フィリス・ストラトスの恋と断罪
世界観ゆるめです
「オフェリア・ネフリティス! お前との婚約は破棄させてもらう!」
それは、王都貴族学院での卒業パーティーでのこと。
キラキラとした絢爛な雰囲気と美味しい食事に心躍らせ、ご機嫌にチキンを頬張っていた私は、チラリとその声の主を見た。
大々的に、何故か少し得意げに婚約破棄を宣言したのは王太子のエリアス殿下。
輝く金髪に爽やかな碧眼の、いかにも王子さまといった風貌のお方。
「……理由をお伺いしてもよろしいでしょうか?」
晒し上げのような形で婚約破棄を宣言されたのは、ネフリティス公爵令嬢であるオフェリア様。
美しい銀髪に神秘的な瑠璃の瞳の、いかにも貴族令嬢といった風貌のお方。
「それはお前が一番わかっているだろう! 私の真実の愛の相手に対する、酷い嫌がらせは目に余る! こんなに性根の腐った女を国母にすることは出来ない!」
エリアス殿下の発言を聞いて、嫌な予感がした私はそっと会場を抜け出すことにした。
卒業パーティーの主役でもなんでもない一年生が抜けたところで咎められることはない……はずだ。
食べていたチキンを全部口に詰め込んで、急いで出口を目指したが、なにごとかと王子達の方へ人が集まりはじめており、人の流れに逆らうことができない。
まずい。絶対見つかりたくないのに……。
「よって、オフェリアとの婚約は破棄し、ここに新しく、フィリス・ストラトス子爵令嬢との婚約を宣言する!」
エリアス殿下の宣言と同時に、周りの視線が一斉に私へと集まった。
だから逃げたかったのに!
抵抗虚しく、私はエリアス殿下とオフェリア様の前へと押し出された。
好奇と同情の視線に晒され、かなり居心地が悪い。
エリアス殿下の言う「酷い嫌がらせ」をしたオフェリア様に向けられている批判の空気よりはマシかもしれないが。
エリアス殿下はニコニコ笑って私の隣に立ち、そっと肩を抱いた。
それを見たオフェリア様は、僅かに眉を下げ淑女の態度を崩すことなく憂いを表現する。
違うんです! と言おうとしたが、さっき頬張ったチキンがまだ口内に滞在している。
自分の食い意地が恨めしい。
「エリアス殿下……。私からも、お一つ申し上げてよろしいでしょうか」
「は、言い訳か? まあ、最後だからな。聞くだけなら聞いてやってもいい」
「私の異能が《鑑定》であることは、ご存知だと思います」
この国の貴族は大体特別な力である異能を持っている。
いや、異能を持っているからこそ貴族であるといっても良い。
高位の貴族ほど価値の高い異能が発現しやすく、田舎の名ばかり子爵家であるウチなんて、本当に大したことない異能しか発現しない。
下位の貴族がどんな異能を持っているかは、相当価値のあるレアなものでもない限り、余り知られていないし興味も持たれない。
危険性の高い異能持ちは学院に入学前に弾かれているので、他人の異能をそこまで気にする必要もないのだ。
オフェリア様は、他人の異能を《鑑定》する異能をお持ちだった。
「フィリス様の異能は《魅了》ですわ。どうやってその危険な異能を隠し、入学したのかはわかりませんが……彼女は、その異能で殿下のお心を自分の物としたのです。真実の愛、などではありませんわ」
その言葉を受け、静観していた騎士たちが一斉に私を取り囲んだ。
一介の子爵令嬢が王太子を操ったなどあってはならない。
公爵令嬢が子爵令嬢をいじめたのとは話が違うのだ。
形勢逆転。
今この場において、断罪されるべきは私となっていた。
◆◆◆
アステール王国と砂漠の民との戦が終結し、貴族学院が再開したのが半年前。
同時に私は貴族学院へ通い始めた。
慣れない王都での暮らしも、憧れの貴族学院で生活が出来るならば全く苦にはならない。
そう思っていたのだが。
「フィリス、今日は贈り物を持ってきたんだ。……うん、やはりよく似合うな。君の白金の髪によく映える」
満足げにうなずく殿下に、私は愛想笑いを返した。
