イケメン……
新章である
シュレスの森のゴブリン討伐から二週間。
……俺たちは「ククリグギルドの超絶有名人」になっていた。
どこからか、「ゴブリンキングを倒した新人どもがいるらしい」という話が漏れたのだ。
「……多分マジェスティですね。彼、お酒入ると口が軽くなりますから……」
と、ラスさんは溜息混じりに言っていた。
そんな人に俺の秘密教えたらあかんやん!
だがそれでも、俺の〈絶対領域〉というか、必殺技的な話が上がってきてないところを見ると、そこまでは口を滑らせてはいない様子……ギリギリセーフ? たのんますよホンマ!
……とはいえ、あのミッションに参加した冒険者は多い。
「ゴブリン相手に結構苦労した、それはなんでか? 実はヤベエ奴がいてなあ――」なんて話は、酒場のつまみ話にはピッタリだ。
俺だって他の冒険者のそんな話を聞かされてたら、ついしゃべりたくなるしな。
それが時間と共に、細い線をたどっていけば、俺らの名前はともかく「倒した奴は誰だ」ってとこには行き着くだろう。
「さあケン! 今日も相手をしてもらうよ!」
ゴブリンクエストで連携パーティだった〈刃の主〉のイケメンリーダー・サガが、また今日も俺に挑んできた。実際連携してないんだけど。
こいつも上手いこと立ち回って生き残った。しかも女子メンバーを守りながら、だそうだ。くっこのイケメン戦士……倒してやる!
この「イケメン」とかいう怪物、基本群れを作らないが、存在しているだけで俺みたいなフツメン含めて多くの男性に精神的ダメージを広範囲で与えるという、とても厄介なモンスターだ。ましてや群れをつくってリーダーが生まれたりしたら、そして周辺の女を引き寄せたりしたら、それこそ広範囲の男が致命的精神ダメージを被りかねない……そして発情すると手当たり次第、女子を孕ませる危険性がある。しかも強引に、じゃなくて「魅了」を使って合意の上でヤってしまうという、恐ろしい特殊能力も持っている。
まったく厄介な怪物だ。はやくたおそう。
それはともかく。
……あのねえ、女子に挑戦し辛いからって俺にばっかり挑むのやめてもらえませんかね?
実際、サガの奴、うちのメンバー三人にも挑んだのだ。
そして二回、フルボッコにされた。
ビュスナには、ナオがやられたように魔法で滅多打ちにされ、ナオにはフルボッコに殴られ、シェラには一瞬で背後を取られて首にナイフを突きつけられた。ものっそい凹んでたのを俺も見た。バカなの? 死ぬの? うちの子ら、対個人戦闘はめっさ強いのよ?
だが、俺にだけは剣技で勝利できたので、そこでなんとかプライドを維持し、尚且つ「いい練習相手」だと思ったのだろう、毎日のように押しかけてくる。
とはいえ、サガは剣の相手にはちょうどいい。俺よりは剣技はかなり上だし、こいつ相手に練習させてもらえるのは正直ありがたい。俺なんて知識で得た剣術を自己流でやってるだけだから、実戦剣術を知ってるサガは最高の練習相手である。
まあ仲間が女子ばっかで鍛錬相手には向かないからっていう理由もあるが、だったら俺じゃなくてもよかろうもん……まさかとは思うが、誰か引き抜こうとしてないかこいつ? さらにハーレム化推進しようとしてなくね? ナニこいつ「ハーレムキング」なの?
「ははっ、さすがにそれはもうしないさ。全員断られたしね」
煌びやかなイケメンスマイルで、サガはさらりと答えた。
コノヤロウ……もう口説いてやがったのか。はやくたおそう。
にしても、うちの子たちは忠誠心高いのう。褒めて遣わす。女子力低くても許す。
とりあえず、四人でゴブリンキング討伐した間柄やけんね!
ついでにこのイケメンリーダーだかハーレムキングも退治したいな!……って退治されとるか。
まー俺だって〈絶対領域〉さえ使えれば、こいつごとき屁でもないんだが……あれは対モンスター用「必殺技」だからな。文字通り。
使うなら人間相手だって「必殺」と書いて必ず殺す。「くっころ」ならぬ「ひっころ」だ。「見敵必殺」が俺のモットーだぜ! なんなら「ひっころ大魔王」に俺はなる!
