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――あれは、春という鮮やかな光。


 ◆


 彼が小学六年の、ある秋の日。

 少年は絵が苦手であった。

 物体を正面から描こうとするから、どうしても奥行きまで気が回らず、へばりつくような絵になる。直そうにも、どこに手をつけていいか分からない。

 そのため彼の画用紙には沢山の線が飛び交っている。輪郭はもう真っ黒で、紙は軽く裏面まで浮いていた。

 鉛筆の先はすっかり、丸くなっている。

「あれ、もう描き終わったの」

 だから当然、まだ色も塗っていないし、新しいパレットも開いていない。下書きだけでもう四時間目が終わる頃合いで、思考は既に今日の給食になっていた。

「まぁ」

「見せて」

「…………」

 だからそれまで、席が隣でも大して話して来なかった"彼女"にそんな事を言ったのも、彼としては特に意味は無かった。集中力が底をついて適当に口が回っただけの、気まぐれに近いものだった。

「はい」

「おー」

 無愛想に差し出された画用紙に「やっぱうめー」と感心する。さすがの絵心。繊細なタッチはもはや才能の世界だとさえ思う。対して、それをつまんなさそうに眺める彼女は机へ頬杖をついている。

「どうも」

「漫画家になれるよ」

「ならないよ」

「なあ」

「ん」

「絵交換しよ」

「や」

 それだけ言うと、彼女は自分の画用紙を裏返してそのまま窓の外の方に視線を移す。うすら雲りの下の校庭に並ぶ、紅葉を迎える筈だった葉の無い木々たち。それは彼女の描いた画用紙の中とはあまりに違う。画用紙の中はもっと空が綺麗で、もっと木々は豊かで、長月の色は鮮やかであった。

 こんなに、これほどに、枯れていなかった。

「あのさ」

 彼女が外を向いたまま言う。隣の彼は、ようやくパレットを開いたみたいだった。

「どうした」

「前も同じ事言われた気がするよ」

「なにが」

「絵、交換しようって」

「だれに」

 彼女の人差し指が、彼に向く。

「そうだっけ」

「覚えてないの」

「いつの話」

「結構前」

「そりゃ分からん」

「悲しいよ」

 再び沈黙が訪れるよりも前、見計らってたかのように授業終了のチャイムが鳴り、四時間目が終わった。日直の生徒が起立を言い皆して席を立つ音が一切に教室に鳴る。廊下では体育が終わった他のクラスの生徒たちが大きな声で喋っている。礼の号令が聞こえて、それを掻き消すありがとうございましたの合唱が被さる。

「絵、進んでないね」

 給食にざわめき出した空気に、彼女はいつもの平坦な口調で言った。

「来週まであるし、大丈夫っしょ」

「言っとくけど、手伝わないよ」

「お前、そんな事わざわざ言うとか、俺の事嫌いなの」

「どうだろう」

「五限の宿題プリント、見せてやるから」

「プリントどこだっけなぁ。無くしたかも」

「あのさ」

「ん」

「昨日も同じ事言ってた気がする」

「そうだっけ。忘れたよ」

 ふと、席を立つ彼女。同級生ともつるまず、一人、廊下へと出て行ってしまう彼女。

 その姿は、寂しいというより、遠かった。

 席は隣の筈なのに、とても遠い場所にいる、背中だった。

 ――そんな彼女は、今日も今日とて交わらない。本当は同じのその場所を、少しズレたままにして、誤魔化して。

 秋と冬との間はもう、曖昧な季節の筈なのに。

 彼女の名前は白元あきあ。彼と同じ苗字の、"叶わない"彼女だ。


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