何故か初めてお会いした時からやたらと気に入られてしまい、それでも王太子殿下のお誘いなんて恐れ多くて断っていたら、いつのまにか私は「真実の愛」の相手だと言うことになっていた。
控えめで照れているのがカワイイらしい。
……吹けば飛ぶような子爵家の娘である私が、殿下をはっきりと無下にできよう筈もない。
「ああ、そうだ。週末、一緒に出かけないか? 城の裏に湖があって、とても美しいんだ。本来は王族しか入れないんだが、フィリスは特別だからな」
絶対に嫌だ。
婚約者でもない、ただの田舎貴族の娘がそんな特別扱いをされて、周りからどう言われるか、考えただけでも恐ろしい。
「申し訳有りませんが、試験も近く、今週は勉強しないといけないので……」
「そうか、全く、フィリスは頑張り屋だな。……辛いときは、いつでも頼っていいんだぞ?」
試験が辛いのをどう頼れというのか。
不正以外思い浮かばないし、エリアス殿下ならやりかねない。
「……それでは、この後予定があるので。失礼致しますね」
そう言って私はにこやかに、失礼にならない程度に全速力で殿下の前から逃げた。
エリアス殿下自身も苦手だが、あまり長く彼に付き合っているともっと面倒な相手に絡まれるのだ。
「フィリス様。お待ちになって」
「……オフェリア様」
やはり捕まってしまった。
オフェリア様はふうっと淑やかにため息をつき、諭すように私に話しかけた。
「何度も申し上げてますが、フィリス様は子爵令嬢。いくら殿下のお心をいただいても、身分を鑑みると正式な関係になるのは難しいのです。それに、婚約者のいる男性の周りに侍るのは、フィリス様自身の評判を落とすことに繋がりますわ」
「だから、違うんです!」
私は無実を言い募ろうとして、オフェリア様に手で制された。
「……私の異能は《鑑定》。私には、貴女の異能が分かるのです。いまならまだ見逃してさしあげますから、野心を持つのはやめたほうがよろしいわ。……それでは、失礼」
言いたいだけ言ってオフェリア様は去ってしまった。
私は、エリアス殿下を魅了なんてしてない。出来るはずが無いのに。
結局彼ら高位の人間は、私のような末端貴族の話など聞いてはくれないのだ。
悔しさに涙を滲ませ、私は自分を癒せる場所――厩舎へと走った。
「ということがあって、もう、本当に本当に嫌でした!」
「わかるよ、わかるけどさ。……それ寝てるところを起こしてまで、言わなきゃいけない愚痴だった?」
「レヴァンはいつでも寝てるんですから、私の愚痴を鮮度のいいうちに聞く方が大事に決まってるじゃないですか」
わざとらしく呆れた顔を作るのはレヴァン・ハイレイン。
由緒正しい伯爵家の三男で、黒髪に夕暮れのような瞳が印象的な、私の友人。
授業があっても無くても大体この厩舎の藁の上で寝ている。不真面目なのだ。
◆◆◆
彼と初めて会ったのは、入学してすぐのこと。
憧れの学院生活を始めたは良いものの、王都の貴族たちのふんわりとした社交に慣れず、浮いてしまっていた私は、折角なら自領では出来ないことを精一杯楽しもうと心に決めていた。
その一環で、厩舎で馬に必死に話しかけているところを見られたのが始まりだった。
「だからさ、ちょっとだけ乗せて、お願い、ニンジン持ってきてあげるから……」
「ねえ、うるさいんだけど……」
藁の上から声がして私はぎょっとした。
誰もいないと思っていたのに、変なところを見られてしまった。
むくりと起き上がったレヴァンと目が合い、その夕暮れの瞳と目があって。
「綺麗な目……」
無意識に思ったことをそのまま口に出してしまっていた。
それを聞いてレヴァンは何故か微妙な顔をしたけれど。
「なんで馬に話しかけてるの?」
「実家だと危ないからって乗せてもらえなかったから、この機会にお願いして乗せてもらおうかなって……思ってまして」
「……そのうち授業でやるんじゃないの? 乗馬くらい」
言われて見ればそうかもしれない。
「……なんで貴方はこんなところで寝てるんですか?」