しかし攻撃力はともかく、防御がお留守なのはいただけない……米の国には「攻撃は最大の防御」などとのたまう脳筋の方々もいますが、銃で銃弾防げるわけなかでしょが。ほんとバカなの?って思うんだけど。
で、対人戦防御には三ミリ幅×三十三センチの〈絶対防衛線〉を考案してある。ゴブリンキングの棍棒もへし折った防衛ライン。これを打ち込まれる剣に合わせて展開し、斬撃ラインを完全防御する。接近戦では圧倒的有利に立てる。相手の攻撃が見えてさえいれば、ほぼ全て防げるからだ。最初は左腕に合わせて展開し、「見えない楯」みたいに使うことを想定していたが、楯みたいに「面防御」ができないので、至近距離で挑まれると防御がヤバいのだ。斬撃ラインが防御ラインから外れたり、点で来る「突き」とかね。
なので、相手の剣筋っつーか、武器の軌道を予測してそれを防ぐように使わなきゃいかん。
〈絶対防衛線〉の訓練には、サガが丁度よかった――イケメンだが正統派剣術の門下生であり、太刀筋がいちいち合理的で無駄がない。こういう武術を会得している相手とはそうそうやり合える機会もないから、向こうから毎日来てくれるのは非常に有難い。今度メシでも……いや、ナオやシェラの女子友を紹介してやろう。その方がサガも喜ぶだろうし。ビュスナは……よそう。あいつの友達……ううっ。
その女子連は、今それぞれの技の新規修行中で、朝早くからいない。ビュスナは魔導士ギルド、ナオは武術道場、シェラはスカウトギルドへそれぞれ入り浸っているらしい。
むう、俺も負けてはいられんな……一応サガの奴をおだてて、奴の武術が「シュクティム軍制式武術」という隣国・シュクティム王国軍の制式戦闘術としては有名な一派であることを聞き出し、その技を披露させて盗んだりしている。イケメンだけどちょいアホだからなあいつ。
もちろん、〈絶対領域〉の使い方の訓練も忘れていない。
新しく、〈自在砲丸〉(DBグローブ)という、〈絶対領域〉を小さい球状にしたものを操作する技を完成させた。
最初は〈シールドバッシュ〉を元に、〈絶対領域〉を指先から二メートルぐらい先の位置で相対固定して、指先に合わせて離れた敵をバッキンバッキンブン殴る技を考えたが――これを下手に「横」にして当てると、〈絶対領域〉自体は全く厚みがないので、どんな物体でも「切り裂いて」しまうのだ。ゴブリンキングのときに気付いていれば……いやね、そもそも〈絶対領域〉をどう必殺技として使うかを想定してなかったから、こういう使い方ができると理解してたらね、即斬首に処してましたよええもうね。
今更言っても始まらんし、これはこれで使えるので、〈シールドスラッシュ〉として使うことにしたが、水平にして振るうのが意外と難しい。刀を刃筋で斬るのが慣れないと上手くいかないのと同じだ。それと、何でもぶった斬ってしまったら「加減したい」ときに困る。〈絶対領域〉の平面円に峰とかないし。
それと、デフォルトのままだと、斬撃位置の目測が難しいのもある――例えば、指先から1m先に出したとして、敵がその位置にいればいいが、五センチズレたらもう当たらない可能性だってある。特に前後に動かれると、命中率が極端に悪くなる可能性が高い。それは遠ければ遠いほど顕著になるだろう。かといって、指先のすぐ前では「自在に相対定点で固定できる」メリットがなくなる。だったら普通にド突いといたらいいと。
なので、加減もできて「ブン殴る」技として、DBグローブを考えたのだ。
……なんで「DBボール」じゃないのかって?
簡単な話だ――「この方がカッコいいから」だ! カッコイイと可愛いは正義!
元ネタは、ネーミングから解るだろうが、某龍球キャラの技。キャラ自体は「すぐ死ぬ」だの「偉そうな割に最弱」だの死んだときの画像までいろいろネタ扱いされるが、あの技は打撃戦なら使える!と思ったのだ。それに「ボール」だと被るし。ド○ゴ○ボールボールみたいに。ネーミング候補は打撃音みたいに「ドゴンボール」ってのもあったが、他人に言うにはあんまりなので止めた。
いやまあ言わなきゃいいんだけど、俺の心の内で叫ぶのにもカッコイイ技名があった方が、テンション上がるやん?
