かのじょは天才だとしっていた
母の夢見た舞台は、複数の閃光でしかなかった。
百を超える大人とカメラの前で、彼女を乗せた車が止まる。着慣れないドレスと靴で、無駄に車高の高いリムジンから降りた瞬間、一斉にシャッター音と発光が彼女を出迎えた。
二つに分かれた彼らの中央、赤い絨毯の上を黒服の男たちを周囲に配置した状態で歩く。手を振り、笑顔を作り、インタビューには言ってほしいだろう言葉をスラスラと述べる。
ーー……。
式が始まり、一度は聞いたことがあるような映画や、その監督、主演の人間が次々と壇上に上がり賞を受け取っていく。各々が、賞を取れたことの喜びや、これまでの苦難を語り、『最年少記録』という肩書のもと彼女の出番が回ってきた。
『新人俳優賞』と記載された賞状を受け取り、彼女は前を向く。
マイクを上に向けるだけで鳴る拍手とフラッシュ音、彼女の一挙手一投足にその場にいた皆が視線を動かしていた。誰もが夢見る場所、栄光、名声。その場に立つために何十年と時間を費やし努力を続ける人間がいるほどの大舞台に立つ権利を二桁に満たない年齢でそれを手にした彼女は、
「賞を取れたことは、本当に嬉しいです」
彼女が一言発した途端、会場がシンと静まった。彼女の言葉を皆が待つ中で、彼女は笑顔を作る。日常から続けてきた笑顔の作りは不自然さを全く感じさせず、ジワリと目尻を溢れた雫は、皆の共感を生む。これが演技であることを、一体誰が理解できるのか。
「ここまで頑張ってこれたのは、お母さんのおかげです。お母さんが喜んでくれるから、私はここまで頑張れました」
カメラマンや他の出席者に混じり、涙を流してこちらを見ている母親と目が合ったとき、その口が一度閉じ顔を伏せる。
「だけど……それも今日で終わり」
その場にいた一同が皆何事かと暗じる中、顔を上げた彼女は、髪を後ろで纏めていたゴムをほどく。銀色の艶髪が、ふわっと流れ、光に反射して幻想的に光る中で先ほどまでの大人びた笑顔から打って代わり、彼女は子供らしいニカッとした笑みを浮かべ、
「私は今日をもって、普通の小学生に戻ります。短い間でしたが、ありがとうございました!」
そう言って、深々と頭を下げた。一時、時間が止まったかのように何千人といる会場がシンと静まり、そしてコインがひっくり返ったようにワッと騒ぎ始める。
司会の男性が慌てながらも「演技をもうしないってことですか?」問いかけると彼女は、
「……ん、それよりも今やりたいことがあるんです」
それは? と聞く司会者に、彼女は一度考えるような仕草をしたのち、ふふっと含むような笑みを浮かべ、
「私は、ヒーローの手伝いをします。小さな町で見つけた、バカなのに頑張ってる、私が見つけたたった一人のヒーローのお手伝いを」
そう言って彼女は心からの笑顔をカメラに向けるのだった。
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才能が"努力によって発揮される力"と定義するならば、白銀髪少女に才能など必要なかった。
一般の普通の家庭に生まれた彼女は僅か2歳の時、保育所にたまたま置かれていた『とけいのよみかた』という本から数字の方程式を覚え『えほん』や『しんぶんし』より言語を学び『車』や『電車』の構造、さらには保育士の愚痴から『所得税』や『年収』の言葉の意味さえ覚えてしまう。彼女が一般の成人と同じ知識量になるまで僅か7歳のことであった。
「貴方には才能がある。見聞を広めなさい、そして貴方の才能を最も発揮できるものを見つけるのよ」
この時から母親は彼女のありとあらゆる可能性を模索し始めた。ピアノ、水泳、書道、バレエ、油絵、将棋etc..身体能力ですら以上なほどに成長する彼女は様々な習い事を訪れた当日に完璧に理解し各々の先生が驚愕し唖然とする姿を見て母親は笑みを溢す毎日だった。
まさに天才、まさに神童と人々は口を揃え初めて数ヶ月が過ぎた頃、
「有名な監督さんから声がかかったの、貴方なら簡単にできるわ」
この一言、この判断によって世間が彼女を認知することになる。いつもと同じ軽く、単調に。流れ作業のように彼女は演劇を受け入れた。また母親に褒められる、それを想像して彼女はくすくすと笑いながら頷くのだった。
結果。当時の大手プロデューサーがすぐにでもと駆け寄ってきたときの母親の顔は心底嬉しそうで、その日の夕食が贅沢なすき焼きだったのを覚えている。
身体能力が人並み以上にあった彼女は僅か7歳にしてアクションドラマに出演、当時子役のスタントマンなどいるはずもなかった中、彼女は迫り来る自動車を自身の力のみで回避してみせたり、ビルの屋上で逆さになり夜空を見上げるなどといった大人でさえ不可能な行いを淡々とやってのけるのである。
撮影の際に用意されていたスタントマンらも一日中椅子に座ってただ待つだけ、その次の日には呼ばれることはなく彼女のありとあらゆる噂はネットを通じて世間に広がり、彼女単体で雑誌が組まれるほどとなった。
そうして、後に賞を受賞する白銀の天才少女が誕生したのである。連日連夜、雑誌テレビ媒体を通して彼女を世間に知らしめ、身体能力、演技力、計算能力全ての才能がテレビという媒体のおもちゃとなったのだ。
「貴方はわたしの自慢の子供。貴方にできないことなんてないの、それをみんなに見せつけてあげるのよ!」
ーーお母さんが喜んでくれてる。私がもっと頑張れば、もっともっと喜んでくれる。
有頂天になった母親。テレビという個性のみで成り上がることができる世界において、アクションドラマの主演に決まった瞬間の母親の顔を彼女は忘れられない。彼女は今日も母親の喜ぶ顔を見るためにその才能を奮うのだ。
才能が"努力によって発揮される力"と定義するならば、白銀髪少女に才能など必要なかった。
彼女は生まれ持った先天的な才能を駆使し、物事のあらゆる分野を努力もなく会得し、己が願望のために使う天才なのである。
この物語は、
天才が、その才能を活かし世界に名を知らしめ、存在が世界から認められ羨ましがられ、幸せな日々を過ごす話ーー
ーーではない。
これは、真逆の物語である。




