失言
興奮し出したソルトが水晶の上を飛ぶ。雰囲気に流されて驚いたが、鉄次郎には【吸収】がなんなのかさっぱり分からなかった。
「申し訳ありません。異能力に関する知識が無いのですが、【吸収】とはどんな能力なのでしょうか」
「そうでした! 私としたことが失礼致しました」
ぱたぱたと地面に下り、ソルトがぺこりと頭を下げる。そして壁に設置されているボードにペンですらすら絵を描き出した。真ん中に人型、周りに描かれたのは草花だろうか。そこから人型に向けて矢印が書かれていく。
「この人が鉄次郎さんだと思ってください。鉄次郎さんが異能力を発揮させると、周りのありとあらゆるものから少しずつ力を吸収していきます。そしてそれを自分自身の力として使用することが出来る、これが【吸収】です」
「なるほど。便利ですね」
これなら自身の力が足りない時でも、周りの力を借りて対応することが出来る。何でもいいと思っていたが、これはかなり使える能力ではなかろうか。シルアが隣で拍手をした。
「すごいです鉄さん!」
「ありがとう。偶然この異能力が付与されただけだから、私が褒められるのもなんだか変な気分だが」
「いえ、異能力はその人自身の潜在的な力に対応して表面化するのです。ですから、元から才能があったということです。しかも!」
「しかも……?」
「【吸収】はどんな状況でも使うことが出来る、伝説的な異能力です! 私も初めて鑑定しました! 鉄次郎さんは救世主となる方かもしれません!」
──うわぁあぁ、違う意味で困ったことになってしまった!
何かの異能力がないとがっかりさせてしまうと思っていたが、ここまでの特殊能力は求めていなかった。鉄次郎が望むスローライフとは逆に行っている気がする。
救世主とはなんだ。この国の兵力が弱まっていることは聞いたが、戦争中でもなさそうだし、魔王はとっくの昔に封印されている。何故ここまで求められているのか理解出来ない。
ずっと拍手をし続けているシリアにも話しかけづらい。しかも涙ぐんでいる。話しかけづらい。
「いやぁ、鑑定士歴五十年。良いものを見させて頂きました。冥途の土産になります」
「いえ! まだまだ現役で頑張って頂きたいです!」
もう思い残すことはないみたいに言われると怖くなる。彼には是非とも長生きしてほしい。
「大丈夫。妖精族は二百年は生きるから」
「そうか……」
シルアのフォローに心からほっとした。
「むしろ、私がそろそろ寿命を迎えそうだ。寿命というか病気というか」
「そうなの!?」
「なんですと!?」
二人に詰め寄られ、鉄次郎は両手を振った。
「いや、すぐ死ぬとかはないから。ちょっと肝臓を壊していて、医者からは長くないと言われているだけで」
「十分問題じゃないですか!」
「いつからこんなことに……そうです、お医者様に診て頂きましょう」
「そうだそうだ!」
「病院には定期的に行ってますし」
と言いつつ、異世界に来たとなると、かかりつけの病院は作っておいた方がいいかもしれない。もうすぐ妻の元へ旅立つという覚悟は出来ているものの、今すぐ死にたいわけではない。
「ね、行きましょ? 知り合った早々お見送りすることになったら泣いちゃいます」
「ううん……分かった。行きます」
「よし!」
孫みたいな子から頼まれたら断るなんて無理。鉄次郎の受診が決定した。ソルトもうんうん頷いている。とりあえず丸く収まりそうだ。
「と、いうわけでもないのか」
異能力が判明し、病院行きも決定したが、受信結果が出るまでは安心出来ないことに気が付いた。しかし、どのような結果になるのかはある程度想像がつく。あとは、以前より悪くなっているかどうかだ。なんとなく腹を擦ってみる。
教会から城までは近く、あっという間に帰ってきた。
「そういえば、病院はどこにあるのかな?」
「王族付きの医師団がいるの。部屋で診てもらえるよう言っておきますね」
「おお、ありがとう」
門番に挨拶をしながら王宮に入る。皇帝と皇后が立っていた。ひっくり返るかと思った。
「鉄次郎さん、そろそろ帰宅するかと思い待ってました」
「お出迎え頂き恐縮です。ただいま戻りました」
「おかえりなさい。で、結果を聞いてもいいですか」
やはり結果が知りたくて待っていたか。公務など放っておいて大丈夫なのだろうか。後ろの方で皇帝に付いていた男性がそわそわしている。多分大丈夫ではない。
「はい。異能力は【吸収】でした」
「やはり異能力を持っていましたか! 素晴らしい! 救世主!」
「おめでとう御座います。鉄次郎さん!」
皇帝と皇后が手を叩くものだから、釣られて周りの人間たちも拍手をし出した。鉄次郎はぺこぺこ全員に照れながらお辞儀をする。とんだ羞恥プレイだ。
「ん? 待ってください。今、【吸収】とおっしゃいましたね?」
「はい」
「サロ! 図書館に行くぞ」
「承知致しました」
急にフォルドが真面目な顔をして、後ろの男─サロ─に指示をした。何の事だか分からず付いていく。




