏を意味するから、色だけは変えようということになって、緑色に染めた。
緑は隊長の家紋の色だったが、家紋を象徴する「ハルスの葉」を描く事はしなかった。
戦場では王国の旗を不細工に模して掲げた兵士も居たが、隊長はそのことで兵士を追求することはなかった。
不正であるし、国家の法では処罰の対象であったが、俺たちの尊敬する隊長は見逃していた。
俺も国旗を模造して掲げればよかった。そうすれば何か未来が変わっていたかもしれないのに、真面目に、いいや、我が身可愛さに緑の無地の旗を握っていた。
国花の「アルゲオの花」を掲げて戦う。王国の騎士なのになぜ許されなかったのだろう。
後悔している。あの日、戦場で、馬上から見上げた我が手にある旗のゆらめき。それが緑でなかったら良かったと、何度も……。
「オセロさん、起きてください。見逃しますよ」
誰かに揺り動かされ目を覚ますと、眩しい日差しで視界が真っ白になった。
葵蹄十二年二月下旬。春の訪れを感じる日差しの明るさだが、まだが気温低く風が冷たい。
「オセロさん、あれ、あれ。見てください。橋です!」
十代後半くらいの女の子が甲板から頭上を指さしている。砂色のふんわりした長髪が川風に揺れて、一瞬春を思わせるようだった。
「おお。これはすごいな」
強大な橋の下をゆっくと通過する。この橋は魔法があった時代に作られたと言われている大橋だ。
北のクジラ山脈から南の海まで、陸を東西に分断するように巨大な山々が続いている。これを中央山脈と呼んでいるのだが、途中途切れる場所がある。それがここだ。
北西の山から南東の海に流れる川幅の広いハサミ川、この川が通るため山脈が途切れていて、その川の上に橋を渡しているのだ。
「誰も歩いてなさそう」
女の子の隣で橋を見上げているのは十二、三歳の少年で、興味津々に観察している。
彼の言う通り、あんなにも巨大で立派な橋なのに人の姿は見られなかった。そもそもどうやってあの橋の入り口に辿り着けばいいのだろうかと疑問を持つばかりだ。
北にある東西に長く伸びたクジラ山脈は険しい山として有名で、野生の獣の住処であるため、誰も近寄らないと聞く。
「あれは書簡の橋と呼ばれているそうだ。大昔はあの橋を渡って北のロス国から南のマラキア国に書簡を運んでいたそうだ」
操舵室の中から中年男性が説明をしてくれる。そしてその男の娘二人が「へえ」と簡単な返事をしながら、通り過ぎていく橋を見つめた。
暗い橋の影が頭上を通過するとき、橋の底面が見えた。大昔に作られたとは思えないほど新品のように綺麗な橋。材質は見当もつかない。
俺は今、船の上にいる。ハサミ川を南下し、ケルウス王国を目指しているのだった。
「橋を越えたら、ここからはケルウス王国だ」
操舵室のおじさん、テイズンさんの言う通り、ここからはケルウス王国となり、川旅は残り半分となった。
「オセロさん、ここはケルウス王国の何ていう土地なんですか?」
俺を昼寝から起こした長髪の女の子、ソラヤはキラキラした目をして質問する。
「ここはブルノニー領だ。ここからもっと下って、海が見えて来たら首都のノックス」
「ねえ、おじさん。あと何日くらい?」
少年が操舵室のテイズンさんに声をかける。あと何日?という質問は毎日誰かが口にしている。それくらい船旅は退屈だ。
「キュフくん、昨日も言ったけど、あと一週間くらいだよ」
「あんな大きな船に引っ張ってもらっているのに、まだ一週間もかかるなんて」
もともとこの船は動力船ではない。人力と風の力で進む船で、しかも穀物などを積めるそれなりに大きさのある船でもある。(穀物を詰めるように作られた船のくせに動力がついていないなんてどうかしているとしか思えない。)しかし漕ぎ手になる大人の男は三人(俺とテイズンさんと船頭のバフィンさん)のみで、あとは未成年の女性が三人と少年が一人。これではケルウスに到着するにはかなりの時間が必要だと思っていた。