やや気まずくなった私は話題を変えることにした。
彼は少し嫌そうな顔をして、
「なんでって……。僕がレヴァン・ハイレインで、あんまり他人と関わりたくないからだけど」
突然の自己紹介に、私は思わずきょとんとしたが、やがて得心した。
思春期にはそういう……自意識が強くなる時期があるって、姉様の持っていた本に書いてあった気がする。
きっと友達も居ないのだ、可哀想に。……人のことは言えないが。
哀れんだ私は、先程リスに貰った木の実を分けてあげることにした。
「なにこれ」
「多分ベリー……の仲間? です。美味しいですよ」
「そうじゃなくてさ……。あーもう、僕のこと知らないの?」
「すみません、田舎から出てきたばかりなので……。あ、申し遅れました、フィリス・ストラトスです」
「ストラトス領……ってあの辺境の陸の孤島か。まあ、そうしたら知らないこともあるか……。とにかく、あんまり僕に近づかない方がいい。きっと後悔することになるから」
面倒そうに言うレヴァン。
これは……相当思春期を拗らせているに違いない。
きっと、周りからも避けられているのだ。
私だけでも優しくしてあげよう。
「また来ますね?」
「なんでだよ」
そうして私たちは――半ば強引に――友人となった。
話してみると、レヴァンは意外にも聞き上手でいい人だった。
彼といると、不思議と感情を吐き出しやすいのだ。そういうと、レヴァンはまた微妙な顔をしたけれど、
気がつけば、彼は本当に気の置けない、大事な友人となっていた。
◆◆◆
「殿下は目新しい綺麗な子に夢中なんだろうね。ほら、高位貴族の令嬢は大体顔馴染みだった訳だからさ」
「確かに私は可愛いですよ? でも、私の可愛さは殿下の気分転換に使われるためにある訳じゃないんです!」
レヴァンの言う通り、自分が綺麗な方だと言う自覚はある。
神秘的な色合いの翡翠の瞳は我ながら気に入ってるが、生まれつき美しいだけでは美を保つことはできない。
さらさらの白金の髪は入念に手入れしてあるし、肌を綺麗に保つために早寝を心掛けている。
最近王都の食べ物が美味しくて少し肥えた気もするが、まあそれはそれだ。
元々がかなり痩せていたので、これくらいでも健康的で可愛いだろう。
美を保つための努力は、私が私をより好きでいるためにやっていることだ。
エリアス殿下が私の内面に興味を示したことは余りないし、ただ見目の良い女を手元に置きたいだけなのだろう。
しばらく恋人として振る舞えば満足するのかも知れない。
でも、そうすると本格的にオフェリア様に目をつけられそうだし、何より自分の価値を下げるようで嫌だった。
「フィリス、こんなところに居たのか!」
レヴァンではない声が厩舎の入り口から聞こえ、私は身を強張らせた。
輝くような金髪の、どこか大型犬のような雰囲気のある王子様。
「エリアス殿下……」
「フィリスは馬が好きなんだな、今度一緒に乗馬をしよう。私が良い馬を用意するから――」
その時、レヴァンが私を庇うように前に出た。
不思議と、その夕暮れの瞳の赤く輝いているような気がする。
「……殿下、ちょっと強引なんじゃないですか」
レヴァンを見たエリアス殿下は、驚愕と、何故か恐れの入り混じった表情をした。
「お前は……ハイレインの……。気味が悪い」
殿下らしくない罵りに自身も驚いたらしく、そこまで言ってエリアス殿下は口元を押さえた。
それを見たレヴァンが、僅かに嘲るような表情を浮かべる。
「言いたくないことを言わないで済むうちに、立ち去った方が良いですよ。……誰が見てるか分からない」
レヴァンが言い終わる前に、エリアス殿下が踵を返し、早足で去っていった。
そして、少し気まずそうに私の方に振り向く。
「……フィリスにも、僕の異能をちゃんと説明しとかないといけないね。僕は――」
「いや、待ってください。そんなに言いづらそうなら言わなくても大丈夫です」
そういうと、レヴァンは意外そうな、でも少し安心した表情を浮かべた。
