予定外のイベントが発生しました
結局、昨日はエディと城に戻ってから特になにかが起きることもなく一日を終えてしまった。
国の問題、自分のこれからのこと……考えることが多すぎて、今日も考えごとをしているだけで一日が終わってしまいそうだ。
朝目覚めると、エディの姿はまだどこにもない。まったく、専属の付き人っていうのに私より遅い目覚めとはどういうことよ。
私はエディの部屋を知らないし、迎えに行って叩き起こすこともできない。……ていうか私、エディの部屋すら知らないのか。
元々引きこもりで、人と接したくなかったエディを無理やり外に引っ張り出してしまっている自覚はある。だからエディから言ってこない限り、私はエディの部屋の場所を聞かないでおこう。エディにもひとりで安心できる場所が必要だろうし。
「おはようございます。リオナ様」
ダイニングルームであくびをしていると、ネルが朝食を運んで来てくれた。
ネル――以前から何度も名前が出ているが、こうしてゆっくり顔を合わせるのは記憶を取り戻して初めてのことになる。ネルはこの城のメイドだ。深緑のゆるいウェーブがかった顎下くらいまでの短い髪。小柄で巨乳。黒目がちでまんまるま目。少し下がった困り眉。そしてもちろん着ているのはメイド服。
ゲームの中でもダントツで一番ビジュアル人気が高かったのも頷けるほど、目の前で紅茶を淹れながら微笑むネルの破壊力は凄まじい。……クソッ。アランもこの笑顔と巨乳にやられたに違いない。
「……どうかしましたか? 私の顔になにかついてます?」
「いや! 別に! 今日もネルは可愛いなって思っただけよ」
「急にどうしたのですか? うふふっ! おかしなリオナ様!」
ネルはクスクスと笑いながら、私の前に淹れたてのミルクティーにクロワッサン、ベーコンエッグなどを次々と手際よく置いていく。
毎日こういう朝食をとっていると、納豆や味噌汁が恋しくて仕方なくなる。城でとる最後の朝食は、シェフに作り方を教えて味噌汁くらい作ってもらおうかしら。
「――あ、アラン様っ!」
黙々とふたつめのクロワッサンを食べていると、ネルが嬉しそうな声を上げた。アランがひらひらと手を振りながらこちらへやって来る。
「おはよう。リオナ、ネル」
「……おはようございます」
「おはようございますっ! すぐにアラン様の朝食を用意いたしますね」
「あ、大丈夫。オレ、リオナを捜してただけだからさ」
『は?』と私とネルの声が重なった。私を捜してたって、どうして? 目をぱちくりさせながらアランを見上げると、アランはにかっと白い歯を見せて笑う。
「なあリオナ! 昨日、エディと街へ出かけたんだろ? オレもこっち来てから、思えばずっと城の周りでしか過ごしてなかったなーって思ってさ! 今日はオレに街を案内してくれよ」
そしてこんなことを私にお願いしてきやがった。――私と街へ出かけようって? ネルの前で私を誘うなんて、いったいどういうつもりなのか。
「嫌よ。昨日行ったばかりだし。私はやることがたくさんあるの」
「少しだけでいいから! ダメか?」
バッサリとアランの提案を切り捨てたにも関わらず、アランはさらに食い下がる。
「アラン様。わざわざお忙しいリオナ様に案内を頼まなくても……。ネルでよければお付き合いいたしますから」
黙って私たちの会話を聞いていたネルがやっと口を開いた。ネルの立場からしても、目の前でいい感じの相手が別の女を誘っているところを見るなんていい気はしないだろう。ていうか、最初からネルを誘えばいいだけの話なのに。
「いや。オレはリオナと行きたいんだ」
「えぇっ!? だから、どうして私なのよ」
「最近リオナとゆっくり話せてないなって思って。だからいいよな?」
――まさかの展開になってしまった。
その後もアランがネルじゃなく、頑なに私を指名し続けるものだから、埒が明かなくなり私もついに折れた。
「よっしゃ! 楽しみだなリオナ!」
ダイニングルームにはアランの喜びの声が響く。それと真逆に、ネルはショックを受けているのか、下を俯いたままなにも言葉を発さなくなった。きっとアランが自分以外の女を誘うだなんて思わなかったのだろう。
