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「ほいよっと。」
黒いマントをまとう仮面男が、鮮やかに回転して短足兵器『ディク』の物理攻撃をかわした。そのまま、怪盗を捕らえ損ねた一撃はアスファルトで舗装されている道路を叩き割った。
「折原さん。これって化け物相手に使う道具だよね。ただの一泥棒である俺に対して大げさじゃない? 」
それを聞き、目の前の辛酸を舐めさせられてきた相手の弱音に、折原はざまぁみやがれと。
「ほざけ。怪盗×。日本の警察の包囲網を軽々九回も逃げている奴は例外だっ。お前は十分化け物クラスに入っている。」
「ははは。そうかもな。」
少し離れたところからの刑事のたった一言の罵声に一瞬、全ての声が聞こえる化け物じみた“異能の力”による激痛のフラッシュバックによる戸惑いが体を支配する。しかし、そんな慣れきっていだことにわざわざ構っていられない。自分を鼓舞させ目線を前のデカ物に向ける。
「旦那!こいつかなりすばしっこいです!」
ディクの無線通信機と上司である折原の無線機へと飛ばす。
目の前の赤い一つ目の奥から覗き込む、搭乗者のモノだろうか。その間も、ただ自分の姿を追い続けている。興奮じみた女性の声で、今さっきから聞いていればディクを動かすことを楽しんでいるような……。こちらとしてはとても厄介な相手である。
「全然スピードがついて行けてません!旦那どうしましょう!」
「大丈夫だ。そんな図体がでかい体を乗り回す奴は見たことはない。右ストレートだ!そこだ!押せ!押せ!」
などと軽い会話で攻撃をしてくるが、避けるしか対抗手段を打ててない自分に対しては最悪だ。それに奴らが言うほどにはこちらの余裕が無い。五、六秒したら次々重い手を打ってくるという、高速の手さばきに舌を丸める。
小さな牛若丸と大きな弁慶が対峙した際、牛若丸の身のこなしで弁慶を翻弄したというが、自分は攻撃した際に生まれる隙に体を無理矢理滑らせているに近い。攻撃しようとしても、手持ちの武器ではあの短足の装甲に歯が立ちそうもない。
くそう。警察官百名近く行動不能にしてしゃしゃったのがあちらの士気向上の助長をしてしまったか?ふざけすぎて、少し反省……終わり。
これだけ辛抱して周りを動けたから良いだろう。
「痴女さんよ。自分の愚行を冷静に判断しないと、自分へ帰ってくるよ。」
そう言いながら、腰にかけてある手錠をかけて作った輪をディクの腕に放り投げた。
「お前の捕縛術などかかるか!たかが一人の人力による、牽引と締結のパワーでディクを捕らえると思うな!」
投げられた輪っかをディクの手が掴み、そのまま立ち止まった怪盗×に向けて殴りかかる。ディクパイロットは、このディクを行動不能にしようと、自身から伸びるロープをしかも正面から堂々と巻き付けてきた。これは言わせれば、三歳児が象と紐で結び、綱引きを挑んだのと同じことである。ただでさえ頭が大きくバランスが安定していないよくこけてしまう幼児が、大人でも敵わない象の力と勝負! →大惨事。火を見るより明らかである。
かなりの被害を食らっている凶悪犯でもあるし、奴の挑発に乗ってしまった痴女は、圧倒的な力を持って、怪盗を叩きつぶす。
「そりゃ、パワーでは勝てないよ。だから力は借りものになるよ。」
ひょんと、早口にそんな一言を仮面越しに怪盗は言った。
その真意に上司が気づいた時には既に遅く。わざわざ怪盗×自身が攻撃の隙に体を滑らせ、ディクの体隅々に纏わり付かせた仕掛けのスイッチを入れてしまった。
怪盗の仮面に当たるとした矢先に全体のバランスを崩し、仮面を捕らえ損ねた攻撃は脇へとかすめ、箱形の巨体が抵抗もなく横たわっていく。
「あっくそ!こけやがって!後、急に重くなった!」