気遣ったとかではなく、ただそこまで興味が無いだけなのだが。
「だって、どんな異能を持ってようが、レヴァンが私の友人であることに変わりはありませんからね」
◆◆◆
そうして暫くを過ごし、エリアス殿下とオフェリア様を含む三年生の卒業パーティーが近づいてきた。
パーティー……素敵な響き。
きっとキラキラしてて、美味しいものがいっぱい食べられるに違いない。
下級生は一人でも参加できるので、別にパートナーを見つけて無理に踊る必要もない。
何より、終わればもうあの二人から逃げ回る必要もなくなるのだ。楽しみすぎる。
思いの丈をいつもどおりレヴァンにぶつけようとして、私は立ち止まった。
厩舎の前で、誰か話している。
あれは……レヴァンと、オフェリア様?
あの二人が話しているなんて、珍しい。というか、レヴァンが他人と話しているのが珍しい。
何を話しているのかはわからないし、その表情もよく見えない。
ただ……なんとなく、モヤモヤしている自分に気付いた。
なんで私は、こんな気持ちになっているんだろう?
オフェリア様が立ち去るまで、私は息を潜めていた。
「……またなんか嫌なことあったの?」
訝しげにレヴァンは私に問いかけた。
話し始めるのをまたずにレヴァンから聞いていくるなんて、私は今相当酷い顔をしているのかもしれない。
「嫌なこと……。そう、なのかも……?」
自分でも正直よくわからないが、多分嫌なのだろう。
「ねえ、さっき、オフェリア様と何を話してたんですか?」
「ああ……見てたんだ。別に、大したことは話してないよ。フィリスの気にするようなことじゃない」
そう隠されると逆に気になる。
「……元々、知り合いなんですか?」
「知り合い、といえば知り合いかな。……まあ、家の繋がりでね。ハイレイン家は結構宮廷で特殊な役割を担うことが多いから、高位の貴族とは顔見知りなんだ。本当はあんまり関わりたくないんだけど」
「そうですか……」
モヤモヤは収まらない。
昔からの顔見知り、ということは、私よりずっと付き合いが長くて、ずっと親しい、ということではないのか。
思いはそのまま、声に出てしまった。
「オフェリア様と仲良くしているのを見てから……なんだか、ずっとモヤモヤしてるんです」
言ってしまって、恥ずかしくなった。
これではまるで、私が、レヴァンのことが好き、みたいじゃないか。
レヴァンは少し驚いたような表情で私を見つめている。
「あっ、違う、違わないけどっ、あー!」
いたたまれなくなって、私は思わずその場から逃げ出した。
「ちょっと、フィリス!?」
少し焦ったようなレヴァンの声が背後から投げかけられるが、聞こえないフリをして走り続けた。
そうして一旦自室に帰ろうとして、廊下で今一番会いたくない人に会ってしまった。
「あら、フィリス様」
オフェリア様は、気品のある優雅な笑みを浮かべた。
その目が笑って無いのが、少し怖い。
「先ほど、丁度ハイレインの……レヴァン様とお話ししましたの。……フィリス様、無闇にその異能で味方を増やすのは止めたほうがよろしいわ。そんなことをしても、寂しいだけですよ」
「……私は、誰にも異能を使ってません」
聞こえなかったのか、聞こえないフリをすることにしたのか、オフェリア様は何も言わずに、静かに挨拶するとその場を去った。
私は、少しでも動くと目から涙が溢れてしまいそうで、その場から動けなかった。
悔しい、悔しい悔しい。
「どうした、フィリス!?」
弾かれるように顔を上げると、そこに居たのはエリアス殿下。
心配するようにこちらの様子を窺っている。
顔を上げた拍子に堪えていた涙が溢れてしまって、慌てて拭った。
「オフェリアに、何かされたのか?」
そうとも、違うとも言える。
彼女は何もしていない。ただ、身の程知らずな私に、貴族としての振る舞いを説いているだけだ。
「オフェリア様は、悪く、なくて……」