しかし出発したアルス国のウミロという村から南下して、リームス国に入った時、テイズンさんが巨大動力船が何艘も停泊する川港に立ち寄った。
リームス国は古くからハサミ川を使っての交易を主にしていて、川港や巨大な動力船も多く保有している。
川港の「紹介所」と書かれた店で、ケルウスに向かう船があれば牽引してほしいと言って、いくらかのお金を渡すと、数日待てと言われた。
二日後、俺たちは船に乗り、先頭を巨大な動力船が進むことになった。動力船とこちらの船を鉄の紐で繋ぎ牽引してもらうかたちだ。
テイズンさんによればこの小型穀物船はこうして大型動力船に牽引してもらうことを目的として作られているらしい。
劇的に速度は速くなり、俺たちの体力も使わなくてよくなった。
「ああ、暇だ……」
子どもの頃から農作業をして育ち、領兵学校に通い、そして領内の巡回兵士に就いた。こんなにすることもなく体を動かさず、のんびり過ごす日々は初めてだ。
「オセロさん、暇ならケルウスの話を聞かせてくださいよ」
ソラヤが俺の隣に座る。どうやらケルウス国にとても興味があるようだ。
「女の子が聞いて面白い話なんて、俺は知らんぞ」
「王様ってどんな人なんですか?」
「さあ、会ったこともないし、見たこともない。名前しか知らん。アストラ王といって、四人の子どもがいるおじさんだということだけだな」
自分の国の王をおじさん呼びしているなんて、親に知られれば殴られるだろう。
「全員王子様なんですか?」
「いいや。長男で王太子のイビサ王子。次男のジェイド王子。そして長女のクロリス王女。三男のキアノ王子。四人とも庶民の前に顔を出すような人じゃないから、俺は見たこともない」
ソラヤは鞄の中から小さな帳面を取り出して、王室の人名を記入していく。
「次の王様はイビサ王子なんですか?」
「まあ、そうだな。でもかなりの神経質な性格らしいし、あんまり良い噂は聞かないな。精神病を患っているとか、機嫌を損ねると自傷行為をするとか、まあいろいろ」
「じゃあ、ジェイド王子?」
「第二王子は武勇に優れているらしい、軍人として国に尽くすと公言しているけど、あの人も悪い噂ばかっだ。気に食わない奴をすぐ処刑するとか、横柄で女遊びが激しいとか」
「なら、キアノ王子ですか?」
「第三王子は勉強も武芸も得意じゃなく、突然奇行に走るとかいわれてて、何を考えてんのか分からん人らしい」
「それなら、クロリス王女ですか?」
「第一王女の話はほとんど聞いたことがないな。そもそもケルウス王国は建国から男子が王位を継承してきたから、王女はなれないんかも」
ソラヤは文字を書き込みながら、「そうですか」と少し悲しげな表情を浮かべた。同性が王位を継ぐことができないという事実が悲しいのだろうか。
「オ兄さんなら、誰が王位について欲しい?」
キュフは俺のことをオ兄さんと名前を省略して呼ぶ。なぜか馬鹿にされているような気がするのは気のせいだろうか。
「そうだな。第三王子以外なら誰だっていいよ」
「第三王子の何がダメなの?」
「あの王子は……。やっぱ、王様って頭が良い人がいいから」
本当の理由を言いそうになって、やめた。どんな理由だろうとケルウス国民ではないこの二人には関係ない話だ。
ソラヤとキュフは不思議そうな顔をしていた。
「次の王様っていつ選ばれるんですか?」
「ソラ、そんなの今の王様が死んだ後に決まってるよ」
「そうなんだ。キュフって詳しいんだね」
少年は得意げにそう言ったが、ケルウス国では譲位も珍しいことではない。何代か前の王は芸術家になると言って辞めたこともあった。
もちろん、王位を争って血みどろの争いをした歴史もある。
「王様がどうなろうが、庶民には関係ない話だ。納税は苦しいし、領内では軍役の義務もあるし、そんなに豊かな国でもない」
いろんな国を見て回ろうと旅を始めたが、結局渡り歩けたのは三カ国ほどだったが、ケルウスが豊かだとは到底思えなかった。
「そうなんですか。でも楽しみです。ね、キュフ」
「まあね」
