毎年彼女がいない俺のクリスマスの予定聞いては「ウケるw」と煽ってくるだけの幼馴染に、今年は「彼女と過ごす」と嘘をついた結果、なんだか様子がおかしいです。
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クリスマス。
12月24日に行われる、意訳すればカップルがイチャイチャするイベントだ。
いや、直訳でもこうなるかもしれん。
どちらにせよカップルがいちゃつくことには変わりない。
そんなクリスマスが、俺は嫌いだ。
なぜなら恋人がいないからだ。
俺がカップルと呼ばれることはない。
そのため、俺にこのイベントに参加する権利はないのだ。
権利がない者はどうするのかというと、家でゲームだとか、はたまた友達と過ごすだとか。
まぁ悲しさを紛らわすことをするんですわ。
でも、俺みたいな友達いないぼっちは家族と過ごすことを強要される。
母親が張り切って買ってきたホールケーキの一欠片を涙流しながら食べるのだ。
「……どうしてこうなっちまったんだろうなぁ」
部屋の壁にかけられたカレンダー、そのちょうど24日に指を置いて呟いた。
今は23日。
地獄のイベントは明日から始まる。
ガキの頃はクリスマスって言うと。
プレゼントが貰えるって言って喜んで朝飛び起きたものだったのに。
いつからかサンタの正体は親であることを悟り、それ以来はどこか子供らしさを一つ失った気がする。
先ほども言ったが、子供の頃と違って今高校生ほどの年齢にもなれば、クリスマスはカップルがただイチャイチャするだけのイベントになる。
恋人のいない俺は、一人枕を濡らすしかないのだ。
「あーあ……」
ボフンっと身を放り投げるようにしてベッドに横になる。
顔を埋めながら無心でいると、枕元においていた携帯がピコンっと音を上げた。
「ん?」
携帯を手に取り目をやると、一通のメールが来ていた。
送り主は俺の幼馴染、真柴千尋からだ。
一体なんだろうか、クリスマス前日に。
一緒に過ごそうとか言われんのかな。
そんな淡い期待を抱きつつ、メールを開く。
すると、そこには見慣れた文字が羅列していた。
『明日なんか予定ある?』
それを見て、「あ」と声を漏らす。
思い出した……。
こいつ、毎年クリスマス前日になると明日の予定聞いてくるんだ。
それで正直に『なんもない』っていうと『ウケるw』だけ返ってくる。
そんなやりとりが何年か続いていた。
きっと今年もそのパターンなのだろう。
そうもわかれば、馬鹿正直に答える必要も道理もない。
今まで揶揄われた分の仕返しだと思い、ちょっと嘘をつくことにしよう。
『明日は彼女と過ごす』
単調とした文を送る。
一秒も経たずしてその文章の横に「既読」のマークがついた。
どんな反応が返ってくるか待っているも、一向に返事が返ってくる様子がない。
「ん?」
寝てるのだろうか。
もう遅い時間だし、携帯の画面を開いたまま寝落ちしているのかもしれない。
俺もよくするし。
明日の朝には驚きの反応を見れることだろう。
まぁ信じてもらえないかもしれないが、それはそれでいい。
すぐにネタバラシしてドッキリと伝える。
今まで揶揄われ続けた仕返しとしちゃ、可愛いもんだろ。
誰も傷つけないし。
いやまぁ、一人傷つく人がいるけど。
彼女いない現実を叩きつけられて傷つく人がいるけど。
俺だけど。
「……寝るか」
明日学校だし。
もう寝ようと再度ベッドに顔を埋め、部屋の電気を消すリモコンに手をかける。
すると今度は、携帯からリズミカルなメロディーが流れる。
電話だ。
画面に目をやると、そこには真柴千尋の文字。
寝てなかったのか。
「ん?なに?」
画面をスライドし応答すると、電話越しにも分かるほどに震える声が聞こえてくる。
「う、嘘でしょ……?彼女……できたの?」
おお、見事に騙されてるな。
信じてるみたいで反応がちょっと面白いので、もう少し嘘を重ねてみよう。
「あぁ、できたよ」
「…誰」
「ん?」
文字にすれば疑問符がつかないような、抑揚のない冷たい口調に、つい聞き返してしまう。
なんか……怒ってる?