ディク内部にいる痴女は悪態をつく。レバーやペダルをいっぱいに倒しても、カメラ越しに見える腕や足は何かに遮られているのか、いつものように動けていない。一つ目を横に動かすと怪盗×がしゃがんで覗きこんでいた。
「驕るな。人を深く見ておけ。命取りになる。」
生身の拳が、見えないほどの細いロープで絡まれている短足の目を潰した。
「この……疫病神が……。」
※ ※ ※
目の前のディクを、十五年前に生身の怪盗がロールアウト直後に倒したことの事実や方法を登は知らない。その方法をとろうとも縄は無く、それ以前に両手が使えないため、母親も使える捕縛術は使えない。聞こえは格好悪いが、リアルな危機にはひたすら逃げるしかない。
その隙さえも無かった登は救いようのない不運であった。これを打開するには、圧倒的な打開する力か己の向かう負へのベクトルを折り曲げてくれる救いの手がほしい。そんな都合の良いものあり得ないけど。
その間、ディクの赤い一つ目は生命感が決してないそんな登への眼差しを微動だにせず、視線が高いところへ移動していく。
自らの腕が何かに引っ張られて手元が狂い、目標だったターゲットの顔面の脇を通り過ぎ、リーチの長い腕と拳はオーバーラン。そのまま登の背後の石畳に深く刺さり、当たれば頭を砕いていた生物に対してはやり過ぎのエネルギーを持つミスの一撃の慣性はディク全体を引っ張り、つんのめった状態で自慢の拳を支点にし、宙を一回りして頭の方(頭はなく人間で言う首もと?)から地面に叩きつけられ横転した。地面に突き刺さった一本の腕は、変に曲がってしまったようで動けず、片方はロープで関節に上手く結んでいるようで、キシキシと軋ませながらも満足に動けていないようだ。
登が涙目で浮き世の別れを惜しんでいるときに頭上ではそんなことが起きていた。直ぐ横で横転の際に出る金属の軋む金切り声が鳴り止んだ後に、おそるおそるそっと潤いを持った目を開ける。
「フー。危ない。危ない。大丈夫?泣きべそ君。」
一人の女の子の声が聞こえてきた。
ただ一人で冥界への門を潜りかけた後の突然の人声に戸惑いを隠せない。今さっきまでの高い緊張の余韻が体に残り、行き詰まる鼓動と喉奥から酸っぱい味を感じる。咄嗟に反応を返そうとも、硬直仕切った体と声帯からは筋肉は動かず声も出せなかった。
自分の虚を突いた声の主はどこだろうか? 目が涙でしみるほどに充血した目を動かし(まだ動けるぞと短足を宙で掻き、もがき続けているディクの一つ目と目が合ったときには息が止まったが)、月明かりに照らされたその人物を見た。
その人物は倒れ込んだ化け物ディクの胴体に悠々と立ち、こちらの姿を赤く発光する二つの赤い目が見つめてくる。女の子は目が赤くなっている元凶の何処かで見たことのあるような暗視ゴーグルを外す。
その女の子は自分より頭一つ分背は低いようで、長く艶やかな黒髪は後ろにまとめてポニーテール、額から暗いと良く目立つ暖色系のオレンジ色のはちまきが巻かれ、その先の計三本が女の子の後ろで、戦闘の終わった戦場の夜風に後ろでなびいていた。
顔は口元を隠す大きなマスクで隠れているので表情を垣間見ること出来ないが、おそらく声の調子から歳はそうあまり変わらないだろう。
全体が一体となっている服のデザインは黒基調で女の子らしいあらゆる特徴ある身体のラインが露わになっていた。普通は花の女子高生が着ると羞恥心で逃げ出してしまいそうだが、微動しない堂々とした。それと矛盾する心に染み渡った愛しい声のギャップに痛い。
よく見ると腰に両側に二丁のワイヤーガン後ろに腰を覆うポーチを吊し、右太ももに警棒を括り付け、膝には黄緑色のサポーター。そして至る所にグレーの帯状の装具が骨格・筋肉に沿って結びつけられていた。正解は戦闘機のパイロットが装着する衝撃を緩和するための対Gスーツみたいな役割と筋力補助を果たすモノだが、その締めつけられた肢体がよりいっそう自分の視線を困惑させる。
そんな自分の様子への反応に少し困った顔も良い。