二人はキラキラした瞳でそう言うが、俺はガッカリするのではないだろうかと心配になる。
ケルウス王国は他の国に比べれば一番領土も広いし、軍事力もあるといわれている。しかしその実、国内の裕福さはどうだろうか。
小さい国でも貿易などで発展していて豊かな国があると聞く。
自国に疑問を抱き続けている俺は、自分の生まれ故郷であるケルウス王国が嫌いなのかもしれない。
首都ノックスまではまだまだ時間がかかる。それまではこの呑気な船旅を満喫しようと思う。王国の行末や気に入らない所を考えるのは止めて。
「護衛の仕事って、こんな簡単でいいのかな?」
過ぎ去っていく書簡の橋の下を大きめの鳥が旋回するのを眺めながら、冬の終わりの弱い日差しに目を細めた。
ケルウス国に入ってから睡眠が浅くなった。夜間、無数の視線を感じて落ち着いていられない。静かに物音を立てることもなく、じっとこちらを観察するように物陰から、人が何人もこの船を見ている。
暗闇に灯りもなくこちらを観察することができるのは、おそらくゼノたちだろう。しかしどうしてこんなにも観察されているのだろうか。
大型の動力船が物珍しいだけだとしても、観察している人数が多すぎるようにも感じるし、しかも深夜にも視線を感じる。
ゼノ達の多くは労働者で、早朝から仕事があるはずだ。夜更かししてまでハサミ川を観察しているのことに疑問を感じるのだ。
この視線を感じているのは俺だけではなく、キュフも感じているらしく、時折目を覚まして、陸地の方をじっと眺めていることがあった。
この視線は陽が上ると少なくなり、昼間には全く感じない。ケルウス国の子どもが面白がって追いかけてきたり、話しかけてきたりすることはあったが、ゼノがこちらに声をかけてくることはなかった。
ゼノであるかそうでないかを判断するのは簡単だ。服装がボロボロで汚れているのだからすぐに判断がつく。
一週間後。見張られているような旅は終わり、俺たちの船は首都ノックするの港にようやく流れ着いた。
ソラヤはノックスに入ったあたりから、街並みに見入って楽しそうであったが、キュフだけはずっと不機嫌な表情だった。
「お疲れ様。じゃあここでお別れだね」
テイズンの二人の娘がそう言って、ソラヤとキュフに抱きつきながら別れを惜しんでいる。俺は船に乗ってからの付き合いなので、この子達がどんな体験を共有しているのかは分からないが、きっと内容の濃い経験をしてきたのだろう。
「また会いましょう」
ソラヤがそう言うと、娘達とその父は涙を浮かべながら頷いた。家族はこれから亡命手続きをするために大使館に向かうのだと言う。
「オセロくん、二人を頼んだよ」
「ええ、料金はキッチリ貰ってるんで安心してください」
テイズンさんに強めに肩を叩かれた。その時、昔の記憶が思い出されて、胸の奥がずきんと傷んだ。
戦地であの人も強めに俺の肩を叩いた。まっすぐな視線の奥の感情は読み取ることはできなかったが、この肩に大きな期待と信頼が乗せられたようだった。
「みんな元気でいて。それから家族喧嘩もしないで」
キュフが大きく両手で振りながら、家族の背中に向けて大声で叫ぶ。二人は背中が見えなくなるまで手を振り続けていた。
「それで、これからどうするんだ?」
「オセロさん、私たちは人を探しているんです」
「人かぁ。ここは大都市だから骨が折れるかもよ」
「ヴィオさん。ええっと本名は……」
ソラヤがメモ帳を取り出そうとした時、キュフが横から声を出す。
「ヴィオリーナ・ハンゼアートっていう女騎士」
「ハンゼアート!」
俺が驚いて大声を上げたばっかりに、二人も驚いて目を丸くして口を半開きにしている。まさか、外国人の二人からこの名前が出てくるとは思わなかった。
「も、もしかしてオセロさん、お知り合いですか!」
「いいや。そんなすごい人とは知り合えない、知り合えない。ハンゼアートといえば、この国を代表する騎士一族だぞ。この国の男達の憧れで、王に使える家系だ。つまり貴族様だ」