「いや……バイト先の後輩……だけど……」
「可愛いの」
これ質問してるの?
語尾を上げろよ、質問っぽく聞こえないだろ。
「まぁ、普通に可愛い……」
言うが、これは全て俺の頭の中の物語。
彼女なんていないし、そもそもバイトなんてやってない。
やってたところで俺に可愛い後輩の彼女ができるわけない。
そんな現実とは裏腹に、非現実的なことを口にする自分にやや背徳感を覚えた。
「いつから付き合ってるの」
だが、そんな見え透いた嘘も千尋は見抜けていないようだった。
いや、見抜けているのかもしれない。
その上で俺をおちょくってる可能性もなくはないが、千尋は立て続けに質問をする。
ていうか、なんでこいつこんな声震えてんだ?
「てかお前、なんでそんな声震えてるの?寒いの?」
まぁこの季節になると家にいても寒い。
俺も今ちょっと肌寒いし。
聞くと、電話口から先ほどと全く同じ音声が再生された。
「いつから付き合ってるの」
え?壊れたラジカセのモノマネですか?
なんで俺の質問に答えないの?
質問に質問で返すなってこと?
もう……めんどい奴だな。
嘘考えるのも疲れんだよな……。
「あー……二ヶ月ぐらい……かな」
カップルってどの程度の期間付き合ってるのかわからないけど。
SNSとかで投稿されてる、付き合って何日記念などを示す〜month❤️とかは大抵6で生き絶えてる。
それ以上は見たことがない。
カップルってのは6ヶ月しか生きられない短命らしい。
可哀想に。
まぁそんなことは置いておいて、2ヶ月というのはかなり現実じみた数字なのではないだろうか。
知らんけど。
「へー、結構長く付き合ってるんだね」
「お、おう……」
「へー、じゃあクリスマスはその子と過ごすんだ」
「お……おおう……」
機械のような単調な喋り方につい動揺を隠せない。
なんで怒ってるっぽいの?
もっとなんか、「え?まじ!?」とかさ、「嘘だー!?」とか、あるだろ、他に反応が。
思っていた反応と違い、これ以上嘘をついていても面白くないのでそろそろネタバラシ。
嘘ついた分、より一層馬鹿にされそうではあるが、それが俺の宿命だと思い受け入れるしかない。
いつか本当に彼女作るから!
嘘を本当に変えてみせるから!
すーっと息を吸い込み、「実はさ」
と前置きをする。
刹那、
ピーピー。
通話終了の、無機質な機械音が俺の言葉を遮った。
「……なんなんだ……」
なんか気に触ることでも言ったのかな。
いや、俺に彼女ができたという事実そのものが気に食わないのかもしれない。
まぁ事実じゃないんですけど、正真正銘の嘘なんですけど。
電源ボタンを押し画面を閉じると、布団の上に放り投げる。
枕元にある時計に目をやると、時刻はすでに十二時を回っていた。
24日、クリスマスの始まりだ。
サンタさんは今年、どんなプレゼントをくれるのだろうか。
できれば彼女とか欲しいな〜。
なんて、馬鹿げたお願いを胸に、明日の朝を楽しみに。
ゆっくりと目を瞑った。
✳︎
性の6時間。
という言葉をご存知だろうか。
これは24日、クリスマスの午後9時から翌日25日の午前3時までを指すのだが……どうもこの時間にえっっなことをする人が一番多いらしいのだ。
まったくけしからんし羨ましいので、俺はせめてもの抵抗でその時間はえろげでもしようと思う。
この日のために特別えっっなやつを買っておいた。
その6時間を駆使して全クリしちゃうから!……と胸中意気込むと、
「はぁー……」
と一つため息をつく。
当日、その性の6時間開始まであと3時間。
