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「捕まえたのか……。」
探田は呟いた。
隣には副室長やディクから出た搭乗者。その他の同僚と言った非科室のメンバーが中心にいた。気絶させられた警備員の撤去が完了し、数少ない捜査員がただ二人の姿を見ていた。
一人の方は『ナメクジ』を手にしてエネルギーの網を仮面の男へ照準を合わせ、もう一方は影になって見えないものの、襲撃によって出血を引き起こしている状態で身を起こし、女刑事の方へ向かい合わせていた。約二メートル離れた二人は共に黙ったままで微動しない。
片手を着いた黒マントの白い仮面と立つスーツ姿の女刑事を囲む空気は異様な静けさを醸しだしていた。周りのあるものが決して動かず、風の動きや塵の浮遊をスローで見ているような遅さともどかしさを感じる。
先程の探田の呟き誰も反応せずに沈黙の空間に消えていくのが早い。一音の余韻が消えてから、それは数分後まで続いた。
「ああ!畜生!」
全員が立ったまま固まっているのが苦しくなったと感じた始めた後に、上司の怒声が木霊したので、捜査員一同我に返り再度身を引き締めた。
毎度の様に素直な反応を見せる部下をよそに、眼下の血まみれの快盗に向かって体を一歩も崩さないまま睨みつけた。
「やってくれるよね……。怪盗×!!」
「いや。やってくれるよね。って、言われても……。“縄”で私に勝負を仕掛けたのが悪いよ。」
顰め面の折原とは対照的に、にこやかな笑みを見せた怪盗×。
その麻痺した右腕で『ナメクジ』のエネルギー網を絡め取り、微かに動く左手で真ん中に飛ばした折原の手錠を捕まえて、逆に折原の足へ投げかける捕縛術の体勢を構えていた。
押せば左手に持った手錠で警備員の二の舞、逆に銃を捨てて格闘戦に持ち込んでもあっと言う間に間合いから離脱し、とっと逃げてしまうだろう。九連敗の校訓の元にこの手の状況に死角無しと言うことは分かりきっていることだ。
一ヶ月、策と訓練を練り上げてきた準備の最後に爪を誤った。これから何をすればいいのか?この駆け引きが求められる策を作っておらず、頭が真っ白で下手に動かないように、ただじっと動かさずに立ちすくむしかない。
想像の無い事に対する咄嗟の発想と行動とが思いつかずに何とも言えずに自身の怒りのボルテージが最高潮でただ怒鳴り散らかすしかなかった。
「こんな事を想定していなかったようだな。マニュアル人間。」
くそう。読まれている……。確かにそうだ。現在進行形で動けずにいる私がいる。取り敢えず何もかも捨てて、ひたすらに確保に向かっても良いが結果はほぼ見えている。
「人を深く見る事をしないと。俺は捕まえられない。まぁ負けを自覚しているあんたに捕まる気はしないが。」
ぐっ。くやしい。自分自身にも。そしてこの後ろに立っている仲間全員をどれだけ辱めれば、この愉快犯は気が済むのだろうか――。
「鈍くさいね。本当に。反省だね。」
「…………。」
「いや、ここ黙らないでよ。先生困るよ。」
「………………。」
「いやいや。七メートル先に全身麻痺して倒れている相手に向かって、二秒で銃を構えて射撃まで持って行く様なめんどくさいことより、飛びかかって確保した方がよくね?」
「……ぁ。」
「しかも全速疾走で二秒あれば、数歩の距離で十分そっちの方が手早いのに、そこそこ訓練受けている二十代女性でも。いや、だからこそ。」
「…………(汗)。」
「五十メートルを十秒で走るとしても、十秒換算すると二秒。今回は七メートルだから、三メートル分の余裕が……。」
「………………(焦)」
「過去九回の登場した件から導いた君の身体能力からして、かなり余裕があると思うのだが。」
「…………(沈)。」
「柔道も、男性を一ひねりする程の腕前なんだろう。」
「…………(合)」
どうしても言い返せない。
「まさかとは思うが……。」
怪盗×は急に声のトーンを変えた。
「衝撃銃とは言え、引き金を引いた相手に手傷を負わせたのに、動揺しているのか?」
「!」
その言葉に、言うがままの折原に気持ちの移ろいを引き起こした。
何だろう……。自覚はしていない。目の前の男は犯罪者だ。ためらってはいなかった。だがら図星と言うより、考えていなかった心の虚に風穴を開けられたような――。
「まぁ、君の足が遅いということの裏返し。鈍臭さが原因……」
「ずっとずっと、足が遅い、襲い言うなぁぁぁ!」
固まっていた足を奴の顎に蹴り上げた。
考えて損した!この野郎。
動かない快盗の胸ぐらを掴み、白い仮面を着けた顔を前後に揺する。
「足が遅いのはそうだよ!幼稚園の頃からずっとだよ。他のモノは努力で何とかしてきたけど、どうしても何ともならずに駆けっこは万年ビリだよ!こんなに長く、下手な憶測披露するな!子供みたいな振る舞いで、大人を振り回しやがって!餡饅買って来いやぁぁ!大体……。」
「あの……ボス?」
できる部下の副室長は、興奮している室長に向かって叫んだ。
「怪盗×!伸びて気絶しています!」
「あっ。」
本当だ。仮面越しに白目を開けて、よだれを垂らしている。
「なら、ただ単に逮捕。時刻は――。」
快盗はお縄を頂戴する。