だが、完全な球体にすると直径二センチにも満たないので、打撃力の面で心もとない。「宇宙最強のアメ」みたいに相手突き破ったらシャレにならん。それはそれで使い道があるが、今求めているのはそうじゃない。
そこで、初期に考えた拳のメッシュガードを応用してメッシュボールを作り、直径約五センチぐらいに拡大した。これで「死なない程度にブン殴れる」技も完成だ。もちろんこいつを「トゲトゲ」に変化させれば、小型のモーニングスターみたいな惨劇も再現できる――が、それは今は不要。
技のバリエーションが増えたところで、使いどころも熟慮しないとな……そうそう簡単に人前で見せられんし。
一応他人には〈絶対領域〉は見えないようにできるから、こっそり使えばどうってことはないが、四人で動くのにいつでもこっそり、というわけにもいかんしな。どいつもこいつもなんか勘がすごく良さそうだし。
いずれメンバー内だけには話しておくべきか……今はまだ黙っておくけど。
……うむ、俺も〈シールド〉ぐらい使えるようになっておくべきかな。〈シールドバッシュ〉は威力見せ付けられたし。
そのためには、しばらく魔導士ギルドの「魔導士養成講座」もしくは魔法学院へ、金払って通わなくちゃならん。なんか資格取得のために仕事終わったら専門学校へ通うような感じだ……あれって面倒なんだよなー。仕事で疲れてるのにさらに資格のための勉強、それを三ヶ月とか半年とかやってらんねーっつーの。なんか日本のリーマン時代思い出すからそういうのは勘弁だ。
まーそんなのがなくても〈絶対領域〉があるんだから、それでいいっちゃいいんだが、魔法使えるようになればそれはそれで自分の保険にもなるんだよな……まあいい、いずれだいずれ。
元・日本人らしく、決められないことは先送りだ。
……そうやって、サガを適当にあしらって技術を習ったあとは、一応ギルド一階でいろいろ情報を物色するのが日課になっている。
壁に張り出された依頼書を、どれを受けるか真剣に見ている冒険者に混じり、「この依頼はどうなのか」を脳内で検討する。
これを受けたとして、自分たちで依頼が完遂できるか、完遂にはどんなリスクがあるのか、報酬は割に合うのか――そういった条件を、依頼前に脳内シミュレートして、「これはイケる」「これはダメ」という判断を下す。依頼を見るだけならタダなので、半時ほどここでイメージトレーニングをする。
それを適当に何件かやったら、ベンチに座って、冒険者を観察する。
前を行き来する剣士、魔導士、スカウト、拳士等々、人間、獣人やドワーフやら小人やらの亜人――見ているだけで飽きない。もちろん、ただ見ているだけでなく、その動きを見ていると、その強さが「なんとなく」ではあるが見えてくる、ような気がする――とはいえ、「人は見かけに拠らない」ってのは、前世でも散々思い知らされている。何より自分自身がその格好の実例だし。
……てなことをしていると。
「……ねえ君、何してるの?」
「なんか艶かしい女の声」が、俺に話しかけてきた。
声に首を捩ると……タンクトップにショートパンツ、上に革ベストを引っ掛けた、「ぽやんとした感じのお姉ちゃん」が、腰を屈めて俺に顔を近づけていた。
薄いブラウンのロングヘア、赤に近い茶色の大きな瞳――そして肉感的な、艶めく厚い口唇。
そして――ナオ以上のおぱーいアタッカー! あかん、谷間から目が逸らせん!
え、なに、「そういうお店」の人? 商業ギルドの下に「そういう商売」のギルドがあるって聞いたけど――ここにそんなんあったっけ?
俺は思わず顔一つ分引いた――だが、その分、お姉ちゃんが近づいてくる。
「……さっきからぁ、ずっとここにいる人たち見てるだけだけどぉ――」
「――え、えーと、そ、それはその……人間観察、っていうか――」
近い近い! 俺あんまりこういう接近女子には慣れてへんのや!
「何をしているリリエラ」
――と、そのお姉ちゃんのベストの襟を掴んで引っ張る、もう一人の――男? 女? 性別不明で中性的な、多分魔導士な人物。
こっちも線が細い美形――ショートヘアの銀髪碧眼で、イケメンなのか美女なのかは見た目でも、声でもわからん。男にしては高めだし、女にしてはやや低い。体型も魔導士ローブで隠れてるのでさっぱり。
だが、目元が凛々しいので、本人が男でも女でも、女受けしそうなタイプ。「中の人」がいたら、女性声優が声当ててるイメージだ。
「ラスに呼ばれているのだろう。行くぞ」
「あン、待ってよぉ、この子が――」
リリエラ、というのはこのお姉ちゃんか――ラス、ということは……ギルマスに?
この二人も冒険者?
「済まないな君、邪魔をした」
「あ、いえ――」
性別不明のイケメン(仮)氏は軽く謝罪し、リリエラさんを押して上階のギルマス部屋へ消えて行った。
今の二人も、ラスさんの冒険者時代からの知り合いだろうか? いや、それにしては若すぎる。
てことは、ギルド立ち上げに協力した冒険者とか? もしくはなんか天才的な腕の冒険者?
少なくともギルマスに近い人物だ、只者なわけがない。
「……人材にはそんな苦労してないみたいだな」
ぱっと見て、あの二人の実力は全く判らなかった。ローディさんとかマジェスティさんとか、見て一発で判る実力者ならともかく、魔導系とか、俺みたいなチート持ちだったらわからんな、やっぱり。
そこはやっぱり経験値がモノを言うか……俺ももっと経験値貯めてレベルアップせにゃな。何レベルかわからんけど。
てれれれってってってー♪
『※〈絶対領域〉応用技:〈ダイナミック・ブラスト・グローブ〉を修得しました』




