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ヘンリー・ギフトレスと沈みゆく市街  作者: 実茂 譲
ヘンリー・ギフトレスとペンドラゴンの財宝
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 呼吸マスクを外して、常用マスクに付け替えると、ミカ嬢はわたしのことをマスク中毒と呼びました。

「だって、マスクがないとゴキゲンになれないもんねー」

「……」

「れれ?」

 わたしは機械のそばにあった勤務番表にチョークで書きました――『水から出たら、しゃべりません』

「じゃあ、顔を水に突っ込んだら、しゃべる?」

 と、小首をかしげるので、

『エレンハイム嬢も以前、同じことをしました』

「そうかー」

 さて、これからてっぺんの見えない機械塔を上らないといけません。一応階段が螺旋状にこの鉄の塔に巻きついているので、それをしばらく上るのでしょう。エアタンク二本とウェイトは外して置いていくことにしました。さすがに体力的に無理です。さて、階段をえっちらおっちら上っていきます。遠くから見たときは無駄のない機械配置をした工場施設にように見えていたペンドラゴンM1000ですが、近くで見てみると、なんというか雑なところが目立ってきました。ぐにゃぐにゃに曲がった蒸気パイプや受け皿がないので、どんどん落ちていく小型拳銃たち。この塔は緻密な図面で書き上げたというよりは、ひとりの人間の頭脳からいっせいに具現化して流れ出して山になった猥雑さを感じます。また、ある踊り場のそばでは金属の削り屑が滝のように流れ落ちていました。その削り屑は漏斗のようなもので一か所に集められ、炉に注ぎ込まれます。そして、ドロドロになった真っ赤な金属が石灰ポンプによって吸い上げられ、成型機に流されて、弾丸になるのですが、これが超強度グラインダーの上に落とされて、金属の削り屑となって滝のように流れていくのです。

「うわー、地獄だー、刑罰だー」

 死を恐れないミカ嬢ですが、無価値でやりがいのない、単調な繰り返しは嫌なようです。

 しかし、なんとも言えない気持ちになります。

 わたしの仕事は優れた道具によって支えられています。わたしの商売道具には水を潜って、また生きて陸に帰るための最高の技術とアイディアが詰め込まれているのです。それと比べると、このペンドラゴンM1000はどうでしょうか? 誰かの役に立つ見込みもなく、銃や弾を作ってはまた溶かして、作って溶かすの繰り返しです。ミカ嬢の言う通り、これは刑罰です。ひとりの孤独な老人が延々と操作盤の前に座って、銃の破壊と製造を繰り返している……。

「わたしは脳みそだと思うよ? ぷかぷかー」

 塔を登り切り、銃の世界のボビー・ハケットに対面です。

 長い紙があります。パンチで小さな穴を開けた紙です。それを読み取り機が吸い込んで、穴の位置と数によって命令を読み込んで、機械を動かす……紙は始めと終わりはテープでつながっているので、機械は永遠に動き続けるというわけです。孤独な老人よりも水槽に浮いた脳みそよりも味気ない、それがペンドラゴンM1000なのです。

「……」

 参りましたね。イルミニウスになんて説明しましょう? とりあえずこの紙を集めていけばいいでしょうか?

 パチパチパチ。

 ミカ嬢が拍手しています。

「してないよ?」

 え? じゃあ、誰が――

「いやあ、よくここまで道を作ってくれたね」

 背後にはアイアトン氏がいます。

「あなたのお友だちが機関銃を乱射して冷却水パイプの水位が半分に下がったので、僕もここに来ることができたよ」

 自信たっぷりな物言いと利用価値がなくなったバカを見る目。あー、もう、これは、あれです。カール・ウェストブルックです。初めて会ったときから、そんなんじゃないかなって気がしてたんです。

「あはは。冗談だよ。ちょっとやってみたかったんだ。黒幕ごっこ」

 いまさら、そんなこと言っても信じませんよ。

「そーだ。我々は信じないぞー」ミカ嬢もおそらくタチアナ女史仕込みのシュプレヒコールで対抗します。

「そうは言っても、どのみち、きみたちは僕を撃ち殺すことができない。だったら、いいほうを信じたほうがいいと思うよ。それに、まあ、きみたちに隠し事をしていたことは事実なんだしね」

 隠し事? 実は僕はペンドラゴン氏の孫で、そして真のペンドラゴンM1000なんだとかですか?

「実は僕はフィリップ・ペンドラゴンの孫で、そして、本当のペンドラゴンM1000なんだ」

 見事当たりました。こんなことで運を使ってしまって、いざというとき困らないか不安になります。運も実力のうち、という言葉は不運に泣かされた人間には刺さる言葉です。

 アイアトン氏は紙テープを吸い込み続ける、掃除機モドキの機械に小さな金色の鍵を差しました。底にはパンチでいくつかの穴のあいたプラスチックカードがありました。アイアトン氏がジャケットを脱ぎ、ネクタイを解き、シャツのボタンを外して、胸の前を開けると、左の上から三番目と四番目の肋骨のあいだにある、アルミで縁取ったスリットにカードを差し込みました。すると、胸が灯台の光源みたいに眩く光り出しました。アイアトン氏は両の手を輝く己が胸のなかに突っ込んで、そして、真のペンドラゴンM1000をマン・ガン化した体から引き出しました。

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