「……最近、フィリスがオフェリアに付き纏われて、嫌味を言われているところを見た、という声がいくつか上がっている」
嫌味……は言われたかもしれないが、付き纏われてはいない。
それに別に、オフェリア様に悪意がある訳ではないのだ。
発言内容だけ見れば、私のためを思っている、とさえ言える。
もっとも、辺境の子爵令嬢なんかに興味はないだろうけど。
「殿下、本当に、違うんです。オフェリアさまは、私のために……」
「いい! 無理に庇うな!」
そう言ってエリアス殿下はそっとハンカチを差し出して私の溢れる涙を拭った。
「オフェリアに、かならず報いを受けさせるからな」
「殿下! やめてください!」
「わかった、わかったから」
エリアス殿下はにっこり笑って私の頭を撫でた。
それから、いくら違うと言っても、彼はわかったと言って頷くばかり。
果たして、本当に、わかってくれたのだろうか?
その日から、エリアス殿下とも、オフェリアさまとも……レヴァンとも顔を合わせることなく、卒業パーティーの日を迎えた。
私の方に何も連絡が無いだけで、エリアス殿下は何かオフェリア様に小言を言って済ませたのかもしれない、と思うようになっていた。
二人は婚約者なのだし……きっと私にはわからない絆がある筈だ。
このパーティーが終わったら、変な態度を取って一方的に避けたことを、レヴァンに謝りに行こう。
そう思っていたのに……。
◆◆◆
「何を失礼な! 私は《魅了》などされていない! 第一、そう言った精神攻撃は魔道具で防いでいる!」
エリアス殿下が怒りをあらわにした。
「でも、実際にフィリス様の異能は《魅了》ですわ。突然今まで会ったこともない子爵令嬢に夢中になるなんて、おかしいと思いましたの」
淡々とオフェリア様が言葉を紡ぐ。
エリアス殿下は、少し不安になったのか、私の方に向き直った。
「そうなのか、フィリス。君の異能は、《魅了》なのか?」
「確かに、私は《魅了》の異能を持っています、ですが……」
その言葉と同時に、私は騎士たちに取り押さえられた。
だから、人の言葉は最後まで聞きなさいよ!
「全員それ以上動かないで!」
突如、響いた声に、その場の混沌は一瞬落ち着く。
人混みを縫うようにして現れたのは、
「レヴァン……?」
レヴァンは私を見て、安心させるように少し微笑んだ。
光の加減だろうか、瞳が赤く輝いているように見える。
「オフェリア様、この場は約束通り《真実》のハイレインである僕が預からせてもらいます。いいですね?」
「てっきり、その子を庇ってここには来ないと思っていましたけど……。ええ、構いませんわ」
レヴァンは軽い足取りで私へと歩み寄ると、周りに聞かせるように少し大きな声で言った。
「ご存知の方も多いと思いますけど、僕はハイレイン伯爵家のレヴァン。《真実》の異能は、目を見た相手に嘘を許さない能力。……未熟でまともに制御できないから普段は人を避けていたけど、今は好都合だ。僕が《魅了》にかかっていようが、この異能を抑えることはできないから」
そうしてレヴァンは私の目を見た。
きらきらと、紅く輝く夕暮れの瞳。
「フィリス。今なら全部聞いてもらえる。言いたいことを、全部言うといい」
その言葉を聞いて、私はすぅ、と息を吸い込んだ。
今まで、最後まで言わせてもらえなかった鬱憤を晴らすのだ。
「私の異能は!《小動物限定魅了》なんですぅ! 小さい動物にしか効かないの! 馬とかでも言うこと聞いてもらえないのー!」
つまり、《魅了》が効いたというならば、エリアス殿下は、何とは言わないが小動物並みということになる。
いくらなんでもそんなことはないだろう。多分。
「それに、私はエリアス殿下のこと好きじゃないです! 照れてないです! 勘違いなのでやめてください! 私が好きなのは、レヴァンだけなのに!」
「えっ」
しまった、言わなくていいことまで言ってしまった。
レヴァンの目を見ながら言ってるので、これではただの公開告白だ。
うぅ、目を逸らしたいけど出来ないのが辛い!顔が熱い!
