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「初春の響き渡る扉の音。本日から私達、新入生一同は……。」

 千武高校入学式は二名の新入生が集合時間に遅れるという事態が発生したものの、大きな支障はなく、ほぼ予定道理に開始することができた。式は終盤の新入生代表挨拶まで駒を進めていた。

 壇上には、乱れた髪をリボンで後ろにまとめ、腰まで届く長い黒髪を後ろにまとめているポニーテールが印象的な悪戯者……もとい、首席の優等生が壇上に上っていた。

 折原はちらりと今さっきまで対峙していた(?)相手のそんな姿を確認しつつ、隣にいる男子生徒にこっそり奴のことを聞いていた。

「(古川椿……か。で、中学時代はかなりの変人と言うことなんだな。)」

「(ああ。見た目はかなりの美少女なのが詐欺だな。これに騙されて隠れファンが多いと聞く。が、頭の中身はかなりのバカだな。学校の至る所にトラップや仕掛けを作って、生徒がかかって困るところを見て楽しむという。みんなに迷惑がられる。)」

 ああ確かに。あの枝からの傍観者気取りは今でも腹立つ。と登は内心思う。


そんな話をまとめると、こうだ。

・悪戯者で、中学時代はあちこちにトラップを作っては迷惑を掛けていた。

・頭の何を考えているのか分からない変人。

・と言うか、ウザい。

・そのくせ、頭は偉いよう(ろくな使い方はしていない)で、成績も常に上位にいる。

・家族構成は天才的ロボット工学の第一人者である義父が一人いるらしい。

と言うものだ。


「ん?」

 登は小さく疑問を漏らす。隣からの全ての情報提供を受けた今、それらに胸の奥に何かつっかえたようなスッキリしない違和感を感じる。

「(それだけか?他に重要なこととか。)」

「(? それぐらいだが。)」

「……。」

 何だろうか。何かを忘れているような……。

「(止めておけよ。あの女に関わるとろくな目に遭わないぞ。)」

 急に黙り込んだ俺に何かしら悟ったのか、隣人はそのように忠告してくる。しかし、登の頭にはそれとは違うことを一つ思い描いていた。

「(早く、これを取って貰わないとな。)」

 登の両手首には、銀色に光る丸い輪っかが二つ。それを結び止めている鎖で、登の手と腕の自由を奪っていた。

 登は呼吸出来なかった時にいとも簡単に手錠をはめやがった相手の顔をもう一度見る。

「新入生代表一年 古川椿。」

 一歩後ろに下がって深く頭を下げている姿に、苛立ちを感じる。



「それよりお前、そういう趣味あったのか。」

と入学式に帰って教室に戻ってきたときに、哀れなに周辺から総ツッコミされた。

「いや。これは……あれだ。手錠の形をした知恵の輪だよ。ほら。鍵穴無いから早く外さないと、箸も使いにくい……。」

 右手で箸を持ちにくく、食べにくいと言ったジェスチャーをする。それで、一同疑いもなく納得されたときは驚いたが。

 素直過ぎるだろ……。もしかして、俺がドMキャラだと勘違いしての放置プレイ?くそう。変にノリの良いこんな奴らと一年間付き合うのか……。

 登は少し凍り付いた。そして、自分の手首を確認する。確かに俺の手首にはめられているのは、鍵穴の無い手錠だった。素人目にしたらどこをどのように動かせばいいのか。ただの輪が切れ目無く手首を固定しているとしか見えない。あまり輪と皮膚との余裕が無いので、うっかり鎖を伸ばすと痛みを感じる。

そういえば昔、机の上にあった母さんの手錠を面白半分で自分にかけてみたら丁度、便器の前に立ったら手錠でズボンが脱ぎづらくて。鍵を探そうと机の前に戻ってきても見あたらず。そのまま……。

 高校生にもなってそんなトラウマの繰り返しは勘弁だ。(あの後、五歳児にはきつい脅迫じみた叱られようをされたから、その思い出される連鎖も哀しい。あの人の前で悪戯はできないよな。)

 目線を周辺の相手していた奴から変えて、手を組み肘を机に置き、ただひたすらこうなった前に一人でいる元凶を睨みつけていた。

 そんな視線はつゆ知らず、ノートに向かってただひたすら笑顔で何かを書いていた。

 誰もあの頭の中が何で詰まっているのかは知らない。


 ○  ○  ○


「そう言えば、俺が襲おうとしたと勘違いしていたよな。」

 今まで女の子に声を掛けれなかったヘタレが今更気づいた。

午前中で入学式が終わった。そこから在校生は入学式の片付け。新入生は解散し、明日からは通常通りの日程で高校生活を送ることになる。つまり古川椿に頼み込み、手錠を外して貰う今日のチャンスが昼で終わると言うことだ。昼を過ぎると家の場所が分からない登はお手上げになる。

 明日、何とかしてても、手錠をかけて登校という事態はどうしても避けたい。全校生徒の耳に新入生にドMキャラがいるぞということになっては、周りの視線に耐えられずに直ぐ黒歴史コースだ。

 俺の安心して過ごせる日常を手に入れるために、少々乱暴になっても手錠を外さないといけない。

 登のつまらない決心は固い。目がきつめのなる形で殺気をしだし、足音のテンポが速くなり、手首の金属が皮膚に食い込み、鎖がギシギシと軋む。そのまま全身を白と黒のボーダーラインの入る服装に替えたら、凶悪犯の完成みたいな勢いで。

 廊下に古川椿を見つけ、そのまま真っ直ぐ走っていく。邪魔になる奴は登の目が合うとすっと一歩引いた。目の前に道は出来た。

「ふるか……」

 そこまで言ったとき、意図的かはたまた偶然か登の方へ振り向いた。後は、手錠を外せということを神妙に依頼するなり、ストレートに言うなり、恐喝するかして開けさせればいい。

 チャンスは今だ。


「どうなさ……」

「十円ガムの当選確率の店舗分布? へーこの学校の新聞部面白い特集するな~。」

 呼ばれた気がして古川椿が振り返った先に見たのは、廊下を歩く片付け真っ最中の先輩達と、こちらに背を向けて横の壁に貼られている新聞部の掲示を熱心に見る自分と同じ制服を着た新入生だった。

 あの人は新聞部に興味があるのかしら。そんな一言感想を持って、長いポニーテール姿の美少女は歩いて立ち去っていく。

 こちらから古川椿が角を曲がり確認出来なくなった時、ゴンッと掲示板に向かって登は額を使って一回鈍く鳴らす。

(そう言えば、あの顔の笑顔見たとき服が不可抗力で乱れていて、その状況をいち早く確認した古川が防衛として俺の自由を奪ったんだよな~。当然だな~。こんな普通の言い方では許さないよな……。恐喝なんてもってのほか。)

 直前になって取りやめ、塩化ナトリウム(塩)みたいな固くて脆い結晶如きの意志を持つ登は頭の中で泣き言をグルグル循環させる。

 この時の登は――

 廊下にいた先輩、道を登のために一歩譲ってくれた先輩達がニヤニヤしながら一部始終を見ていたことには気づかなかった。

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