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ヘンリー・ギフトレスと沈みゆく市街  作者: 実茂 譲
ヘンリー・ギフトレスとペンドラゴンの財宝
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 フィリップ・ペンドラゴンは銃の世界の神さま(ボビー・ハケット)で、代表作はペンドラゴンM1、ペンドラゴンM2、ペンドラゴンM3、ペンドラゴンM4……ペンドラゴンM997、ペンドラゴンM998ときて、最後にペンドラゴンM999を作り、「才能が枯れた。もう終わりだ」と遺書を残して、遺作ペンドラゴンM999で拳銃自殺をしました。享年八十六歳。

 八十六歳の時点で銃のパテントを999個も持っていれば、そりゃ才能がなくなるのは普通だし死ぬことはないと思いますが、天才というのは凡人とまったく違った考え方をするものなのでしょう。

 さて、ここでペンドラゴンM999が出てくるのですが、伝説ではペンドラゴン氏は大聖堂前の広場、つまり、ボトル・シティの中心部で自分の頭を撃ったのですが、なにせ軍艦を撃つためにつくられた銃でしたから、頭がきれいさっぱりなくなりました。きれいさっぱりと言いながら、血と脳漿がべったり飛び散っていることは多々ありますが、この銃は本当にきれいさっぱり、血と脳みそは蒸発して一滴残らず消えてしまいました。そんな銃を使えば当然ですが、銃を握っていた右手が反動で手首からもげて飛び上がってしまい、音速の壁にぶつかって、ペンドラゴンM999は消えてしまったということです。

 イルミニウスはこれを伝説と呼びましたが、普通の人はこれを事件と呼びます。必要なのは語り部ではなく、警察官と鑑識官です。ともあれ、ペンドラゴンM999は失われました。世界の平和のためにはこのまま失われておくのがいい気がします。ただ、あの自警団、兄弟組織が外にいて、軍艦を持っているという噂です。イルミニウスにしてみれば、向こうから撃たれに来てくれた。ハレルヤ!というわけです。

 軍艦にコネがある十二人のおバカさんたちを射殺したのは、ペンドラゴンM999を獲得せよというストッピング・パワーのお告げではないか? 普通の人はそんなふうに考えませんが、イルミニウスは人とは違う視点を持っています。彼の閉じがちな目を覗けたら、その瞳の奥には肉体どころか墓石まで砕く銃弾の嵐が見えることでしょう。

 さっさと潜って、回収して五百ドルの報酬を受け取っておくのが吉です。ええ、そうです。イルミニウスは五百ドルくれると言っています。もし、報酬が五十万ドルだと言っていたら、わたしは受けなかったでしょう。現実のものとは思えないからです。お金というのはポケットに入るまでのものをお金と呼び、ポケットに入らないお金はお金ではなく統計資料です。

 さて、イルミニウスがくれた伝説によると、ペンドラゴンM999は『王者のあぎと』にあるそうです。そこで心当たりのある街じゅうの巨大ハタ(ゴリアテ・グルーパー)を当たってみたら、ある老人がヌシを釣り上げた!と騒いでいて、三メートルはあるハタが魚市場に水揚げされていました。人間も飲み込める大きな口にはこれまで切った釣り針が三十七個ついていました。

「歴戦の勇者だよ! こいつは三十七回、釣り人から逃げた。だが、三十八回目はなかったわけだ」

 老人は誇らしげに釣り人仲間に自慢しています。逆さに吊るされたゴリアテ・グルーパーは黒ずんだ体に大きな腹が脹らんでいて、これはハタ科魚類全部に言えることですが、巨体の割にヒレが小さく、泳ぐのは遅いです。だから、針にかかると、マグロみたいに右に左に激しく逃げず、海中で寝床にしている洞窟に逃げ帰り、そのまま糸を切ってしまうのです。ただ、まれに逃げるかわりに釣り人のほうへと走るやつもいます。そういうハタは決まって、巨大で大きな口をしていて、すごくお腹が減っていて――、