午後6時。
俺は駅前の通りを一人歩いていた。
防寒のためマスクをしていても、白い息はいとも容易くそれをすり抜けて見せた。
ふわふわと上がる白い息はいずれ、陽炎のごとくゆっくりと姿を消していく。
それをみて、乾いた笑いを漏らした。
「はは……」
小学生の頃、だったかな。
冬の寒い日、貧血になるほど息吐いて、白い息を指差して「氷の魔法だ!」とか言って喜んでたっけ。
懐かしいな。
懐かしい。
冬を楽しめていたあの頃が懐かしい。
今じゃただ寒いとしか思わないし、時たま雪が降ってもわざわざ外に出て触りに行こうとは思わない。
濡れるし、冷たいし。
まぁ何よりも、クリスマスがあるから嫌いなんだけど、冬は。
文句をいくら垂れてたって、クリスマスがこの世からなくなることはないし、無くならなくてもいいと思う。
クリスマスを楽しみにしている人だっているだろうし、その人らの幸せを奪いたいとは思わない。
思わないけど……。
「ちっ……」
いざカップルを目の前にして、つい舌打ちが出てしまった。
いつもは下唇を噛み締めるだけで我慢するのだが、今日に限ってはそれも無理そうだ。
なぜなら目に入ってくるその数が尋常じゃない。
街ゆく人の二人に一人は異性と手繋いでるし。
俺みたいに一人で出歩く奴はなかなかいない。
いるとすれば、大荷物抱えた3、40代のサラリーマンぐらいなものだ。
彼らは別名サンタさん。
子供の夢を守る正義のヒーローだ。
かっけええす、頑張ってください!と声をかけてしまいそうだったが、胸の中でそっと呟くだけにしておいた。
「ていうか…なんで俺がこんなこと……」
そんなカップルだらけの街中に俺が駆り出されたのには、訳があった。
遡ること30分前。
ゲームソフトが入ったパッケージの裏側、そこに書かれたあらすじみたいなのを読むのが結構好きな俺は、買っておいたエロげのも読んでいたんだ。
その途中に母親から予約していたケーキを取ってきてくれと頼まれてしまい、今に至る。
断ればよかったじゃんって?
家族の中でクリスマスに暇なの俺ぐらいしかいなかったんだよ。
妹は彼氏と遊ぶっつって出てちゃったし、父親は仕事だし、母親はクリスマスだし一応、とそれなりのご馳走を用意しているし。
みながみなクリスマスに割り当てられた役割をこなしていた。
その中で一人手を持て余してたのが俺って訳だ。
だから言い訳もできない、「あんた暇でしょ」って言われて仕舞えばそれまでなのだ。
「さぶ……」
冷たい風が頬を撫で、また目に突き刺さる。
乾いた目を潤すようにパチパチと何度か瞬きをしてから、ポケットに入れておいたケーキの交換券を握りしめた。
お金はもう払ってあり、あとは取りに行くだけ。
それだけのお仕事ではあるのだが、クリスマスというこの日だとそのお仕事もいくらか難易度を増す。
身体的にではなく、主に精神的にだ。
だってそうじゃん。
ふと横を見れば「カップル限定!100円引き!」みたいな宣伝広告が目に入るし。
俺はカップルじゃないし100円引きされないし。
たった百円だけど、なんか人生超損した気分。
百円どころか、体感1万円は損してる。
『お前は彼女のできない価値のない男』って言われてるようで、どこか胸がちくちくと痛むのだ。
あと視線な。
そんなことないんだろうけど、街ゆく人の視線一つ一つが「うわあいつぼっじゃん、かわいそー」って嘲笑っているように見える。
いや、自意識過剰なのはわかる。
誰しもが隣の恋人に夢中で俺のことなど眼中にないのだろうが……。
