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一晩たった後、小さい窓から差し込んでくる光が自分の顔を照らした。
意識をぼんやり取り戻している最中、自分が横たわり、何か暖かいものに包まれていることに気づいた。肌触りのあまり宜しくないシーツの感触と、背中で感じる全身に固くひんやり冷たいものがあることから、床で寝ていたことはすぐに分かった。
自分はゆっくり目を開けてみた。まぶたを動かすたびに眼球が空気にふれる面から痛みを感じる。今、鏡でみたら徹夜明けの作家と変わらないほど目が真っ赤に充血しているのだろう。早く持ってきた目薬を差さなければ。
ぼやける視界の中、自分の空間を目の動かせる限り見渡した。自分の顔を照らす直射日光の他は何やら薄暗く、周りに何の気配も感じない。
此処はどこだろうか?
土地勘の全くない東京の人通りのない路地裏で倒れて、この無音の生命観の感じられない部屋の床で寝かされていたのだ。何か良くないことがおきるような……。この沈黙からくる孤立感が自分の意志を揺さぶり、存在を無意識に攻撃するように感じられた。
まだ、意識が朦朧としている中、冷たく固い床に手をつき、無造作に起き上がる。
窓枠の影の形から、ガラス部分が細かく分かれていることに気づく。
「あれ……。」
慌てて後ろの広い空間を見る。そこには空間を碁盤の目状に割られた、鉄の棒が自分の行く手を遮っていた。
「あれぇえ?」
二回も疑問系の声を上げる。
目が覚めたら、自分は捕まっていました。
○ ○ ○
「おい!!いい加減吐いたらどうなんだ! 」
殺風景な小部屋に三人、一人は記録係、他二人は机に向かい合って座っていた。土屋刑事は目に睨みを効かせ、目の前のボサボサ頭の十代の少年に向かって問い詰めている。
目の前の少年は前日に発生した少女のペブロを使用した現場に一緒に倒れ込んでいた。
鑑識が推定したメダリア階級は八級(伊~止級の全七段階。メダリア変換の程度、威力を示唆する。)で、打撲や軽い火傷を負わせるのに十分なものである。
現状、三人の少年少女の供述から、ペブロの使用はこの少年を恐喝目的に使っていることは分かっている。問題はその先の外殻超能力者相手を含めた三人相手に素手で倒したことだ。
超能力の情報は一般には正確には認知されていないといえる。ただ殴ってくるなら、殴られたり、かわすと言った予想や決断がつけれるが、超能力がどうやって、どこから、どういう風に、あんな感じどんな被害がある程度起きそうなのか実際に予想できないのである。
あまりにも突発的な、初めて見る訳の分からない光景にそれを呆然と見ながら、立ち尽くしてしまうのが当然である。
威力の大きくなった八級だと余計にそうだろう。しかし、この少年は迷わず飛び込み、メダリア変換中の漬け物石をぶんどって投げつけたのだから異例である。
取りあえず状況を少年から確認しようとも、深く眠っているようで、強く揺すって起こそうとしても全く起きない。
そのまま放置しておくのもいけないので、他の三人のいる最寄りの警察書に連れて行った時、巡査部長の俺からしたらかなり偉く、尊敬する警視が少年の顔を見て、
「ああ……。取りあえず、この子牢屋に入れておいて。」
その様子は半目状態だったので、何か因縁あり?理由あり、大事件!と確信し、一晩開けた今日、直行(一応、任意同行。)で取り調べしている。
大事件だと、大きな手柄になるし、あの警視から自分の評価が高くなる。しかも、横にあるマジックミラーの向こう側には探田先輩と一緒に自分を見て下さっているから、より一層熱が入る。あの人は警察官としても女性としても立派だ。
そんなことを思うと、より一層力が湧いてくる。
「とっとと白状しろ!この馬鹿たれが! 」
「あーあー。言っているな。土屋の奴。」
薄暗い部屋の中、自分の直属の上司である警視殿と自分が教育係になっている土屋の取り調べを見ていた。相変わらず、勢いだけのものだな……。
少し失望し、それから視線を外さないまま、小さく隣にいる女刑事に聞いた。
「約束を破ったからと言って牢屋に入れるのはやり過ぎじゃありません?突発的な要因も含めて登くんの処遇は。」
