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「はっ。」

 登はベットの上で覚醒した。

 鼻孔を刺激するきついツーンとする薬品の臭い。あまり使い込まれていない堅めのシーツの感触。首筋のひんやりとする感覚――。

 ここはどこだと周りを見渡し、ピンクのカーテンで囲まれていた事に気づいた。遠くの方から規則性のある時計の針の音が聞こえてくる。

 ぼーと天井を見ながら、登はなぜここにいるのかを考えていた。やがて今の状況と首を動かした時に発した痛みから、気絶する何が起きていたのか思い出した。

 ただの女子高生が、病院に搬送されるまで首を締めつけるとかあり得ないだろう……。しかも目の前でスマホを握り潰してからだし。

 取り敢えず人がいないか探してみる。見知らぬ空間に不安を感じていないと言えば嘘になるが、しっかりとここまで移動した経緯は知っておきたい。首を絞めたあいつは何所に居るとかも含めて――。

 自由の効かない腕で藻掻きながら、身をゆっくり起こして、掛けられていた布団を剥がす。ちょっと抵抗が……。

「あっ。」

 僅かに小さな叫びをあげる。左脇に掛け布団の上で一点に抑えつけていた頭が入り込んできた。

髪は下ろしているが、艶の持った初めて美しいと思った女の子の黒髪。うなじにかけての細い滑らかな曲線を生んでいる後頭部。そして寝返りを打ち、こちらに大きな瞳を閉じ、桃色の小さな唇と小鼻を見せ、気持ちよさそうな寝息を立てていた。

「スー、スー。」

「…………。」

 やっぱり、寝顔は可愛いよな……こいつは……。

自然に左手で彼女の顔を撫でていた。顔に掛かっている髪を後ろへ寄せて、頬を伝い、柔らかそうな唇に指を――。

「う……うーん……。」

 椿は起きた。



 約三十分前――学校の保健室で目覚めた椿は、先生から気絶した自分を登が鬼の形相でおぶって連れてきたと聞かされた。ベットの上で私を寝かすと、登自身も貧血で倒れて隣で寝ている。ということで今に至る事だ。

 昼休憩まで後三十分を切っている。体調は回復したので午後から出ますと先生に伝え、登の眠りようを確認して先生は部屋から出て行った。

 もう一度眠ろうと布団をくるみ瞼を閉じるが、徹夜の疲労は今さっきの睡眠で無くなっているようで、なかなか二度寝は出来なかった。

 数分で断念し、上半身を起こしたままボーと数分が過ぎた。時計の針の動く音が部屋の中を響き始めた頃、隣で小さく寝息をたてているあいつが気になった。カーテンをレール沿いに横に移動させ、仰向けで寝ている姿を見た。

 一番に目に入ったのは自分が締めつけた首筋だった。アイシングをしている包帯の裏をそっと覗くと、一回りにアザが出来ていて、あまりにも痛々しく腫れ上がっている。

 それはインナーとして今も着ている快盗スーツのオーバーアシストが働いている事を証明していた。本来は明日の計画のために作ったもの。それもメダリア階級推定へ級(武装隊と一人で殺し合える程)の人を捕まえるモノであって、無関係な彼を傷つけるモノではない。

幸い、先生が言っていた通りにただ貧血で倒れた様で、呼吸も安定しているようだった。が、昨日のディクの件と言い、またもこの人に私が管理すべきもので危うく殺しかけたのだ。しかも手錠をかけていたのを忘れ、自由の効かない状態でだ。

 申し訳ないで済まされない。

 どうすれば良いのだろうか……。



……はっ。しまった。彼の顔を見たまま、マットレスを枕に眠ってしまった。

 慌てて飛び起きてぼやける焦点を彼の顔に合わせるが、私と同じように慌てている様子を見て、開いた口が塞がらない。

「ご……ゴメンね!たく、俺は何をやっているんだ……。昨日の君の義手への誤解を招くような反応と言い、今の事と言い……。」

 ベットの上で、横で膝立ちになっている椿に向かって、言おうと思っていた陳謝の言葉を全部放出していた。

「とにかくゴメンね!!本当に。」

な、何なの? 何で謝ってくるの? なぜ!!

 自分が言おうと思っていたほぼ全ての言葉をすらすらと先に私へ話してきた。本来なら私が一番に言っておくべき筈の言葉をペコペコと頭を下げる。

 二回も生死の境目まで送った相手になぜ!?

昨日の恥ずかしいけど服の乱れた半裸姿を見られたのも、最初は超能力者に対して動揺しない精神の強い奴の実力を見て、協力した貰うために仕掛けたのが原因!

期待した分勝手に興ざめ、逆上した私が着けた手錠で自由を奪い、ディクに叩き潰されかけていたのも私が原因!

