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アオジシ  作者: 猫文字隼人
3/5

第参話

 問題は道が細すぎて迂回などが出来ず、先ほどの四人組が移動し陣取っているすぐそばを通らないといけない事だった。


 四人は先ほど指さしていた開けた場所でブルーシートや大きな傘を広げてまるで海水浴場にでも来たかのように自分たちのスペースを作っている。


 途中までは和気藹々といった具合だった四人組だったけどなんだか少しずつ機嫌が悪くなってきているらしく口々に文句を言っているように聞こえた。


 嫌だなと思いながらも仕方なく歩いているとどんどん四人組の居る場所に近づいていく。



 無視して通り過ぎるのも流石に失礼だろうし、仕方無く会釈だけして足早に通り過ぎようと思った。



「くそっ! こいつ邪魔! 邪魔だなぁ~!」



 先ほどの毛むくじゃらのおじさんが不機嫌に言いながら撮影スポットとして広げたブルーシート、直ぐ傍に立っているぐにゃぐにゃした大木の幹を蹴っている。


 何か問題でも発生したのだろうか。


 おじさんたちはぼそぼそと陰気な声で言い合いしている。



「……場所ずらします?」


「いや無理だ。距離的にもちょっと近すぎるくらいだしこれ以上は無理でしょう。邪魔するのを狙ったみたいな生え方しやがって」


「……そんじゃさあ、切ります? ありますよ、のこぎり」


「さすがですなぁ!」



 どうやら電車を撮るにあたり、大木の枝が邪魔だという話をしているらしかった。


 おじさんたちが陣取った場所のすぐそばにある大木は、大人が四人くらいは手をつながないと周囲を囲えないくらいに巨大な幹をしている。


 周囲にある岩を飲み込むかのように幹の中に取り込んでいるように見えた。


 大木ではあるけれど高さはそれほどでも無くて、グネグネと歪んだ幹は三メートルほどで頭打ちし、その枝葉を横に長く伸ばしている。


 注連縄などはまかれていないけど、木製の古びた囲いがある事からただの木というわけではなさそうだ。



「ほらね、持って来ておいて正解でした」



 初老の男性が鞄から折り畳みののこぎりを取り出して、毛むくじゃらのおじさんに手渡した。


 どうしよう、注意するか大人の人に言わなくちゃいけないかもしれないと一瞬だけ悩んでいると後ろから大きな声が聞こえた。



「こらっ! おまんらなんばしよっとね! 柵の中に入るでねえ! のこぎりば出して何するつもりか!」



 細かい意味は解らなかったけど、四人組のおじさんたちを咎めているのは解った。



 それまで喋っていたおじさんたちはぴたりと黙り、ゆっくりと僕の後ろの老人に視線を向けると大きくため息をついた。



「ちょっと切るだけですよ。知ってますか、木って枝を伸ばし放題にしてると良くないんですよ。僕の親父は庭師でね。詳しいんですよ」



 毛むくじゃらのおじさんは落ち着いて老人に言ったけど小声で嘘だけどとぼそっとつぶやき、周りの取り巻きがくすくす笑っているのが聞こえた。



「そん木に近づいちゃならん! おまんらは知らんじゃろうけど……!」



 おじいさんがものすごい剣幕で叫びだすと毛むくじゃらのおじさんは「そーなんすねぇ大変ですねぇ」などとにやけた顔をしながら脚立を登って枝にノコギリを当てた。



「やめろっていっとるばい!」


「うるせえぞじじい!」



 おじいさんが半ば掴みかかるようにノコギリを持ったおじさんに喰ってかかると次の瞬間、ぱっと血が散った。


 恐らくは威嚇のつもりだったのだろう、おじさんが振り回したノコギリがおじいさんの腕を切り裂いたのだ。



「ち、ちょっと! 暴力はだめですよ!」



 僕と色白の男性の二人が慌てて倒れたおじいさんに駆け寄って傷の具合を見た。


 結構な出血量だが、皮一枚といった具合で、それほど傷口が深くないのは幸いだった。


 ノコギリを持っていた毛むくじゃらのおじさんはバツが悪そうに、すねたような顔をして黙っていた。



「おじさんたちは大人なのに、ちょっとやりすぎですよ!」



 たまりかねた僕はついに大きな声をだして抗議した。



「は……? あのね、見りゃわかるでしょ。正当防衛って知ってる? ガキじゃわからないかもね、ハハッ。言っておくけどそのじじいが暴行してきたから俺はそれを躱しただけ。じじいが勝手に怪我したくせに俺のせいにされてもこまるんだけど」



