記憶の中のたからもの アランside
あれは、オレがまだずいぶんと幼い頃のことだった。
「アラン、勝手にどこか行っちゃダメよ。欲しいものや行きたいところがあったら必ず声をかけて」
「はーい! お母様」
友好関係にある隣国のクリシュナに、家族で遊びに来ていたときのこと。初めて見る別の国の街並みに、オレは子供ながら感動し、好奇心でいっぱいになっていた。
見知らぬ地ではぐれないように、と母が差し出してくれた手は、先に兄に取られてしまう。ならば反対側を、と思ったら、そっちは既にもうひとりの兄が母の隣をがっちりとキープしていた。
オレがいちばん年下だというのに、そんなのはどうやら関係ないらしい。オレは仕方なく三人の後ろをついて歩く。父は『行くところがある』とか言って不在だ。
「あら、かわいい子。これよかったら食べて」
「うわぁ! ありがとうございます!」
きょろきょろと周りを見ながら歩いていると、露店を出していた優しそうなおばさんが、オレにほかほかの肉まんをくれた。
この後ゆっくり食事をすると聞いていたが、ちょうどお腹がすいていたしおやつにはちょうどいい。
「お母様! 兄様! 見て、今そこで――」
肉まんをもらったことを自慢したくて、前を歩いている母たちに声をかけると――三人の姿はそこになかった。
おばさんから肉まんをもらっているあの一瞬の間に、オレは迷子になってしまったのだ。
焦って近くを走って母と兄の姿を捜すが、人が多くてうまく見つけられない。
「……ま、いっか!」
迷子になったというのに、オレはやけに楽観的だった。
というのも、はぐれたときのことを考えて、街へ出るとき母に言われていたのだ。
『もし迷子になったら、あの大きな時計台に行くのよ? すぐに迎えに行くから』と。
だから時計台にさえ行ければ、またすぐにオレがいないことに気づいた母と兄と合流できる。時計台は大きくて、小さなオレでも迷わず辿り着けそうだ。
肉まんを頬張りながら、オレはひとりで時計台のほうへ向かった。――もうすぐ日が暮れそうだ。明るいうちに行かないと、道がわからなくなるかもしれない。
ひとりで知らない場所を歩くのは不安もあったが、それ以上に、なんだか冒険者になったみたいでオレはこんな状況でもわくわくしていた。
細い道を歩いていると、だんだんと人通りが少なくなり、ついにはまったく人の気配がしなくなった。
もしかして変な道を通っているのか? と思ったが、さっきより時計台は近くに見えるので間違ってはなさそうだ。
「……うっ……」
すると、突然泣き声が聞こえた。
まっすぐ歩いてみると、その先にはしゃがみ込んで泣いている小さな女の子の姿があった。
「おい、どうかしたのか?」
すぐに駆け寄り、女の子に声をかける。泣いてる女の子は顔を上げ、涙をいっぱい浮かべた大きな瞳でオレを見た。
「……帰り方が、わからないの」
消えるような小さな声で、女の子は言った。つまり……この子はオレと同じ迷子というわけか。
「ひとりなのか?」
オレもしゃがみ込んでそう聞けば、女の子はこくんと頷く。
「どこに行きたいんだよ」
「……あそこ」
女の子が指さしたほうを見れば、そこには大きな城が見える。
「お前、お城の子なのか?」
「うん。……あなたは?」
「オレも、普段はお城に住んでるぜ!」
「……そうなの?」
「そうだぜ。別のお城だけどな」
『よくわからない』といった表情で、女の子は不思議そうな顔をしてオレを見つめる。もう、涙は止まっているようだ。
「よし! オレがお前を城に連れてってやる」
「……本当!?」
「ああ、オレに任せとけ」
オレが親指を立て自分のほうに向けて、自信たっぷりな笑顔でそう言ってみせれば、女の子は目を輝かせた。
「行くぞ」
立って手を差し伸べれば、女の子の小さな手がオレの手を握る。
だけど、実際のところオレはこの国のことをまったく知らない。当然、城までの道のりがわかるわけなかった。
今思えば、すぐ近くにある時計台に女の子と一緒に行き、母と兄と合流したほうがもっとうまく女の子を助けられたと思う。
でも、このときのオレは本当にただの子供だった。だから、とにかく目の前にいる女の子を元気にさせて、自分の力で助けてあげたい。それしか頭になかったのだ。
「どうしたの?」
「えっ!? いや、えーっと……」
行くぞ、と言っておいて一歩も動かないオレの顔を女の子が覗き込んでくる。
今更道がわからないなんてことは言えない。とにかく城があるほうへ歩いてみよう。しかし外はすっかり暗くなっていて、さっきのようにはっきりと道が見えなくなっていた。
「……あれ?」
手を繋いだまま動けないでいるオレに、突然暗闇の中で小さな光が見えた。
キラッと光り、消えたかと思えばまた光る。オレには何故かその光が、オレたちを道に導いてくれるように思えた。
「こっちだ!」
オレは光に向かって歩いて行く。光ったほうへ行けば、また別のところで光が見える。
光を追いかけるように歩いて行けば、いつの間にか、目の前に城が見えていた。
――あの光はいったいなんだったんだろう。あのときオレに一瞬宿った、超能力かなにかだったのかもしれない。
「……本当についた」
「オレの言った通りだろ? オレは魔法が使えるんだ」
「すごい。……ありがとう」
「全然いいって! オレは戻らなきゃいけないから、じゃあな!」
急いで時計台へ行こうとするオレに、女の子は言う。
「ねぇ、また会える?」
「……ああ。今度は泣きべそかくなよ」
「うん。もう泣かない。泣かないで待ってる」
オレは女の子の頭をぽんっと撫でて、『また会おう』という約束を交わした。そのときの嬉しそうにはにかんた女の子の笑顔が、今でも忘れられない。
その約束は幼いながらもずっとオレの心に残っていた。そしてそれから、心待ちにしていた。
いつかまた、ただの子供だったオレを一瞬でもヒーローにしてくれた、あの女の子に会える日を。