恥ずかしいのはレヴァンも同じようで、よく見ると耳が赤くなっていた。
「も、もういいですか!? 疑い晴れましたよね!? じゃあ私はこれで失礼しますね!」
強めに拘束を解けば、あっさりと解放された。
隣を見れば、エリアス殿下が呆然とこちらを見ている。
言葉が出てこないようで、パクパクと魚のように口を動かしていた。
ちょっと可哀想ではあるが、まあ知ったことではない。
オフェリア様も、なんとも言えない、わずかに悔しそうな表情を浮かべていた。
まあ、婚約者がただ他の女を好きになっていただけ、というのが公衆の面前でハッキリしたのだ。
多少の悔しさはあるだろう。
二人とも、私のことは忘れて仲良く国を治めて欲しい。
「行きますよ!」
私はレヴァンの手を取って会場の出口へと走り抜けた。
レヴァンは何も言わずについてきて、でもその手の熱さで、彼の感情もなんとなく伝わってくる。
そして私たちは、気がつけば、いつもの厩舎の前の森まで来ていた。
「……エ、エリアス殿下たち、どうなるんでしょうか!?」
本題を切り出すのが怖くて、口から出たのは、どうでもいい話題。
「正式に婚約破棄した訳じゃなく、殿下が暴走しただけだから……。何事もなかったかのように、卒業したら結婚すると思うよ。二人とも暴走しちゃったから、多少締め付けはキツくなると思うけど」
そういうものか。反省してこれからはちゃんと下々の話も聞くようになって欲しい。
「フィリス、そんな話がしたいんじゃないでしょ」
静かにそう言われ、胸が高鳴るのを感じた。
握っていた手をほどかれ、再び、今度はお互いの指が交差するように繋ぎ直される。
「……僕、実家から、卒業後は好きにしたらいいって言われてるから、君が良ければ君の領地で一緒に暮らしたいんだけど」
それは、彼なりの告白の返事で。
「わ、私でいいんですか。家柄も大したことないし、めちゃくちゃ可愛いくらいしか取り柄ないですよ」
「……そういう裏表ないところ、好きだよ。ほら、ストラトス領は人も少ないし、人嫌いの僕には丁度いい。……それに、このまま王都で暮らしてると、また殿下みたいな変なのが寄ってくるかもしれないし……」
もしかして、妬いてくれてる?
「レヴァン、私たち、同じ気持ちってことで、いいんですよね?」
「……好きじゃなかったら、フィリスのためだけにあんな大勢の前に出ていく訳ないだろ。多分、初めて会ったときから、好きだった。それなのに君は全く気づきもしないで、他の男の愚痴ばっかり言って……」
顔を見ると、レヴァンは少し照れたような顔で視線を逸らす。
あー! 嬉しい! 可愛い! 大好き!
私は溢れ出る衝動のままにレヴァンに抱きついた。
色々あったけど、やっぱり、王都に出てきて良かった。
私はレヴァンの温もりを感じながら、そう思ったのだった。