「はぁ〜……」
クリスマスに対する不満はまだまだあるが、これ以上ネガティブな思考を巡らしていてもプラスの結果は生み出せない。
今はただ家に帰ってゲームすることだけを考えろ、ゲームの中でならいくらでも彼女作れるし、うん。
ネガティブ連鎖を断ち切るように大きくため息をついてからケーキ屋に入店する。
コンビニなどとは一風変わった機械音がお出迎えしてくれた後に、ふわりと甘い匂いが鼻腔を刺激した。
いい匂い……いちごと生クリームの匂いかな。
確か、俺が交換するよう頼まれてたケーキはチョコレートケーキだったか。
母が生クリームの素材の味?が嫌いなため、チョコケーキを毎年頼むのだ。
ただの生クリームでもチョコ味の生クリームでも変わらないような気はするのだが、まあこれはあれだろう。
トマトが嫌いな人でもケチャップはOKみたいな、そんな感じの奴なんだろう、当の本人にとっては。
幸いなことに店内はあまり混んでいなく、店員のところに直でいきポッケから交換券を取り出す。
それを店員に差し出すと、程なくしてケーキの箱が出てきた。
店員さんはそれを開けて確認してくる。
「こちらでよろしいでしょうか?」
「はい、あってます」
「お持ち帰りのお時間は……」
「30分くらいです」
「了解いたしました、少々お待ちください」
待つこと数秒、すぐに先程の箱を袋に入れて持ってきてくれた。
「お待たせしました〜」
「ありがとうございます」
袋の取っ手を掴み踵を返すと、背中に声をかけられる。
「またお越しくださいませー」
またお越しくださいませ、か。
まぁ次来るのは1年後になるだろうな。
ケーキなんてしょっちゅう食べるものでもないし、クリスマス以外でっていうと、誕生日ぐらいか。
誕生日はこの世に生を受けた日ってことでおめでたく、お祝いを、とケーキを食べるが、クリスマスは何をお祝いしてケーキを食べるのだろうか。
元々はイエス・キリストの誕生をお祝いするものであったのだろうが、その文化もここ日本では廃れている。
クリスマスのこの日がキリストの誕生日だということを知らない人も多そうだ。
ハロウィンなんかもそうかもしれない。
海外なんかだと子供がおばけに仮装して、「お菓子くれなきゃいたずらするぞー」….まぁ俗にいう「トリックorトリート」だな。
他人の家に訪問してはその決め台詞を言う。
それを受けた大人は微笑ましげにお菓子をあげるのだ。
そんなイベントも、ここ日本では少し違う。
今じゃ若者が仮装して東京で暴れるだけのイベントになってるし。
別に楽しむのは悪くないが、人様に迷惑をかけるのは良くないだろう。
クリスマスもそうだ。
楽しむのはいいが、他人に迷惑をかけてはいけない。
カップルでイチャイチャしてるとこ見せつけるのとか超迷惑だからやっちゃダメ、絶対。
なんてくだらないことを考えながらケーキ片手にとぼとぼ帰路を歩いていると、後ろで「あ」とそこそこ大きい声が漏れたのに気づく。
なんだなんだと振り返ると、そこには……
「あ……」
思わず同じ声を漏らしてしまうが、そこにいたのは真柴千尋。
俺の幼馴染で、昨日、彼女がいるって嘘ついちゃった相手。
な、なんでこんなとこで……。
唐突の出来事に硬直する両者。
先に口を開いたのは、千尋の方だった。
「何してるの…こんなとこで」
「え、いや……ケーキ……」
ほいっとケーキの箱を持ち上げる。
「ふーん……彼女と食べるの…」
そういや、昨日からネタバラシしてないな……おかげで完全に信じきってしまっている。