友人から送られてきた天敵の画像に驚いて飛びかかり、強い力を持った腕で絞め殺しそうになったのも私だ。

 情けない。私は本当に情けない。鞄を直したくらいで許して貰おうとしていた私が恥ずかしい。

 なのにどうして貴方は、昨日の不可抗力を!!私の左手を気にしているのか!!

「登さぁ……。勘違いしないでくれる……。」

 椿の登に対する感情は謝罪から怒り、何所からかこらえきれない嫉妬が込み上がってきた。燻った想いが少女の中でこらえきれず、ぶつけに掛かっていく。

 涙目になって睨みつけている椿の姿に、登は固まった。

「最初、木の上から落ちてスカートめくれたのも、ただの事故だから。別に誤られても……。」

 いや。登は落ちてきた私の身を案じてくれたんだ。

「そして、私の左の義手や義腕が抜けただとかで、大きな反応見せて……。」

 それなのに、こんな荒ぶった声で登を怒鳴っているんだ。古川椿!!

「私が身体障害者だと知って、慣れ慣れしく下手に声をかけないでくれる……。」

 しっかり、同じ目線で戸惑いながらも私に話しかけてくれただろう。

「生きているプライドがしっかりあるんだよ!!」

 どうしてこんな悪態しかつけなくなっている!

「グチグチ言ってくるなこの馬鹿野郎!!」

 私はどうしようもない、大馬鹿野郎だ!

 誰か私を助けてくれ……。



「ちょっと。」

「?」

 言葉を言い切り、心が倦怠感に縛られ、叫びの余韻を残す小刻みに震えている椿の体が強引に強い力で引き寄せられた。

「えっ。とっ。えっ?」

 訳が分からずただ為すがままに動かされた椿は、ベッドの上に全身を載せられ、頭上から登の腕に繋がれている鎖を背中に通され、ギュッと抱きしめられた。

「な…何を……。」

 突然の事に戸惑う椿。当事者であるヘタレ登でもあまり考えておらず、「ただ、体が動いた。」自分でもびっくりするくらい、ゆっくり優しく言葉が出てくる。

「君の心は良く分かった。」

「な…だから、あんたのふる#$%&。」

「取り敢えず落ち着こうな。」

 強く引き寄せて一層椿と密着していく。登の中で息を整えていく。次第に相手のぬくもりが体全身に感じ易くなり、互いの心臓の鼓動が伝わって歯がかゆいような緊張感が高まっていく。   

登は続けた。

「あれだよ。け、結論から言うと互いに背負いすぎだよ。」

「えっ。でも……。」

 椿が『昨日の事』をまた頭の中で横切る前に言った。

「僕は君の嫌がるセクハラ的な件に対して自分の責任を突き詰め、君は管理しているモノが暴走し、危うく僕を殺しかけた責任を突き詰めている。」

「……。」

「前者はただ謝ってそこそこの誤解を解ければ、僕が冗談抜きで命を落としかける事は無かった筈さ。」

「でも、ディクの暴走や快盗スーツのオーバーアシストの制限を解除してしまった事実は私が注意を怠ったから……。」

 登は相づちを打った。ここから声を少し強くした。

「そうだよ。これだと君は納得しない。してはいけないという責任感があって、優しい心を持っているからなんだ。母さんを含めた多方向から言われて、自分でもそうなろうとしているけど、ここまで純粋に優しい人に会ったことはない。」

「…………。」

 椿は一粒の涙を流した。さっきの悔し涙とは違う何かを。

「僕の命はここにある。自分をそこまで責めないで下さい。」

「でも……。」

「君のスパッツ姿を胸の奥に閉まっておくから。」

 距離の近いところでニコッと愛嬌のある笑顔を見せた。それを登の懐で暖かい温もりの中で見て、初めはキョトンと狐に摘まれたような反応を椿は見せた。次第に椿の笑みが綻びつつも、それを引き金に溜めていた。堪えきれない嗚咽が止まらなくなった。

「ハハハ……これで良いんだね。」

「これで良いんだよ。」

「何か上手く騙されたような…。」

「はい。騙しました。」

「本当に……もう。」



「ところで、あまり外見から見た感じそんなに差異が無いと思うけど、あの昨日の夜に着ていた黒いスーツからどうしてあんな力が出るの?」

「ああ。それなら、脱いで見せたら早いよ。」

 椿は泣いた後の鼻声で、登の素朴な疑問に答えた。

 登は最初、違和感を感じながらも最終的には気づいて慌てて椿の両手を掴んだ。

 ガラッ

「どう。椿?起きている~?鬼みたいな険しい顔で運んでくれた王子とはどう?」

「どう。登?今さっきかなり怖かったけど、姫と隣り合わせで寝てどうだった?」

「!」

「!」

 二人の悪友から見て、保健室のベッドの上で若い男が服のボタンを外した半裸状態の若い女の手を取り合っている絵図にしか見えなかった。

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