「これだけデカけりゃあ、サメだって食えたさ。ああ、食ったとも!」

 あとできいた話では胃袋から白骨死体がひとつ、釣り竿を握ったまま見つかったそうです。

 わたしが欲しいのはその口がくわえている対艦リヴォルヴァーです。これは快く譲ってもらえました。なにせ伝説クラスの魚を釣り上げたばかりなので極めて上機嫌、全宇宙をくださいと言っても快諾してくれるでしょう。

 最初は一度も海に潜ることなく手に入れたことに多少の後ろめたさはありましたが、日々真面目に暮らしているのです、たまにはこんなふうにいい目を見てもいいでしょう。

 いやあ、快調です。これだけで五百ドル。難所を抜けました。今回のサルベージで注意するべきは機密保持です。簡単に言えば、わたしの居候たちにこのことを知られないようにしなければいけません。お金のことを言っているのではありません。居候たちで五百ドルにそこまで興味を持つ人はいないでしょう。問題は結果ではなく、過程です。全てが知られれば、このサルベージの途中で、『いつもお世話になっているからお返しに』と称して、ロレンゾのナイフがチンピラの急所に滑り込み、ジッキンゲン卿が突撃し、カムイが道路をひっくり返し、タチアナ女史が警官隊をむこうにまわして宣戦布告演説をすることでしょう。どえらいことになります。そして、どえらいことというものは、たいていの場合、わたしに会話を強制します。どういうことだ、どういう意味だ、どう落とし前をつけるつもりだ。ああ、恐ろしい。

 エレンハイム嬢ですが、彼女はまあ、手伝うから五百ドルを山分けしようと言ってくるかもしれません。それはかまいません。問題は彼女の兄のフィリックスが手伝うと言ってきた場合です。彼は善意から援助を申し出てくれるでしょうが、兄が絡んだら何をしでかすか分からないのがエレンハイム嬢という女性です。そのことはブラックプリンスの一件で明らかです。それにここ最近、最後にした会話がエレンハイム嬢をかばうためにした、蟹に食べられたほうがマシなあの嘘です。確かにあの後、話しかけられませんでしたが、居候たちの好奇の視線はチクチクきました。

 しかし、ジーノと比べれば、彼らなどどうってことはありません。ジーノのことだから、伝説の対艦リヴォルヴァーときいたら、それで警察署を撃ちに行くに決まっています。そもそも、お宝を見つける過程で何人が凶弾に倒れるか分かりません。最近、ジーノは二丁拳銃を発展させた二丁機関銃にご執心です。数日前、五十発入り円盤型弾倉をつけた機関銃を二丁、左右の手に持って、合計百発をぶっ放せば、人間なんか射的遊技場のアヒルの的みたいにバカスカ倒れる!とわたしとタチアナ女史相手に熱心に言ったことがあります。タチアナ女史は精肉市場の労働者たちへの演説文を書くのに忙しく、結局、わたしひとりがジーノの言う『この腐った世のなかを素晴らしいものにする最も簡単な方法』をきかされました。発煙手榴弾を窓から放り込み、咳をして涙を流しながら外に出てきたごく潰しどもを()()二丁機関銃で細切れにすると言いました。()()、というのはつまり、説明しながら、既に二丁の機関銃を両手に持った状態でジーノはわたしたちに説明したのです。説明に熱が入って、つい人差し指が変なふうに動いたら、わたしは細切れです。ジーノは『この腐った世のなかを素晴らしいものにする最も簡単な方法』を『ブッチャー・タクティクス』と名づけました。

 五百ドルの報酬を受け取ると、設備投資として、厚さ二分の一、保温効果二倍のウェットスーツを購入しました。以前から欲しいと思っていたものです。ウェットスーツというものは外目には体にぴたりとしていて、動きやすそうに思えるかもしれませんが、これが保温のために微妙に厚さがあって、少々動きづらいところがありました。この新しいウェットスーツは水没前に海軍の研究所が開発したものだそうで、爆弾を持った潜水士で軍艦を吹き飛ばすための研究で作られたものだとか。

 なかなか良い感じで、これを人に見せびらかしたくなりました。缶詰を買いにエディ・カールソンの店に行くのに、ボートではなく、シュノーケリングで行き、銀行で賞金を受け取った帰りのエレンハイム嬢に見せつけ、心も体も軽々してきたところで、家に帰ると、タチアナ女史が大きな紙に潜水艦の絵を描き、どんな潜水艦にしたほうがいいか、ジーノとカムイに意見を求めているところでした。