ソラヤとキュフは顔を見合わせて「ヴィオさんは貴族だったの?」「そんなふうには到底見えない活発な姉ちゃんだった」とこそこそ話をしている。
「ヴィオリーナという名前は聞いたことがある。確か武道大会で優勝しためちゃくちゃ強い人だった」
あれは忘れもしない出兵前に行われた、男女混合の武道大会だった。屈強な男達がたくさん集まる大会で、髪の長い女性騎士が赤子の手をひねるかの如く、簡単に男達を打ち負かしていくのだから。会場の客が大盛り上がりしていたことは、今でもこの目と耳に残っている。
「もしかして、ヴィオさんの勇姿を見ていたんですか?」
「見てたけど、俺が見てたのは会場の立ち見席で、遠くて顔なんてはっきり見えなかったよ。一つ括りの髪がゆらめいてたのは見えたかな」
子ども達には言えないが、俺は決勝で対戦相手の「カトルなんやら」っていう男に賭けて大負けしたんだ。だからよく覚えている。
「そういえば、あの頃から運が悪かったんだな」
「オ兄さん、何の話?」
「お子様には関係ねえ話だ」
キュフが不貞腐れた顔をして、俺のふくらはぎに蹴りを入れる。子どもの蹴りなんて痛くもないが、少しは痛がってやらないと。
「痛っいなー。俺に怪我させたら誰が護衛するんだよ」
揶揄ってキュフを追いかけ、抱き上げる。すんなり体が持ち上がるので、食生活が心配になってしまう。
俺がキュフに悪ふざけをして真っ先に怒ったのは、鳥だった。そう、実は結構デカめの赤い鳥が二人と一緒に旅をしていて、そのロアと呼ばれる鳥が俺の頭を鋭利な嘴で突ついてくる。
「痛い。痛い」
「ロア、止めてあげて。二人は戯れてるだけだから」
ソラヤが背伸びをして赤い鳥を捕まえようとするが、この鳥はなかなかゆうことをきく鳥ではなく、気が済むまで啄いて、気まぐれに飛び上がってそして何回か旋回した後、ソラヤの肩に戻ってくるのだった。
目立ちすぎる赤くてデカい鳥を連れているせいなのか、この二人は旅をするのに俺のような傭兵を雇っているそうだ。
「どうすればヴィオさんに会えるんでしょうか」
「ロサ地区に入ることができれば探すこともできるだろうけど」
「そのロサ地区って何?」
「貴族達が住んでいる高級住宅街だよ。大昔の城門の中に作られていて、許可証とか裏金とかなければ入れない。ちなみに金は無いからな」
二人は俺に金を持っているのではという期待する表情を見せたが、もちろん民間の傭兵に大金などあるわけがない。
「他にロサ地区に入れる方法はないんでしょうか。誰かと一緒になら入れるとか」
「貴族と一緒なら入れるんだけど。そうだな。あの門が開くのは処刑がある日くらいだったかな」
「処刑ですか?そんなこと、滅多に無いですよね」
「うーん。それがここ最近はけっこう頻繁に行われているから、胸糞悪いんだよ」
貴族達はなぜか処刑を見物する習慣がある。ロサ地区の処刑場に大勢が集まって首を切り落とされる姿を見て野次を飛ばす、興奮して叫んだりする者もいる。綺麗な身なりなのに、やっていることは一般庶民と同じだ。
「処刑の日ってどこで知ることができるんですか?」
「掲示板」
俺たちは掲示板を探しに街の市場を目指すことになった。港から目と鼻の先に市場があり、国で一番大きく賑わっている市場だ。
しかしずっと気になっていることがある。港に立っているのに全く、人気がないことだ。
以前来た時はゼノや漁師達が忙しなく魚を選別したり、箱に入れて運んだりしていた。とても賑やかで、物音や人の声で煩いぐらいだったのに、かなり静まり返っている。
まるで別の国に来たような気分だ。
「ここが市場ですか」
「今日はお休みなの?」
ずらっと並んだ店に人がいない。看板を下ろしているところも多く、開いている店は魚屋か八百屋ぐらいだ。
「前は、全部の店が開いていて、この通りいっぱいに人が溢れかえって、目当ての店までたどり着くのに時間がかかったんだけど、これはどういうことなんだ?」
