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「くそう……。畜生!」
無線機から部下の阿鼻叫喚する声が聞こえてくる。すすり泣く同僚に向かって必死にメカフェチの巡査が、ディクの性能や彼女自身の操作技能の良さを語ったりしてなだめているが、頑として効果は無いようだ。
技術者によれば熊を即殺、アト公の生物兵器の機動性に負けていない!!と自信満々に語っていたが、スペック的にはほぼ互角のように見えた怪盗×に僅かに劣った小回りと奴の風物詩と言える技により、自滅を誘う方法を取ったものの惨敗を喫してしまった。
「来たるメダリア止級犯罪者の身柄確保」という名目の元、みっちり怪盗×捕獲仕様に改造をし、元SATのディク操縦者育成プログラムというそれとらしいものの首席卒業してた部下の一人の富士野を動員した初戦で、ディクを行動不能まで叩きのめされたことをどんな感じに上へ報告すればいいのだろうか。「金を喰らう税金泥棒が!」が口癖のふくよかな肥満体型の上司に向かって、奴みたいに笑えばいいのか?
ディクのメインカメラを潰し、原始人みたいに「遣ったどー!」と咆哮している奴に累計七十三回目の冷たい眼差しを送る。そんなバカで災いを起こしに来る疫病神は自分の評価に気づいたようで、仮面越しからの哀れみの目と共に謝罪の言葉を口にした。
「私というストレスのせいで凶暴な性格を形成され、嫁入りが遅れていることを深くおわギャッ!」
言い終わる前。シュッと拾った小石を投げつけ、怪盗×が深く頭を下げた脳天へクリティカルヒットしたときは心の底でガッツポーズ。この時十五年後に息子が同じ様ことを言っていることは知りもしないが。
「今さっきも似たようなことを聞いた気がするんだけど……。その時どうなるのかなぁ~。毒舌探田君答えは?」
片手で石の発射態勢を終えた、口角をあげて笑っているくせに目は全然笑っていない上司の命令に、痛みを知る探田はおどつきながらも素直に答えた。
「言わぬが仏です。」
何かいらついたのでもう一発投げつける。
探田が浮き世の走馬燈を見ている間に、隣にいる強い信念を持ち警察官の鏡みたいな使える方の部下に部隊を下げるように命令する。
振り返ったその先には、愚術『ナモイ結び』によって動けない警備隊で囲んだ円形の土俵は形成されている。その真ん中には部下入りの図体のでかいでくの坊とバカがいる。
絶対的多人数による追跡も誘導されただけで、日本警察勇士による包囲網や捕獲もだめ、秘密兵器を投入するも軽く足払われて役に立たず。
……たった一人のガキ相手にここまで良いように動かされて腹立たしく思うし、何も出来ていないこの現状の無力さが口惜しく思う。これだと、世間ではお約束とか言われる“取り逃がし”といういつも決まり切っているこのパターンを打ち破ることは出来ない。
怪盗×の捕獲作戦も最終段階に入ろうとしていた。
折原警部はスーツの裾からB5教科者サイズの拳銃を取り出す。それは一般的に警察官に支給されている拳銃のシルエットとは大分違う。銃口が大小上下に二つあり、銃身が口へ膨らみある楕円を描いている姿から通称『ナメクジ』と呼んでいる。
『ナメクジ』は一般的に警察官へ支給される弾丸を打ち出すことも可能だが、『ペブロ』のメダリア変換の二パターンを解析し、代替品による再現でエネルギーを射出する機構が取り付けられている。引き金の上にあるダイヤルでエネルギーの形態を変える。
あいつには『ナメクジ』の四つあるダイヤルのうち、“B”と刻まれたモードを使う。グリップから吸収された体内エネルギーを弾にして高速に打ち出すものだ。威力のレベルは自在に変えられ、あいつの“皮”を貫通して気絶させるのはたやすい。流れ弾が回収中の周りの隊員に当たったとしても、気絶中が幸いし痛みを感じさせない親切(?)設計。
それと同時に左手で腰の小さな円形のポーチに手を入れたまま照準を合わせ、迷い無く右人差し指で引き金を引いた。
右手に持った『ナメクジ』で目の前でふざけて舞う怪盗×に向かって打ち続ける。そんな弾の雨から身体を隠すには横たわるでくの坊の巨体で隠れるしかないが、あろうことかあのバカは盾によじ登って黄金色の弾丸をかわすダンスしている。
「どうした? 次はコルサックダンスに挑戦しようか?」
