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初仕事

彼女はとっても可愛い子だった。いつも笑顔を絶やさなかった。苦しいだろうに、いつもこっちを励ましてくれた。可憐という言葉の意味を、理解させてくれた。


『笑ったほうがいいもん、絶対に』。そんな彼女の言葉を、俺は―――僕は、何度繰り返しただろうか。泣きながら告げてきた勇気に心が震えたのを覚えている。思い出すだけで力が湧いてくる。いや、呟かなくてもいい。それは魔法のような言葉で、僕のすべてだった。


ちょっと夢見がちな所があった。昔読んだ絵本か何かだろう、理想の王子様像を語って聞かせてくれた。授業はちょっと厳しかった。レディーに対する礼儀というやつらしい。繰り返し叩き込まれたのは、懐かしい記憶だ。


いつからだろう、何も要らなくなっていた。言葉を交わすだけで楽しくなった。笑顔を見るだけで、胸の中が暖かくなった。いつまでもずっと笑っていて欲しいと思った。そのためなら、何でもやれる気になった。



だけど、僕たちは幸福ではなかった。


この地獄の底にある地獄で自分の身が可愛いと思う奴には、絶対に届かない。


だからこそ、彼女が幸せになれるのならば僕は―――



















「―――ジョン。ジョン、返事をしろ。聞こえているか?」


「……あー、ごめん。僕、ネてた?」


「言語野がおかしいようだな……調整が必要か」


「あらやだいきなり過激。それより、ジョンって僕のこと?」


「そうだよ、ジョン=ドゥ」


古来より身元不明の死体に付ける名前らしい。2000年前からある由緒正しい名前とは恐れ多いけど、僕なんかにいいのかな。尋ねるけど、聖女様はずっとデータとにらめっこして答えてくれなかった。


「ふむ……バイタルデータに問題はなし、か。何か変わったことは?」


「えーっと……久しぶりに夢を見た、かな? ちょっと思い出せない……忘れてる記憶っぽい?」


「はっきりしろ、無能」


「脳はありますよ。むしろ脳しかなかったです」


でも、僕は僕だ。自分の名前も思い出せないけど、手術中に夢で思い出した……らしい? あの記憶は、僕が解体される前の僕だった頃のものだ。うん、多分そうだ。彼女との大切な約束は、今は思い出せなくなったけど。


「一人称も変わっているようだな……要検証だが、今はいい。特に問題なく受け答えは出来ているようだが、身体の調子はどうだ?」


「え? ………おおぉぉ、なんだコレ!?」


懐かしい感触に、思わずはしゃいでしまった。腕が動く、足がある、声が普通に出せる、あちこち見られる。自分の意志に沿って、手足が自由に動かせるのはいつ以来だろうか。グーとパーを繰り返せるだけで感動する。地に足がついている感覚も、新鮮だ。


「脳からDNAパターンを解析し、肉体を構成した。とはいっても、ナノマシンで出来た肉体モドキ……質は普通の機肉だが」


「え、身体全部? 顔は……なんだこれ」


触ろうとすると、硬いものに当たった。つるりとして冷たいけど、肉じゃなさそうだ。


「強化合成樹脂のヘルメットもどきだ。顔の部分は再現中でな」


頭部回りは時間がかかるらしいから、しばらくはこれで我慢しろとのこと。それよりも、この身体だ。純粋な血肉には程遠いらしい、と言われても肉体の感触とか、ちょっと覚えていない。分かるのは、こちらの考えに応じて肉体が正確に動いてくれるということだ。


どういった原理なのか、視界も広がっている。自分が放置されていた場所とは違う、新しい風景が新鮮だった。ここも照明は少なく、薄暗い研究室という意味では同じだが、それ以外は何もかもが違っていた。


人が居る、相手が居る、自分が居る、何より話が出来る。


わくわくが止まらず、腕を振り回しては止める。かなり早く回したけど、ピタリと止まってくれた。こういう所は機械っぽい。パワーも、全力で動かなくても分かる、ちょっと本気を出すと大変なことになりそうだ。