あまりにも無神経なアランに一発キメてやろうと思ったけど、アランの誘いを断りきれなかった時点で私も同罪だ。
ネルに罪悪感を抱きながらも、決まってしまったものは仕方ない。
ダイニングルームを出ると姿を現したエディに、アランと街へ行くことを伝えると、エディはたたひとこと、こう言った。
「よかったですね」
「なにがよ!」
エディを肘で軽くどつくと、ひょろひょろのエディは少しだけよろめく。
ちっともよくない。アランと会話が続く気がしないし、私から喋ることもないし。街での思い出は、エディとの楽しい記憶のまま終わりたかったのに。
そんな私の気持ちとは裏腹に、アランと街へ行くことを両親に告げれば父も母も揃って大喜び。……そりゃそうか。ふたりとも、私とアランがうまくいってほしいと思ってるんだから。
――ん? 待って。それならこれってもしかしてチャンスなのだろうか。私にもまだ、アランと結婚できる可能性は少なからず残っている? でも見た感じアランは完全にネルとフラグを立てまくり、〝ネルルート〟に突入してるし。
手を顎に当てたまま立ち止まっていると、後ろからポンッと軽めのチョップを受けた。
「なに難しい顔してんだよ」
「……アラン」
振り返れば、悪戯っぽく笑うアランの姿。太陽の光を浴びてかいつもの倍眩しい&うざい。眩しさかうざさ、理由はどちらかわからないかおもわず私は顔を歪めた。
「いえ別に。じゃ、さっさと行きましょ」
私が歩き出せば、アランが横並びで一緒に歩く。昨日のエディより、幾分か高いアランの身長。ほどよく筋肉もある、男らしい身体。――認めたくないが、アランは普通にイケメンだ。
かつての操縦者の立場から言わせてもらうと、アランがこんなにかっこいいなんて聞いてない。ゲーム内のスチルでも顔が見えるものはほとんどなかったし。そりゃあ美少女だからけの女キャラも、アランに惚れてしまうわけだ。
ちなみに昨日はお忍びだったが、今日は普通の〝王女リオナ〟として街へ出ている。もちろん、アランも変装なんてせずに普段のままだ。
エディとのんびり歩いて通った道を、今日は馬車で走って行く。あっという間に目的地に着き、私とアランが道を歩き出した瞬間に街中の人が私たちをもてなしてくれた。
「リオナ王女! ああ、いつ見ても美しいですわ」
「アラン王子! きゃー! こっち向いた!」
昨日は誰にも見向きもされなかったのに、今日は行く場所すべてで黄色い声を浴びることになった。悪い気はしないけど、落ち着かない。人の視線がどこへ行くにも付きまとい、少し息が詰まる。
――エディと一緒のほうが、楽しかったな。
そう思っていると、急にアランが私の手を引いて走り出した。
「リオナ! あっちでなんかやってるみたいだ!」
私と違い、アランは今この時間を存分に楽しんでいるようで、次から次へといろんなものに興味を示していた。私の意見なんて聞かずに、強引に手を引くところもアランらしい。
アランと共に人だかりがあるほうへ向かっていると、私はそれがなになのかが先にわかった。
あれは野外酒場に設置されてあるステージだ。そしてそこでは踊り子がダンスを披露している。基本ステージは夜がメインだが、昼間もこうやって踊る時間が一度だけある。
なんでそんなことを知っているのかというと――あそこで攻略キャラの最後のひとり、踊り子のヒルダが躍っているからだ。
ヒルダと会うには、何度も外出しこの酒場に通わなければならない。もっとも、この世界のアランはヒルダとひとことも会話することなくゲームシナリオ期間を終えそうだけど。
「……あの子、ひとりだけ存在感がすごいな」
アランが言う、金色の髪をなびかせながら踊っている〝あの子〟こそがヒルダである。褐色の肌に露出の高いアランより深い赤色の衣装を身に纏い、セクシーな腰つきで酒場にいる観客を沸かせている。
スタイルも抜群で、ゲームの中では〝お色気担当〟と言われていた。少しえっちなお姉さん、というイメージだ。常に余裕があって、人を手のひらで転がすのがうまい。実際ゲーム内でアランも転がされまくってたし。
「確かに、実物は絵の何倍もエロいわね」
「絵? いや、ていうかエロいって、急になんだよ。……確かにエロいけど」
「……ねぇアラン。あの子と親密になって、あんなことやこんなことできる未来があったらどう思う?」
