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 彼が小学五年生の、ある夏の日。

「兄ちゃんただいまー!」

 元気よく帰ってきた妹に「おかえり」を言うより前、兄は見慣れた顔が妹のランドセルを持たされてるのに苦笑した。

「まーたリフティング対決負けたのか。お前弱すぎだろ、冬也とうや

「ハンデのせいっすよ。ハンデ」

 少年だった。

 すっかりお馴染みとなった、サッカークラブの一つ下の後輩、兼妹の遊び相手。

「まあ、女の子とはいえ、さすがに負け越しやばくね」

「だってなっちゃんのやつ、邪魔してくるんすよ。動画撮ったりして」

「ほほう。言い訳どうも、"とーやくん"」

 ――新緑の色もすっかり濃くなり、葉月の匂いは暦より早く漂う、夏休みまで三日目前の日。

 少年は、チームメイトの兄の妹であるこの"女の子"と仲良くなってからというもの、今日も今日とてやたらと振り回され続けている。

 やれ一緒に競走しよう、やれ私とリフティング対決しよう、やれ負けたらゲームの対戦付き合ってね、などとことごとく戦いを仕掛けてきて、あの手この手で勝利しては遊び相手にさせる。

 正直、そこまでしてくるこの女の子には、敵わない。

「兄ちゃんの部屋クーラー効いてるよね? 涼みたいから貸して。もう暑くて溶けそう~。ついでにゲームも貸して~」

「まーた二人でウイイレやんのか。いい加減オレも混ぜろ」

「えー、兄ちゃんザコいんだもん。私の方が万倍うまいよ」

「ビキッた」

 そんな女の子、少年を連れて部屋に入ろうとするも、いきなり兄から髪の毛わしゃわしゃの刑を喰らわせられる。母親からこっぴどく髪の毛は女の命云々言われて、手入れをしっかりやらされているのに、最悪の仕打ちである。当然怒る。

「なにしてんだし!」

「積年の恨みだ。大人しくしやがれなつこ」

「なつ"き"だから! あーやだー! 助けてとーやくん!」

 話題を振られたので、とりあえず戦況を見守ってた少年は、兄妹の戯れに加わってみる事にした。

「とーやくんまでやんのかよー!! 裏切り者め!」

「なつき嬉しそうだな」

「嬉しくない!!! あー汗が飛び散るー! やめてよー!!!」

 男どもの攻撃に涙目になりながら、女の子がなんとか兄の手から脱出する。まさか少年も兄の味方だとは思わなかった。女の子はわーわー言って自分の部屋に戻る。どうやら髪の毛を整えている様子。すぐに鏡に映った自分の姿に嘆く声が聞こえた。

「冬也さ。今夜行くのか?」

 うるさい文句をドア越しに聞きつつ、少年は首を傾げた。

「なににっすか」

「勘付いてるくせによ。夏祭り、今日からだろ」

「あーせなる」

 わざとらしく視線を逸らす。今夜、七月十九日はここらで一番早く行われる祭り、"久芽の夜祭り"がある。久芽、というのは隣町の小さな神社で、そこでは毎年屋台や催し物がしっぽりと開かれ、多くの子供たちが訪れるのだ。今年も行けばきっと学校の友達に会うだろう。おそらく、女の子の方の友達とも。少年の記憶も蘇るあの賑やかな光景――あの時は友達と都合つかなくて親と一緒に行ったけな、と。

「なつきのやつ、この後予定無さそうだったぜ」

 急に肩を叩かれ、驚く少年。

「なんで俺に言うんですか」

「誘ってやれよ。あの女、浴衣まで買って誰かさんと行くの期待してたぞ。良かったな」

「……誰かさんとは」

「おいなつきー! にぶちんが出たぞ!」

 バタンっ、とドアが開かれ「ちょっと、余計なのやめてよー!」と再びの兄妹戦争が起こる。どうやら妹の想い人は兄にバレているらしい。というか、大抵の人間はあっさり気付くだろう。こんなにも分かりやすい反応をすると、見ている側の人間は、むず痒い気持ちになる。

 こっそり妹に耳打ちする兄。

「おめーもさっさと誘ってくれって言えばいいのに」

「な、なんの話だしっ」

「命短し、恋せよ妹」

 顔を赤くする妹をあしらった兄は、意味深な笑みを少年に向けて自室のドアを開けた。

「ふむ、ウイイレはまた今度でいいから、宜しくやってくれ。オレ、リビングで宿題してるって事にして、出掛けてやるから」

 意地悪なその笑みを、浮かべたまま――

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