「動作後の液状化も無し、と。……どうやら、本当に成功したようだな。十中八九無理だと思っていたが」


「えー……参考までに、失敗したらどうなってたのかな」


「パンドラ……ナノマシンの主体だが、その侵食に耐えられなければ融解していたな。適合率が低くともアウトだ」


銀色のスープになるらしい。なにそれ怖い。ナノなんたらはよく分からないけど、煮ても焼いても食えなさそうだ。


聖女様は嫌なことを思い出した、と呟きボサボサの黒髪を煩わしそうに掻いている。あっ、眼鏡の汚れ部分に白いフケが。


でも、あれだ。聖女様の不穏な言葉はさておき、今は成功したという結果を喜ぶべきだろう。何にしろ、身体を取り戻せたのは嬉しい。まだまだ不自由はあるけど、脳だけになっていた時とは比べものにならない。


跳躍し、走り。腕を振るって、廻ることもできる。徐々に身体に馴染んできたのか、動かし方が分かってきた。狭い実験室だけど、思い通りに身体が動いてくれるため、どこにもぶつかることはない。


しばらくそうしていると、ぽっかりと口を開けてこっちを見る聖女の姿があった。


「調整もなしに、ものの数分で………?」


「ん? どうしたのかな、聖女さま」


告げると、聖女は嫌な顔をした。気に入らないらしく、ドクターと呼べ、と言ってきた。聖女という面か、と吐き捨てて来たけど、僕にとっては聖女以外の何者でもない。でも、嫌だと言われては仕方がない。指示に従い、ドクターと呼ぶことにした。


「それより、さっき呟いていた“てきごうりつ”って? なにか良くないことでもしてしまったのかな」


「……いや、良いことだ。悪くはない。普通に歩けるまで2週間はかかると思っていたからな」


タイムスケジュールの調整が必要だ、とドクターは不機嫌な表情になった。何でも、前に適合した試験体はそれぐらいかかったらしい。でも、短時間で済んだのは良いことだろう。目的を達するには、いつだって時間の勝負になる。早ければやれることは多くなる。勉強もそうだ。多くの手を持っている人間しか、大きなことは成せない。そう、あの子に教えられたんだっけ。


「コンフリクトなし、珪素結晶回路の反応誤差は……コンマ05以下。反応速度、期待値より90%増……」


白衣のドクターさん何事かを呟いてるが、さっぱり意味が分からない。というか、動いていいのかな。尋ねると、許可が出た。


ドクターが何かしらの指示を出すと、天井から板のようなものが降りてきた。最近流行りの貫通弾は愚か、携帯戦車の主砲さえ完璧に防ぐという厚さ50mmのテクトラティス合金の鋼板。金具に釣られているそれを見ていると、殴れ、と言われた。


「最初は軽く殴れ。ナノマシンで構成された機肉一体のアッセンブルとはいえ、過負荷によるダメージはある。……つまりは、回復に金がかかるということだ」


指示を聞かなければお前の脳みそを切り売りするぞ、と悪党の顔で告げてきたドクターの顔はとても怖かった。冗談ですよね、とか聞けないぐらいに。


仕方なく僕は拳を握り、ゆっくりと振りかぶった。


「最初は、そうだな……10%ぐらい、で!」


手加減を意識して振り抜き―――どうしてか、拳の先に返ってくるはずの手応えは無かった。どうしてって、すっぽりと抜けてしまったからだ。あれ、何かが高速で壁にぶつかる音がしたんだけど。


「……手加減をしろと言ったんだが」


「え? あ……穴がぽっかりと」


「ペナルティだ、愚か者が」


低い声が聞こえたかと思うと、僕の意識はぷっつりと途絶えた。



それから―――僕は色々な訓練を受けさせられた。1ヶ月、まともに寝る暇も無かった。まあ何とかなるんだけど、普通の量じゃないことは何となく分かった。


ドクターの名前はアレイサというらしい。組織の中でもかなり高い地位に居るらしく、実験と訓練の責任者を任されていた。他のスタッフさんをアゴで使ってたし。聞こえない所で盛大に舌打ちされてたけど。どうやらドクターは色々と嫌われてるみたいだった。


僕が所属する組織の名前も教えてもらった。セプテム・テラ(この星)のファースト・フォレスト―――ようするに最も栄えている街らしい―――を牛耳っているという組織、“コンフォーコ”。火、とかそういう意味らしいく、由来とか色々聞いたけど興味がないので忘れてしまった。


コンフォーコが売り物にしているものは、暴力。権力の裏で暗躍し、金を受け取って人や物、情報を殺すというわかり易い業務内容だ。


かつては異星からの移民犯罪者や逸脱者の排除といった、「リスクが高くて他の誰もがやりたがらない仕事」を生業にしていたらしいけど、時代が移り変わればニーズも変わるもの。