電話切られてから連絡とってないし、千尋の中の俺はまだ彼女がいるってことになっているのだろう。
誤解されっぱなしってもの気持ち悪いし、ちゃんと嘘って言わないとな。
「それなんだけど……実はだな」
そこまで言うが、千尋は聞く耳を持たずして踵を返す。
「じゃ、私帰るね、予定……私もあるから……」
そういいスタスタと歩いて行ってしまう千尋。
「ちょ、ちょっと待てよ!」
その背中に急いで声をかけると、千尋はロボットのようにぎこちなく振り返る。
「……なに」
振り向いた千尋の表情は、いかにも不機嫌って感じだった。
「ごめん……嘘ついた」
いうが、千尋はなんのことか分かっていない様子だった。
小首を傾げ、怪訝な面持ちで俺を見据える。
「……何が」
「彼女……できたって言うの、あれ、嘘……」
「は……はぁ!?」
千尋はひどく驚いた様子で声を荒げた。
目を見開き、口は半開きの状態を保っている。
「ごめん……千尋、クリスマス予定ないって言うと俺のこと馬鹿にしてくるから、つい嘘ついちゃって……」
「……え、彼女ができたっての、嘘なの?」
「うん……」
彼女ができたことが嘘だと明かすと、千尋はそれを聞くなり膝に手をつき安堵するかのようにため息をついた。
「……よ、よかったぁ……」
「え、なに、よかったって……」
「っ……!」
千尋は急いで自分の口を手で覆う。
赤ら顔でちらちらと視線を頻繁に動かしながら、伏し目がちに髪をクルクルといじり始めた。
「ば、馬鹿にするつもりなんて、ほんとはなかったの……その、クリスマス……誘おうって思って予定聞いても……その、勇気でなくて、それで、馬鹿にするようなこと言っちゃって……」
今なんて言った?
誘おうと思ってって言った?
俺の聞き間違いか?
頭が混乱するが、千尋は気にすることなく言葉を続ける。
「それで今年こそはって思って……とりあえず予定聞いたら、彼女と過ごすって言われて……びっくりして、もっと早く、ちゃんと誘っておけば……ってすごい後悔して……たんだけど……」
俯いていた千尋は顔を上げると、俺に向き直る。
「嘘……なんでしょ?」
「嘘、だけど……」
だけど、千尋の言っていることがいまいちよくわからない。
整理すると、千尋はクリスマスに俺を誘おうと思ってて?彼女ができたって言われて後悔した?
それってつまり……。
「えっと……お前、もしかして俺のこと好……」
「っあーうるさい!!ここまで言えばわかるでしょ!!いちいち聞いてこないで!!この鈍感!」
俺の言葉は千尋の怒号に掻き消される。
その声に周りにいる人の視線が集まり、そこかしこから「え、なに?喧嘩?」「告白じゃない?」「別れろ別れろ」なんて声が聞こえてくる。
おいちょっと待て最後のおかしいだろ、色々と。
いろんな言葉が周囲から飛び交う中、当の本人からは鈍感って言われてしまったが、流石の俺でもここまでくればわかる。
これは、告白そのものだった。
「え、なんかごめん……千尋が俺の事好きだったなんて思っても見な……」
「だから言うなー!!まだ好きって言ってないし!!なに自惚れてんの!?勝手に好きってことにしないでくれる!?」
「え、違うの?……」
「違っ!……くない、けど……」
千尋の声は尻すぼみに小さくなっていく。
いつもは俺のことを揶揄うくらい威勢のいい千尋の赤面して動揺する姿を見て、つい悪戯をしてやりたくなってしまった。
「ん?けど、どうした〜?ちゃんと言わないとわかんないなぁ〜」
煽るような口調でへらへらと言うと、千尋は顔を真っ赤にしズカズカ近寄ってきて、