「それはおじさんたちがおじいさんを無視して木を切ろうとしたからで……」



 おじいさんは腕が痛むのか顔をしかめて黙っている。細身の男性が包帯で傷口を縛っていた。



「いやそりゃ切るでしょ。フレームに完全に被るじゃん。

 君はスマホでパシャパシャ撮るだけだからお気楽だろうけどねぇ、こっちはわざわざレンタカーまで借りて機材も揃えて何時間もかけてここに来てるわけ。

 遊びじゃないんだよ。

 おじさんたちさぁ、写真に人生かけてるからね、本気なの。

 生半可な覚悟でここに来てないから。

 オリンピック選手だってそうでしょ。あの人たちは人生の美味しい物や楽しい事を犠牲にしてそれで結果出してるんだよ。

 だから俺達も結婚もしないし子供も作らなかったんだ、あえてね。

 それはこういう千載一遇のイベントでかならず参加できるようにするために必要だったの。

 それに何も生きてる動物を殺すとかそう言う話じゃない。

 邪魔な枝を切るだけだし、むしろこの村の人だってこの道が通りやすくなって喜ぶと思うよ。

 まぁ君みたいながきんちょやボケかけたじじいに言ってもわからないかもしれないけど」



 ものすごい早口で一気に言い終わると最期に「はいお疲れ」とだけ言って目も合わせず顔をそむけられた。



「そっすね、神木じゃあるまいし、枝位すぐに生えるから大丈夫」


「……そうそう。それにしても近頃のガキは車に乗せてやった恩も忘れて礼儀やマナーってもんを知らないんだな」


「突然襲い掛かってくるジジイもジジイでしょ」


「まぁまぁ、子供相手ですからそうムキにならなくても」


「いや、子どもだからきっちりこういう事は言っておかないとろくな大人にならない」



 この人たちは自分のことを客観視できないのだろうか。酷い言い様だったので僕は我慢できずつい言い返してしまった。



「僕はともかくおじいさんに暴力ふるったのは言い訳できないですよ! 警察とか――」


「あのさあ!!!」



 突然毛むくじゃらのおじさんが目を血走らせて地面をダンと踏みつけて怒鳴った。

 僕は大人からいきなり大声で怒鳴られる事なんて初めてでびっくりして硬直してしまう。


 続けて三度、地面を踏みつけたおじさんは「ああああああー!」と甲高い奇声を上げると猛烈な勢いで怒鳴り出した。



「ごちゃごちゃごちゃごちゃうるさいな! お前なんなんだよ! 

 切らなきゃ電車撮れねえだろうが! だから切るんだよ!

 お前らみたいな一般人と違って俺たちはさぁ、貴重な車体が一番綺麗になる瞬間をさあ!

 撮影して公開する義務があるんだよ! 俺がフォロワー何人いるかしってるか!?

 1200だぞ馬鹿! 1200人もの皆が期待してんだ!俺にさぁ!

 それを知りもしないで俺ほどの有名キャメラマンによくもそんな小言いえるな!

 1200だぞ! あ!? 解るか! フォロワー1200! なあ!

 解ったら邪魔すんじゃねえガキ! じじいつれてとっとと消えろ!」



 甲高い声でそこまで一気に口にしたおじさんは興奮した様子でどけよ!と僕の肩を突いた。

 僕はそのままおじいさんの隣でよろめいて尻餅を着いてしまった。



「痛っ!」



 瞬間、激しい痛みが手のひらに走る。どうやら地面に転がっていた砂利で手のひらを切ってしまったようだった。



「だ、大丈夫?」



 先ほど一人だけ庇ってくれた色白の男性が駆け寄って傷を見てくれたけど、他のおじさんたちは気まずそうに無言でもじもじしているだけだった。



「お、お前ら子供にまで手ばあげて……情けなかぞ!」



 怪我をしたおじいさんまでも怒っている。



「うわ、酷い……あ、絆創膏があった! ちょっと待ってて!」



 色白の男性が慌てて財布の中をさがして、大きめの絆創膏を見つけて手のひらの傷口に貼ってくれたけどすぐに真っ赤に染まってしまう。

 結構傷口が深いらしく、地面にもいくつか血の痕が出来ていた。



「あの、大丈夫です。この先に祖父の家があるんでそこでちゃんとした手当してもらいます。おじいさんも良かったら一緒に行きましょう」



 僕は手のひらが痛いし、おじさんたちと干渉するのも嫌になっていた。

 強く圧迫する事で何とか出血も止まったようなのでそれで良しとする事にする。


 すまないと謝ってくる色白の男性にだけ絆創膏のお礼を言って、おじいさんと連れ立ち足早に立ち去る事にした。


 もうこんなおじさんたちに関わること自体にうんざりしていた。



「……その怪我のこと、言うのか?」


「え……?」



 ようやく終わったと思ったのに背後から毛むくじゃらのおじさんの震えたように上ずった声が聞こえた。



「怪我のこと言うのかって言ってるんだよ! じじいもよ! お前もう中学生だろうし、言いつけたりしねえよなぁ!? 車に乗せてやったもんなぁ!?」



 毛むくじゃらのおじさんがこちらを向きながらも一切目を合わせず手を握りしめてぶるぶる震えながら威圧するように叫んでいる。


 なんだか僕の知っている大人のイメージとは全く異なるおじさんの様子を見ていると怖くなってきた。



「もうあの人たちのことはいいから行きましょう。歩けますか?」



 痛みに耐えているおじいさんを連れて僕はおじさんたちをしり目に歩き出した。



「なぁ! 言うなよ! 子供じゃないんだからさぁ!?」



 後ろからずっと叫んでいる声が聞こえている。

 乗せて貰った恩があるからあまり良くない事を考えるのはやめようと思ってはいたけど、流石におじさんの反応はおかしいと思った。


 僕は侮蔑を込めて最期に一度だけ軽く会釈するとそのまま無視して怪我をしたおじいさんと一緒に祖父の家に向かった。


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