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自分のいる高い建造物の下から、ウ~という独特のサイレンと共に白黒の車体の上に赤色灯を載せたパトカーが停まったのを悟った。
間髪入れず、反射的に大切な人物に宛てる執筆中の固い手紙の表示を消す。携帯をポケットに入れ、口にあるジッパーを閉じる。次々とサイレンの音が近くなり、消えているので、わざわざ下を覗き込まずとも、かなりの警察官が到着していると推測できる。
今、目の前の空間には自分を包囲するための指示や配置に就いたという警察無線が飛び交うのだろう。三百六十度見渡しても、この街を縦横無尽に駆け巡っていた赤色の列が吸い込まれるようにこちらへやってくるのを確認した。
「難しい話の最中なのに……。」と悪態を吐くが無情にも自分へと集まってくる蟻に言っても仕方の無いことだ。
別にわざわざ警察無線を盗聴する手間をしなくても、自分が持つ“感受器官”を使えば、下にいる現場の声はもちろん、最寄りの警察書に設置されている対策本部のおっさん刑事の声までお手軽に聞き取れるからだ。今まで、九回も続けてきていとも簡単に警察を出し抜いてきた。
……我ながらチートだと思う。世界でもトップクラスの組織がこんなに腑抜けだと心配になっても来る。もちろん弱点はあるが……。
懐から、細い銀鎖で繋がれた夜の街からの脚光を浴びた銀色の懐中時計を取り出す。予定より三十分早いが、行動に移す。近くにヘリの駆動音が近くなっているので、発見されるのも時間の問題だ。
一歩一歩と高度三百メートルを超えている建造物の縁に立ったとき、もう一度、眼下に広がる都会を見た。粒みたいな光が無造作に動き続けている。五年前から比べると、かなり建物と都市機能がよくこんなに急速に整備されたものだと思う。
目を瞑り、自分の使命を確認する。自分が“特異な能力”と向き合えたときに、あいつからこう言われたものだ。「見て見ぬふりをしないでね」と。
分かったと答えたと同時に目の前がより一瞬にして、明るくなったと感じる。
機体に『警視庁』と書かれた、パタパタ夜の都会上空を飛行する、水色基調のヘリコプターは建物の縁にいる連続愉快犯の男の姿を、搭載しているサーチライトで照らした。
その男は全身を黒で基調にしていた。そこまで胴の長くない小さめのシルクハットをかぶり、顔は特徴的な目元を覆う白い仮面を身につけ、黒いマント姿だ。
首もとから下は、防弾加工である身体に密着した戦闘服を身につけ、黒い樹脂製のブーツ。マントが風に煽られ、露わになった腰には、ロープが左右両側に何重にも巻かれ、先端にフックみたいな金属製の丸いものがあり、ぶら下げられていた。
別に男には興味ないんだよな~というヘリ操縦士のぼやきが言い終わると同時に事態が動く。
突然、黒装束の男はスゥーと胸を膨らませ、冷たい空気を体に取り組んだ。体の芯まで酸素が回ったなと思ったところ、勢いよく空中に向かって跳躍を見せた。
慌ててライトを黒い奴の姿を追うが、ライトが追うより黒い男の落下の方が早い。一直線に、建物に沿って落下していく。
「落ちてきますね。」
一言、双眼鏡を目から離しつつ、昔から知る部下の刑事が言った。自分も肉眼でヘリの照明より早く、あの黒い奴の姿が壁に沿って落下してくるのを確認する。
奴が吹きさらしで立っていた三百メートルを超す高層ビルの周りには、警官が盾を持って横で包囲している。現在、たった一人の愉快犯に約七千人規模の捜査員が動員されている状態だ。
だが、あいつはこれでも捕まらない。先程、囮に協力してくれた一般人から、ビルに突入していた捕獲隊が倒されたと連絡されてきた。ビルの至る所から黒煙や非常ベルが鳴っている事から判断して、ビルのシステムや小道具を使ってあの上で悠々立っているのだろう。
二十人の精鋭が奴の餌食となった。
たくぅ……。一年前、新設の部署と四人の部下を預けられたと思ったら、ここ一ヶ月に一度のペースであいつに振り回される。今思えば、『非科学的対策室(略 非科室)』という胡散くさい名前から判断すべきだった。しかも、新しく合流した部下数人が曲者だらけで、とても扱いづらい。
仲間も仲間で、犯人も犯人である。奴の担当も上からの見解として、「似たもの同士だろ?」という記述を見つけた瞬間、力んでつい二つに破ってしまった。
ついつい愚痴が連なってしまったが、このことを含め、しっかりと脳裏にトラウマが記録されたのか、他の事件を追っているときも、あいつの姿が頭から離れないのでどうにかしてほしい。全く、あんな大の大人が悪戯過ぎて困る。絶対、こんなことにはならないよう、せめて自分の子供にはしっかり言い聞かせよう。
「折原警部!!あなたはもうすぐ三十路の哀しい独しグハアッ!!」
デリカシーのない部下にボスとしての鉄拳制裁を与える。丁度、一ヶ月のアレのときに刺激したのが運のつきだ。そのまま数メートル吹き飛んだところを確認したところで視線を戻した。
たく……何でこう…私の部署には変人揃いなのだろうか。そして、いつもあのバカらしい奴がピンポイントにこの時期を重ねてくる。
私のイライラを助長させるあの忌々しい奴に拡声器で怒鳴りつける。
刑事のその言葉を聞き、『怪盗×』は笑った。
「これで、最後だ。」
両脇のロープに手をかける。