「っ!……調子に乗るな!」
べしっと頭を叩かれてしまう。
「いで……」
ちょっと調子に乗りすぎたか……。
叩かれた所を摩りながら顔を上げると、赤面してぷっくらと頬を膨らませた千尋が目に入る。
腕を組みながらそっぽを向き、どこか遠くを見る目でイルミネーションを眺めていた。
その横顔をしばらく見つめていると、千尋は小さく口を開く。
「……好きだよ……ずっと前から。でも幼馴染ってのもあって、それが恋愛的な好きなのかよくわからなかった。よくわからなかったけど、黒瀬に彼女ができたって聞いて、なんか……嫌って思った……だから多分、す、好き……なんだと思う……」
「……」
千尋の口から出た『好き』の言葉を聞いて、つい唖然としてしてしまう。
その言葉が俺に向けられたものだと意識するたびに、なんだか頭が熱くなってくる。
「……なんか言ってよ、恥ずかしいんだけど……」
黙っていたためか、千尋は口を尖らせてそう言う。
「っあ……悪い、えっとそうだな……『好き』なんて言われたの初めてで……その、なんて言ったらいいかわからないというか……」
「……そりゃそうだよ、恋愛経験皆無で童貞の黒瀬のこと好きって言ってくれる人なんているわけないもんね。なんでそんな簡単なことに気づけなかったんだろ、私」
「いやおい、恋愛経験皆無っていうな」
「童貞はいいのね……」
千尋のツッコミから数秒、沈黙が流れたかと思えばすぐに笑いが起こった。
くすくすと両者肩を揺らし、おかしなやり取りに微笑を浮かべる。
一通り笑い終えた千尋は、俺の手に持つケーキに視線をやった。
「ていうか、そのケーキは?彼女と食べるやつじゃなかったの?」
「彼女と二人でワンホール食べるやつがあるかよ、家族と過ごすから、それで食べる用」
「なんだ」
千尋はふふっと笑いを漏らすと、ともすれば聞き逃してしまうぐらいの声量で呟く。
「安心した……」
言って数秒、千尋は「あ」と声を漏らし急いで口を手で覆うと、恥ずかしそうにこちらに視線を向ける。
「……って、もう遅いか……ていうか、もっと早く嘘って言ってよ、今年はちゃんと誘って一緒に過ごそうと思ってたのに……もう一日終わっちゃうじゃん」
「電話切るほうが悪いだろ……まあ、終わっちゃうって言っても、クリスマスは二日間あるからな、一応……明日は、い、一緒にいれるけど……」
視線を逸らしながら歯切れ悪くいうと、それを見た千尋は悪戯めいた微笑みを浮かべる。
「……なに?誘ってるの?んー、どうしようかなー、私も暇じゃないしなー」
腰をかがめ、覗き込むようにしてんふふ〜っと気持ち悪い笑い方をしながら煽ってくるものだから、
「……じゃあいいよ、一人で過ごすから」
と言い捨て踵を返す。
一歩目を踏み出したところで、後ろから慌てて呼び止められる。
「あっ!嘘嘘!暇!超暇!……だから……」
千尋はそこで言い淀み、だから、に続く言葉は出てこなかった。
言い出そうと何度も俺の目を見るが、目があっては逸らすばかり。
もじもじと服の裾を弄り始めてしまったので、その続きは俺が言うことにした。
「……一緒に過ごすか、明日は」
千尋は「うん!」と大きく頷き、どこか嬉しそうにはにかんだ。
それから手を突き出すと、小指を立てる。
「……じ、じゃあ……約束」
「いつの時代の約束だよ……」
指切りげんまんなんて、久しぶりに見た気がする。
ていうか、やったことないまである。
「いいじゃん、黒瀬また嘘つくかもだし」
「つかねぇって……」
どんだけ嘘つきだと思われてるの?