 タチアナ女史が言うには、例の〈印刷機〉、あの火力を生かせずにいるのはもったいないということで、あれを主砲として搭載できる少人数乗りの潜水艦を作ろうとしているそうです。そんなものをつくるお金はあるのだろうかと思っていましたが、革命資金という謎めいたお金を使うとのこと。後できいたのですが、このお金の出所は誘拐した富豪の身代金や銀行強盗で奪ったお金とのことでした。水没し、野菜が不足し、人びとのムードも世界滅亡まであと一日みたいなものになっていますが、それでもお金がまだ力を持ち、神として君臨しているあたり、人間の考えたシステム〈資本主義〉は外来種の雑草のように容易に取り除けないようです。

 タチアナ女史から意見を求められたカムイが言います。

「潜水艦って強いのか!?」

「もちろんだ、同志。サメにかじられて穴が開くようでは困る」

「サメにかじられても穴が開かないのか!? じゃあさ、じゃあさ! おれがかじっても穴が開かないのかなあ!? うーっ、かじってみたいなあ!」

 もし、他の人類がカムイと同じくらい歯が丈夫だったら、歯医者は根こそぎ廃業です。

「武器はどのくらい積むんだ?」

「まず、同志カムイが使っている山砲を積む」

 使う、というのは抱きかかえて撃つということです。大砲を。

「おおっ! あれ、すっげえじゃじゃ馬! 潜水艦ってすげえ強いんだな! かじってみたいぞ!」

「分かった、分かった」と、ジーノ。「それでよ、革命ねーちゃん。副砲は?」

「副砲?」

「もし、化け物が後ろから来たら、あんたの潜水艦、そのままやられちゃうぜ。こいつに必要なのはな――」

 と、ジーノは設計図に何かを書きたします。一の線です。

「できた。これだ。機関銃座だ」

「ふむ。確かにその通りだ。銃座があれば、浮上からの銃撃もできるし、敵飛行機への銃撃も簡単だ」

「敵? 敵がいるのか!? おれ、戦いたい!」

 ウツボ男、粒々お肉、カール・ウェストブルック、ボトル・シティ警察、エトセトラエトセトラ。

 このごろはわたしのまわりにも敵と呼べるだけの脅威が増えました。以前なら幻惑アンコウにさえ気をつけていればよかったのに。

「む? おお、同志ギフトレスではないか。ちょうどいい。きみの意見もききたい」

「タチアナ、タチアナ! ヘンリーさんはしゃべらないんだ!」

「そうだったな。失敬、失念していた」

 いいんですよ。思い出していただければ。

「では、同志ギフトレス。きみの意見をきこう」

 アタマ大丈夫ですか? さっきカムイが言った通り、わたしは話したくないのです。

「ヘンリーは話さないって」

「いや、同志ジーノ、彼は危急においては口をきくことができる。それはエレンハイム嬢とのダンスで証明済みだ」

 ああ、やっぱりバレていたんですね。ジーノとカムイは『?』な顔をしていますが。

 正しくはないのですが、水深百万フィート譲って、タチアナ女史の言ったことが正しいとしましょう。危急のとき、わたしは口をきく。だとすると、わたしはしゃべらないことになります。なぜなら、今は危急でもなんでもないからです。

「世界が水没した現在、強力な潜水兵力を持てるかどうかが重要なのだ。革命水中戦車軍団。革命潜水兵旅団。そして、革命潜水艦隊。まさにその口火を切るのが、この潜水艦〈ヴ・ナロードナ〉。革命の成否はこの一艦にかかっている」

 そんな言い方をしたら、何だって革命の成否がかかっていることになってしまいます。革命的おやつ、革命的司法の抜け穴、革命的古雑誌ビジネス。

 わたしはマスクで隠れた口の前に人差し指を使って×を作りました。

「×? ……あっ! そうか、そうだった! さすがだ、同志ギフトレス! きみの意見は革命成就のため、ありがたく使わせてもらうぞ!」

 よく分かりませんが、しゃべらないで済むならばそれでいいです。

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