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「たく……。よくもこんな狭いところでぶっ飛ばすよな。」
「目に見えない陰で起きる犯罪……ですか?ペブロを使った。」
当たり前だ。と先輩刑事が一言。
数時間前まで、登と金髪二人と妄想女がいたところに普段ではありえないような人数の捜査員が押しかけていた。その通路で、テレビドラマでお馴染みの作業着みたいな制服と帽子を身につけた鑑識員が自慢の器具を使って、変哲のない辺りを調べていた。
そんな最中も、そこそこの程度で出入りを繰り返すので、進行の譲り合いや肩がぶつかったり、運悪く足が突っかかり、つんのめったりする危ない状況だ。
そんなちょくちょくぶつかりつつも、無事脱出した地味な黒地コート姿である歳は四十ぐらいの警視庁超能力者対策課(通称 超対課)第零班所属の探田警部補は最近配属されたばかりである同所属の土屋巡査長を引き連れ、メダリア反応のあったこの場所に来ていた。
メダリアとはある物質を用いて、エネルギー変換を意図的に操作することである。妄想女がP腕輪(警察用語ではペブロ)と呼ばれる器具を使い、漬け物石の位置エネルギーを落下という運動エネルギーに変換しない現象もこれに入る。(位置エネルギーが変わらないおかげで、登が女に石をぶん投げても重力に引っ張られず、そのまま放った速度をほぼ保ったまま平行に飛んでいってぶつかったのだが。)
つまり、漬け物石は何か見えない力で浮かされている訳でなく、下に落ちる運動を封じられていることにより、その場に留まり続けていれるわけである。
ペブロはメダリア変換初心者でも比較的扱いやすく、エネルギー変換に水門を楽に開閉するかごとく確実な働きをする。有効範囲内の広さは少しの距離なら離れた対象にも適応する程で、手を触れずにモノを持ち上げられる(サイコキネシスが使える)。
又、メダリア変換応用例としてペブロ内の回転する粒子の運動エネルギーを熱、光(妄想女はこれ)、電気等のエネルギーにメダリアする。それぞれの威力は小さめなものの、人目からは超能力を使っているように見え、ペブロ装着者を『外殻超能力者』と呼ぶこともある。
このようなメダリア関連の研究結果は、大昔の永久機関の論争を彷彿させるモノとして論文発表当初は全世界の学者からシカトされたものの、ある科学者の尽力があったにも関わらず、その有用性を戦争に使われ、皮肉にも傷跡から全世界的に認められた。
ただ、このような都合の良い働きをするペブロにも幾つかのデメリットがある。というかペブロ及び、メダリア変換に関係する器具や機械、武器の製造、販売、所持は世界レベルで禁止されている。
こんな社会的要因の背景には、二十、十五年前の二回も国際レベルの戦争の被害(一つの無国籍集団が独自研究で製造したメダリア変換を利用する破壊兵器)によるものでもあるが、それを上回る無視できない大きな一つの副作用があった。
メダリア変換の際に放出する物質には人間の興奮や達成感などを司る神経を誇張させるものであった。
要するに……。
○ ○ ○
「麻薬のように気分が良いような偶像を見せ、その依存度はその数十倍。幻覚や耳鳴りによる苦痛はその百倍という研究結果が出ている。……目の前みたいな廃人を指すためのね。」
自分を奴隷のように使う母親と同じぐらいの歳の女刑事が隣に立ち、そう言ってきた。
目の前には狂犬のごとく歯を剥き出しにし、体の至る所から体液という分類に入るものが出てはその後から乾き、生臭く、今でも襲ってきそうな。に…逃げたい。
もがく人の形をした化け物に入った檻を、先程P腕輪所持で逮捕されたコートの女子は鼻に格子がつくぐらい接近して牢屋の中を見ていた。そこから動いてはいけないと、足下にはご丁寧に小学校の通学路にありそうな足跡の形をした塗装がご丁寧にもなされてある。
ペブロ中毒者の症状を表す特徴や写真は、学校や町中の『薬物乱用防止キャンペーン』で、麻薬中毒、覚醒剤といったものとセットで見る機会があるが、目の前のは、映画やテレビで見るホラー系やグロいモノとは違う。
何しろ、リアルな声と視覚情報。そして一番にこの臭いが耐えられない……。
なぜ、ペブロに手を出した時の鬱状態の自分の行動は何だったのか……。
今にも頭を抱えて蹲りたい。目の前から背けたい……。
そんな葛藤を脳裏にグルグル循環させながらも、いざ体を動かそうとすると、隣に立つ薄い化粧でニヒル笑みの女刑事の目と合った途端、金縛りに遭ったように体全体が動けなかった。
そんな最中、後ろから制服姿の男警官二人がスッと牢屋の中に入り、目の前の男に慣れた手つきで手錠をかけ、二人がかりで脇を抱えながら後ろを通って何処かに行ってしまった。
「さて。」
一言言った後、女刑事はこちらの方に体を向けた。私はゆっくり首を回した。
「あなたは今からここに入って貰うよ。牢屋も沢山じゃないからね。」
そう言いながら、後ろに手を回し、ギーと甲高い金属音を鳴らしながら骨組みで堅牢な扉を開けた。
「えっ。」
突然の言葉に頭が一瞬白くなる。
現在自分は法を犯し、警察に囚われの身であり大きな事は言えないが、この空間の前の使用者の姿と数分前のあの状況だったところを考えると、かなり抵抗がある。たぶん、無意識の内に泣いてしまうような。
そんな罪人の少女の様子を悟ってか、女刑事は続けた。
「大丈夫よ。新しいシーツや毛布も直に来るし、あなたが入る直前になっている状態で一時待機所で前の人は居ただけだし。」
趣味が悪い。本心は絶対違うことであろうと微笑みかけてくる女刑事と思う。
「それに、あなたの仲間の金髪の二人はペブロ中毒者が主にいたところだよ。失禁や嘔吐、下痢が数十分おきに酷かったから。そういうところに女の子をいれるのもねぇ。」
より一層微笑みを大きくした女刑事に見取られながら、肌寒い牢屋の中に入った。
それから一人、少女はずっと自分のこと。関係するものについて考えた。