彼女いるって一回嘘ついただけじゃん……。
「ん……」
やらないと気が済まないようなので、そっと小指を差し出す。
千尋は細い小指を俺の小指に絡まれると、それをブンブンと大きく縦に振った。
痛い、痛いって。
「指切りげんまん〜嘘ついたら針千本飲ーます……ゆ、指切った……」
言葉尻がやけに小さく早かった。
自分からやっといてなんで恥ずかしそうにしてんだよ……。
照れ臭そうにしている千尋を見て、俺もつい視線を逸らしてしまう。
外した視線の先、淡い青色に輝くイルミネーションを見て、ゆっくりと口を開く。
「まぁ……ちゃんと約束は守るから……」
針千本も飲まされたくないし。
「うん……破ったら、本当に針千本飲んでもらうからね」
「……わ、分かったよ……」
分かっちゃったよ。
絶対に約束破れない。
指切りげんまんは終わったと言うのに、千尋は指を離そうとしない。
ちょっと強制的に絡めた指を解くと、その手を少し上にあげた。
「じゃ、俺もう行くわ。ケーキ、傷んじゃうといけないし」
「あ、うん……じゃあね」
返事を受け、半身を捻り踵を返す。
イルミネーションの光を受けながら数歩歩くと、後ろから名前を呼ばれた。
「黒瀬!」
その声に振り向くと、千尋はすーっと大きく息を吸い込み、口元に両手を添えた。
「メリークリスマス!」
「……おう、メ、メリーっイ……」
元気よく返そうと思ったのだが、どうも周りの視線が嫌に刺さり言い淀んでしまう。
カップルからは微笑ましげな視線を、俺みたいな非リアからは「なんだあいつら爆発しろ」みたいな視線を向けられる。
しかし、ここで返さないと男が廃るだろう。
一つ咳払いをすると、同じように大きく息を吸い込む。
「……メっ!……メリー、クリスマスゥ……」
吸い込んだ息の量にしちゃ小さい声になってしまう。
やっぱり周りの目には抗えなかった、元々目立つの嫌いだし。
そんな小さな声でも一応は届いたのか、千尋は大きく手を振ると、満足げに踵を返し歩いていった。
その様子を少し見ると、俺も同じく踵を返し、早足で帰路につき直す。
「……」
先ほどまで平静を装っていたが、頭の中は真っ白だった。
何が何だかわからない、ただバクバクと鼓動が高鳴るだけ。
ロボットのようなぎこちない動きでしばしギコギコ足を動かしていると、後ろから肩を叩かれる。
「おい、歩き方きもい」
ひょいと顔を覗かせたのは、俺の妹、雫だった。
「元からだ……ていうか、彼氏のとこ行ってたんじゃなかったのか」
「行ってたよ、イルミみたりプレゼント交換したりしてた」
そこまで言うと、雫はケーキの箱を指さす。
「ケーキもあるし、チキンもあるし、後は家族と過ごすかな」
「そうか……なんか勿体無くないか、せっかくのクリスマスなんだし、もうちょい恋人と楽しんだほうが……いいんじゃねえの。家族と過ごしてても、なんも楽しくねえだろ」
妹はモテる。
俺みたいなモテないやつとは違って、恋人がいる。
そんな妹は、このクリスマスを最大限楽しめる権利を持っているんだ。
何度でも言うが、クリスマスって言うと、カップルがイチャイチャするイベントというのが世間一般的な解釈だろう。
そのイベントに必要な条件を満たしてる妹は、クリスマスというこの日を、俺とは違って楽しめるだろうに。
「私はそうは思わないかな」
その言葉を聞き、ちらと雫に視線を送る。
自分のつま先を見つめている雫の瞳は、数秒に一回の等間隔でイルミネーションを反射しちかちかと青く光っていた。
その目をしばらく見ていると、雫はぽつりと独り言のように呟く。
「恋人と過ごすのだけがクリスマスってわけじゃないでしょ、家族と過ごすのだって、結構楽しいし……」
「……確かに、そうかもな……」
その言葉に少しハッとさせられた。
夕飯時に母親から「早く彼女作れ」って急かされて少しキレかけるあの雰囲気も、それを聞いてくすくす笑ってる妹の声も、それを無関心そうに見えて実はよく聞いてる父親の背中も、どこか負け犬の見る光景だと思っていた。
けど、違ったのかもしれない。
そんな些細な日常が、意外と幸せなのかもしれないな……。
「……早く帰るぞ、ケーキ溶けちゃうし」
ケーキの入った袋を握り直すと、歩行の速度を早めた。
雫はそれについてこようとせかせかと足を動かす。
「ケーキはアイスじゃないんだから溶けないよ」
「早く帰りたいんだよ、寒いし」
冬。
寒くて、クリスマスがあるから嫌い。
なんて言ってたけれど、今年は、少しだけあったかいクリスマスを味わえたかもしれない。
残り1日ではあるが、今を生きる皆んなに、小さな幸せが訪れますように……メリークリスマス。
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