金と宝石と権力と美女といった、これまたわかり易い欲望に染められた組織はあっという間に悪名高い裏組織にステップアップ。非合法もなんのその、と構成員が精勤に努めて突き進んで30年、今では他の裏組織や政治家達から頼られる、なんとも麗しい存在に上り詰めたという。


一般人、軍人、超人、遺骸者、現象使い、混じり物、超能者。殺し屋、慮外屋、調停官までが恐れる、裏の支配者。歯向かえば三親等内の血縁者まるごと根絶やしにされるという。根も葉もない噂ではなく、実際に繰り返されているというのだから相当だ。


そこまでやるような機会はめったに無いらしいが、噂というものは恐ろしい。ちょっとでも逆らえば一族郎党皆殺し、で済めば御の字だというちょっと訳が分からないぐらい畏れらているという。


「それだけ組織が頼りにされている、ということだ。畏怖の深さと人の偉大さは比例するだろう?」


「物は言いようだね。うーん、暴力って便利」


「世界最古の通貨単位だからな」


人がまだ獣だった時代から流行していた、最もわかりやすい価値基準。弱肉強食の時代から幾星霜、詭弁や道理、正義といったキレイな言葉でカムフラージュされ続けていたが、本質はいつも変わらない。ドクターの弁舌は鋭く、誤魔化しが入らない。わかり易いようにと気を使ってくれているのだろう。


「つまりは、最も潰しが効くことであり―――持っている者は常に頼られる」


「そこで依頼、ですか」


依頼元は組織の傘下にいる豪商から。10年前より躍進を続け、組織の資金源の一つでもあるデュラン上級商会連合の若き会頭候補である、ケザン・パレエストーネ。資料を見せてもらったが、10年で自分の商会の規模を50倍に、とは凄い……凄い、のか?


「あり得ない程ではないが、才気の塊であることは間違いない。人品卑しからぬということでも評判だ。その上で表と裏ともに一定の信頼を得ているという話だから、もう、あれだ」


「あれですね―ー―とてもうさんくさい?」


「そこにうざったらしい、という評価も付け加えておけ」


頷き、肯定した。年は30の半ばで、整髪料でキめられた金髪が輝いている。顔も上のイケメンで、商会の奥様方からは大変な人気らしいが、ドクターは嫌いらしい。僕はこれといった感想を持てなかったが。


それでも資金力は本物で、組織への貢献具合も他の裏の商会と比べ、頭2つぐらい上だという。そして、ドクター個人の意見はさておき、今回のことを考えればかの人物と商会がどれだけ重宝されているのかが分かる。


常にトップで有り続けなければならないコンフォーコにとって、他の有象無象よりも優先的に依頼を受ける程度には気を使われている。あとは、組織としてはあまりやりたくないであろう、暴力のお裾分けの許可が出るぐらいには大切に想われているということ。何とも麗しい関係だ。


「でも、肝心の依頼内容は? 商会の敵を手っ取り早くぶっ潰したいので組織様ガンバッテ、とか言われても限度が」


「……お前。一週間前のテストで何をやらかしたか、もう忘れたのか?」


「えー、全力を出せと言われたのでででで!」


おしおきの電気ショックが全身を奔った。慣れつつあるけど、やっぱり痛い。無視できる領域に達するにはもうちょっと時間がかかるかな。大抵の痛みには慣れたつもりだったんだけど、新しい手法が次から次へと出てくるとか、人間の科学技術って凄いよね。


「……話を戻すぞ。依頼内容は、ケザン某の娘の護衛だ」


データが送られてくる。期間は一週間。次の会頭選挙が終わるまで、亡き妻の忘れ形見であり、自分の愛娘でもあるエリエル・パレエストーネを守って欲しいとのこと。


「うーん、あれだね。人質にされたくないから?」


「それだけじゃない、狙われるだけの理由があるらしいね」


「ん? そういえば備考に……特1級超能者、分類:精神って」


「お前が選ばれた理由でもある」


テレパス、つまりは精神感応であり、読心能力が使える人類の斜め上の存在。商会の成長を支えてきた裏には、この娘の涙ぐましい尽力があったとか。確かに、一定以上の地位に居る豪商にとっては垂涎の能力だろう。商売相手の思考を人知れず読み取れるなんて、活用しない理由がないよね。