「約束したことを破るくらいなら、ゲンコツでいいですけど……。見境もなく、堂々と人通りの少ないところで、気を失っているとはいえ、犯罪者の目の前で寝るとかありえないでしょ。そのまま拉致されたかのように牢屋で反省させないと……。」
よくも、この人の私生活に上手くあの子対応出来るよな……としみじみ思う。
「で、土屋の様子はどうですか?……開いた口が閉じませんが。」
「力強さは認めるが、人との駆け引きに成り得ていないな。深く見て、ある程度把握していないな。そこ頼むね。」
はい。としっかり探田は返事する。間髪入れずにではと続ける。
「目の前で必要以上な理不尽な言及を我が子にしている奴を見ると? 」
女刑事はふっと笑う。
「ヘドが出るね。……どちらともに。」
「土屋ありがとう。私の私的な茶番に突き合せてしまって。」
「あ……あ――。」
「え……あの……警視? 」
突然の展開の速さに、土屋刑事はさっきの威厳は何処へやら、動揺を隠せない。
数十秒後、取り調べ室に入室した女刑事…警視庁超能力対策課 課長 折原真央警視の血縁関係を知り、警察署内に絶叫が木霊した。
「はあはあ……。」
月が満ち足りてない夜空の中、今宵は警察がご丁寧に照明灯を自分へ照らしてくれた。怪盗×は最初から繰り出した大技による歓声にまんざらでもなかった。
ここは私が主役である。ヤッホーと嬉しい反面、最高のエンターテインメントを提供しなくては。という使命感を何度も言い聞かせる。それらのことを繰り返すたび、両手の縄を強く握りしめる。
「おい。そんなの知るか!とっとと、離せ! 」
白い仮面に向かっていつもの怒声が轟いた。
チッ。読まれていたか……と目の前の怪盗×の舌打ちの動作をするが、無視しゆっくり歩いてそいつに近づく。途中で奴から少し離れたところで包み囲むように待機していた武装警官隊がポカンと口を開けたままだったり、防護盾をうっかり落としてしまったりしていることに気づく。
目の前の怪盗×を中心に、今さっきまで建物を包囲していた三百人規模の武装警察官が、一斉に膝を折り、腕はだらんとを力なく垂れている。
警官それぞれの肌を触れば、温かい体温と脈があり、この怪奇技を受けた人は死んではない。ただ全員が同じようにマヒや金縛りにあったように微動だせずそこに存在する。ただいつも沈黙中で起きる、誰もが共通した驚愕の表情であることを過去九回の経験と照らし合わせて、変わっていないことをチラッと確認した。
空間捕縛術・技『ナモイ結び』。特殊なロープの先にフックを着いたモノを自在に操る。対象物にロープが纏わり付いたら、先の手錠を腕にかけ、間接や筋肉を縛り上げる。
怪盗×はこれを両手二本の伸縮性のかなりあるロープで多人数相手に行っていると単純なものだ。警官のいる隙間の視線を変えるとキラキラとした線が、編み目のように入り組んでいることがわかる。
もう十回目で近く見ていると慣れたよな……。元々、空間捕縛術は一尊敬の意を送る警察官がペブロ使用者(超能力者)に向かって投げ縄で捕獲成功からで、警官のスキルが泥棒に使われるとは……。そんなことより、今思うとあんな頭が空の奴に最初捕まった私は情けないよな~。
そんなことを重いながら、愉快犯を下目で見つつ、もう一度叫んだ。
「離せ。怪盗×。」
「他の奴は少し静かにして貰おうか。」
怪盗×がロープを巻き戻していくと連動したかのように、バタバタと警官は倒れていく。ロープをつたって高圧電流を流したのだろう。前に一度やられた。
折原は倒れている警官の体や足を踏まないように跨いでいく。川を抜け、ただ眠っているとはいえ、死体にも見える囲いの空間に刑事と怪盗がいるという異様な光景がある。
先に口を開いたのは折原だ。それはいつもの呆れ顔だ。
「で、いつも言っていることだが、お前は何のためにこんな馬鹿げたことをするんだ? 」
「そりゃ。もちろん。」
それを合図に怪盗×はにやつく。
「×を○にするためさ。」
やっぱりそれか……。訳が分からない。折原は深くため息をする。
そのまま無線機に手をかけ、一言舌打ちする。
「富士野来い。」
聞かれていても隙がないタイミングでそいつが忌々しい快盗に鉄拳を喰らわす。