余裕ぶりやがって……。全ての弾道が分かっていると伝わってくる挑発的な行動に折原は軽く舌打ちする。そのまま銃を固定しながら重心を下ろし、腰を回して長いロープに繋がっている丸い輪の手錠を投げつける。奴と同じ『空間捕縛術』だ。
自分へ向かってくる錠を見るとダンスを中断し、上へディクの脇腹を蹴って驚異的な跳躍を見せた。黒いマントの下を折原の錠は通り過ぎる結果となってしまうが、気にも止めず自動巻き戻し機構のボタンを無造作に押し、空中に浮かぶ白い仮面の男を狙い撃ち続ける。
自由の効かない空中に誘い込まれた時の怪盗×にふと笑みが消えたのが押している証拠。自ら光り輝くエネルギー弾を隙無く打ち続けていく。
「酷い程、正確な射撃だ。」
空中浮遊中の怪盗×は内心舌打ちする。これは昔から変わっていない。
身を捻り、友人に作らせた黒い『怪盗マント』で『ナメクジ』からの攻撃を防ぐ。一般的なライフルによる狙撃からの被弾を防ぐものだが、折原が銃の設定レベルをかなりあげているようで当たると神経に釘で直接刺激したような激痛が走る。
一瞬でも気が抜けない状況下でしっかり落ち着いてリラックスすることは、怪盗×自身の“特異な能力”と向き合う上で必要不可欠なことあり、より一層強くなった力ででもある。
折原の思考から逆算して自分自身への弾道と着弾点を導き出し、敏感な感覚神経を総動員して反射的にこれを避けることはいとも容易い。警察の追跡や包囲。ディクとの戦闘だって搭乗者の思考を読み取って一番痛い弁慶の泣き所を討ってきたのだ。我ながら人の心を正確に読み取れる“特異な能力”はチートだと思う。
この場合、折原は自分と違う。自分の行動パターンを読んで、俺が弾を避けているので手一杯の時の隙を“錠”を出すという目立つフェイクで空中に誘導させ、自由の効かないここ一番で一斉に仕掛けてきたのだ。
俺の“特異な能力”をフル動員してもそんな兆候は無かった。メダリア反応のない俺が超能力を使えると言っても、根拠と信用から軽く足払われる筈なので能力対策は今までされている気配はない。“特異な能力”を封じられた訳ではなさそうだ。
おそらく九連敗中『怪盗×』の行動パターンを解析し、一連の行動をスムーズに行えるように何度も往復練習を重ね、体一つ一つの細胞まで叩き込ませているのだろう。俺が飛んだ時、見せた一瞬の心の顔に殺意に似た冷たいものが突き刺さったと感じた時点でもう遅かった。
俺の完敗である。“特異な能力”による圧倒的な力の影で、注意深く人を見るといった基本的な洞察力を忘れていた。その陥穽を利用され、哀れな羊使いの少年がこのように倒れていくのも悪くないだろう。
指にタコが出来る程練り上げてきた技の達人の前に、一人曲芸師は空中で為すがままに打たれてしまう。黒いマントに包まれた体からは銃弾による出血や火傷が秒単位で増えていく。折原の約七メートル前方のところで力のない、脱力した受け身を取った。
その体は『ナメクジ』によって狙撃も防ぐマントはボロボロに貫通され、肢体の至る所には命は奪うほどではないものの、あちこちの傷口から血がにじみ出ていた。身体中に響いてくる物理的攻撃による激痛が体を麻痺させて動かない。
手が動かせないと得意の捕縛術が封じられたのと等しい。両手の縄と錠で反撃に出る隙も動作も出来ない。
仮面が額の出血で赤く染まっている九連敗中の横たわる愉快犯の姿にそこに居合わせた一同全員が絶句する。怪盗×の身軽さ・強さ・自分勝手さを知っているからこそ、てこでこじ開けようとしてもびくともしない、実態の掴めない翻弄され続けた男の倒れる姿に脳の処理速度が着いていってなかった。
その一間の沈黙にただ折原真央だけは違った。ただひたすらに、へばっている好敵手の姿に最後まで手を緩めることはなかった。
折原は走った。途中で巻き戻した縄付き手錠を左手で掴み、『ナメクジ』の向きを怪盗×から離さず、手錠に着いている突起を上下二つの銃口の下に差し込む。
それと同時にダイヤルを“C”にセットし、エネルギーを実体化させ格子状に展開させるようにセットする。ここまでの動作に二秒かかった。
『ナメクジ』から放たれた黄金色のエネルギー網と、その真ん中を弾丸ごとく突き進むは輪っか一つの錠は一直線に怪盗×を捕らえようと襲いかかる。
「弾錠」
後に呼ばれる折原警部の二つ名がそれである。