それでも、他の商会などに露見すれば件の人物の信用は地に落ちる。金という弾丸をやり取りしながら、多くの破滅と成功を引き寄せたり飛ばし合わせるのが一流の商人。時には人を活かし、時には人を死なせることがある彼らでも、最低限のルールが定められているらしい。暗黙の了解というやつらしい“それ”を破った後の周囲の対応は、考えるまでもないだろう。殴れる理由があったら殴るのが人だし。


だから、護衛任務には手練を用意する必要がある。でも、重要人物を護衛できるような優秀な能力がある者はダメだ。優秀、すなわち多種多様な情報を多く持つ者だから。護衛として近づいたはいいけど、組織の大事な情報を抜かれる機会を好んで増やす間抜けはいないというお話。


「それで、僕という機械を作ったんですね」


顔はないが気持ち笑顔で質問をすると、両膝を爆破された。なすすべもなく前のめりに倒れ、地面を舐めるような格好にさせられた。


「……どうした? 正解の景品だ、喜べよ新入り。………そう、お前は新入りなんだよ、クソガキが」


悲鳴を上げる僕に、ドクターは低い声で告げてきた。調子に乗りすぎだ、といかにも怖そうな顔で。


「機械との混じりモノのお前にテレパスの類は通じんが、こちらが発する命令は別だ。シグナルはどこまでも届く、どこまででもだ。これ以上は言わんが……分かるな?」


ああ、そういうコトね。ボタンひとつでナノマシンをどうこうできる。僕のなけなしの命を消し飛ばすのに、大した労力は要らないんだ。


《《この特異な能力を使ってどこに逃げようが、決して組織からは逃げられない、能力が高かろうが関係ない》》という絶望の未来をドクターは見せてくれているんだな。


確かに、シグナルは目に見えない。出された命令は防げないということ。内部から爆破されれば今の僕ではどうしようもない。色々と教えられたけど、僕は頑丈だ。そうそう死なない。今もナノマシンの修復機能が働いているし、爆破された膝は戻りつつあるため、後遺症は残らない。だけど、それだけだ。


今の僕の命は、ヘルメットっぽい頭部の中のコアにある。ナノマシンと混じり合った“虚脳”と呼ばれる部位が破壊された時、僕は死ぬ。記憶も思い出も、考える力全てこの機関に頼っているからだ。ここを直接爆破されれば、どうしようもない。命令、指示に従う他に僕の生きる道はないのだ。


「ふん……理解したようだな。他に質問はあるか?」


「ぐ、ぎ……あ、あの。護衛、ということですが、どこまで、守れば」


命さえ有ればいいのか、傷ひとつ負わせないレベルなのか。通常の組織では達成できないだろう、高難度の依頼だという話だったけど。痛がるフリをしながらドクターに尋ねると、予想通りの答えが返ってきた。


「無論、全てだ。――可能であれば彼女の幸せまで守り抜くがいいさ、ジョン・ドゥ」


意味深な笑みと、仲介役の構成員を送るという言葉。それだけを残して、ドクター・アレイサは去っていった。僕はその背中を見送ることしかできなかった。肉と骨がほぼ断裂するという重症だ。これを1分で修復するのは、足りないものが多すぎた。


要改善だな。爆破程度の痛みは我慢できる、というから慣れたから問題はないんだけど、万が一がある。そうして呻き声を出す演技にも飽きたので、色々と考え始めた。そのまま無言で突っ伏し続けて10分後、完全に修復された足の動作確認をしていた僕の元に、茶髪のボン・キュッ・ボンが現れた。


怜悧な眼差しに、切れ味のある顔立ち。うっとうしそうに、茶色い前髪をかき分けながら、不機嫌な仲介役はアゴで指図をしてきた後、無言のまま手元の端子からメールでデータを送ってきた。


今から依頼主の所に行くから黙ってついて来い、ということらしい。


面倒くさがりで無駄を嫌ってそうだな。つまり彼女はズボラさんだ。瞬時に特徴を掴んだ僕は、目の前の仲介役―――自己紹介もメールらしい、名前をテレジア・マイネールという―――お嬢さんに宇宙軍式っぽい敬礼を返した後、彼女が望む通りに無言でついていった。


暗い研究室を抜けて、外へ。第一関門突破と、虚脳内の記憶領域内に圧縮データを保管しながら―――あっエラー吐きやがったこのポンコツ頭。ちょっ、待って待って待ってマジヤバイよアレイサさぁぁん!



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