以前のような人の波や混雑はまるで無く、寂れてしまっている。
俺は近くの魚屋に入って店主の日焼けした大男に声をかけた。
「すみません」
「すまない。今日釣ってきた魚はもう無いんだ」
魚屋は片付けをしている最中で、箱などには何も入っていなかった。そして店主は床を箒で掃除し始めた。
「久しぶりにノックスに来たんだけど、どうしてこんなに人がいないんだ?」
そもそも店の掃除などは、ゼノの子どもがすることが多かったと記憶しているが、店には店主以外は誰もいない。
「年が明けてからこんなんだ。すっかり寂れちまって。今はもう殆どの店がやってない」
「理由は?」
「さあ、年末からゼノたちが姿を消しちまった。働き手がいなくなったら仕事は何もかも上手くいくわけがねえ」
「でも、首都にはたくさんの人が住んでるんだろう?どうやって食っていくんだ?」
この市場はノックスで一番大きい。この市場に食糧が集まってこなければ首都の民はどうやって食材を調達するのだろうか。
「人によっては田舎に引っ込んだりしてるらしいが、ほとんどは農家とかと直接物々交換しているっていう噂だ。だからここに来ても何にも無いよ。帰った帰った」
手で払い除けられるように追い払われる。閑散とした通りには、冬の風が吹き抜けてまだ春を感じることはできない。
「オセロさん、掲示板がありました」
「どれどれ」
魚屋から少し離れたところに木で作られた掲示板があり、そこには張り紙がしてある。
「うーん。処刑は無さそうだな」
「どうするんだよ」
キュフが背伸びをしながら掲示板を見ようとしていると、掲示板に貼られていた紙が一枚風に飛ばされていく。その紙をロアが獲物を食うかのごとく見事に捕まえた。
「ロア、それは食いもんじゃ無いぞ」と俺が紙を取り上げると、そこには仰々しい昔の書体で書かれた文字が羅列してあった。
「お前達は運がいいのかもしれない」
「オセロさん、それはどう言うことですか?」
くしゃくしゃの紙を広げて二人に見せる。この二人には神様っていうやつがついているのかもしれない。ほら、グッタ国では幸運がある時はそう言うんだろう?
「アルゲオの花祭りがあるんだと」
「それって、もしかしてロサ地区であるの?」
「キュフ、大正解だ」
二人は飛び上がって子どもらしく喜びを表現する。アルゲオの花祭りとはケルウス王国の建国祭で、国家行事の中でも数少ないロサ地区が解放される日でもある。
「ロサ地区には入れるけど、どうやってハンゼアート家を探すかが難問だな」
「それもそうですが、お祭りは何日後なんですか?」
「六日後」
運が良いにも程がある。この二人はこんな風に幸運に恵まれてここまで来たのだろう。
「とりあえず、今日から泊まれるところを探さないとな。ソラヤ、所持金はあるのか?」
ソラヤは背中の鞄をごそごそと掻き回して財布を探している。そしてその中身をちらっと見て、笑顔で首を横に振った。
「オセロさんを雇ったので、ありません」
「なんか、俺のせいみたいな言い方だな」
こう見えても駆け出しの傭兵だから、破格の値段なんだけどな。年若い二人にとっては大金だったのかもしれない。
「心当たりがあるから、とりあえず行ってみるか」
「さすが、ケルウス人。知り合いがいるんだね」
キュフが煽てくれるのだが、地方領出身の俺はそれほどこの首都に知り合いは居ない。しかし頼れる所なら一つくらいはあるのだ。
「まあ、二人とも付いてきて。上手くいけばタダで宿泊ができるぞ」
少年少女は目の色を変えて、俺にしがみついてきた。
「頼りになります、オセロさん!」
「やっぱりすごいよ。オ兄さん!」
「おい、重いからしがみつくな」
赤い鳥すら俺の頭に乗るもんだから、重くて仕方ない。まだ無料宿泊を確約したわけでは無いのだから、そんなに希望に満ち溢れた目をするもんじゃない。
三人と一羽で楽しげに歩いていると、寂れた店々からため息が聞こえてきた。この通りではもう、子どもの楽しげな声を微笑ましく見ることができなくなっている。