「ばっ! 馬鹿言うなって! 相手にも失礼だろ!」
「行動次第ではきっと可能だったわ。あと鼻の下伸びてるわよ」
「へっ!?」
私に指摘されて、アランはすぐに手のひらで鼻の下を隠した。ちょっとからかっただけなのに、素直な反応がおかしくて笑ってしまう。
「――あ」
「……なに?」
「リオナ、今日初めて笑ったな」
さっきまで情けない顔をしていたアランが、急に照れくさそうにそんなことを言い出した。
アランに言われるまで気づかなかったけど、記憶を取り戻してから――いや、取り戻す前もか。私はアランの前で笑顔を見せたことが、少なかったように思う。
「……そうだったかしら」
ちゃんと自覚はあるのにこんなかわいくないセリフしか言えないのは、やはりリオナとして生まれた宿命か。ツンデレキャラってのもたいへんだわ。
「絶対にそうだって! よかった。今日のオレの目標ひとつ達成!」
「目標?」
「そう! リオナの笑顔を見ること」
「な、なに言ってんのよ。くだらない目標立てる暇あったら、もっと他に考えることがあるでしょう?」
私の目線に合わせて屈んで、屈託ない笑顔を見せるアランに不覚にも一瞬ドキッとしてしまった。それを隠すように、私はアランに背を向けてひとりで歩き出す。まだヒルダの踊りは続いているが、私自身はここに長居する意味はないし。
アランはすぐに私を追いかけて来て、また私の隣を歩く。目的もなく適当にぶらぶらと歩いていると、アランが周りを見渡しながら私に言った。
「クリシュナって、本当に若い男が全然いないんだな」
それは今までアランがこの国の現状を見てきて、今日改めて思った言葉だろう。
今日もアラン以外の若い男性はひとりも見ていない。さっきの酒場にいた客もその場に似つかわしくない女性ばかりだった。
「ええ。どうしってこうなったかがわからなくて、もう何年も悩まされてる。だから、あなたが来てくれたのは本当にクリシュナにとって有難いことだった。……そういえば、きちんとお礼を言えてなかったわね。アラン、クリシュナに来る決意をしてくれて、本当にありがとう」
私が頭を下げれば、アランは『いいって、お礼なんて』と、両手を振りながら謙遜した。
「それに、オレがいた〝ルドルバ〟は男の未婚率が異常に高いんだ。クリシュナと逆で人口も男のほうが多いし。お互いが手を取り合えば、いい方向にいくと思わないか?」
「――そうね。確かに。お互いの需要と供給が合致してる」
「だからさ、まずは国のイメージを変えないとな。なんとなく、昔小さい頃一度来ただけだけど、クリシュナってよそ者をあまり歓迎してないってイメージがあったんだ。閉鎖的で、自分たちだけの世界を作り上げてる……。でも今はまったくそう感じなかった。今日だって街の人はみんなすっげぇあったかかったし、昔と変わらないよさも、変わってよくなったところもたくさんあった。ルドルバとも距離は近いし、イメージが変われば移住してくる人も増えるんじゃないか? オレもこれから一生懸命頑張るよ。クリシュナをもっといい国にするためにさ」
――意外だ。マヌケと思ってたアランが、ここまでちゃんと考えてくれていたなんて。やっぱり、ギャルゲーの主人公になれるだけある。
でもやっぱり、クリシュナに来た最大の理由である〝運命の人〟に気づけなかったのはマヌケとしか思えない。どんなにアランを見直しても、これだけは一生根に持って言い続けてやる。
「私も、今後のアランには期待しているわ。私のぶんまで頑張ってほしいし」
「リオナのぶんまでってなんだよ。お前もオレと一緒に頑張るんだろ。頼りにしてるぜ」
一緒に頑張る未来へのフラグをへし折ったのはお前だろ! と叫びそうになったがなんとか堪えた。
「じゃあ、そろそろ馬車を……」
「あっ! オレ、帰りは歩いて帰りたい! せっかくだし、馬車で通れなかった道歩きたいしさ」
なんのせっかくだ。私は昨日も長時間歩いて足がパンパンなのと、アリシアに護身術を習ったときの筋肉痛がまだ完全に癒えていないというのに。
ラクすることをアランによって阻止された私は、仕方なくまた城までの道のりを歩いた。
「アラン、そっちじゃなくてこっちよ」
「こんな道通るのか? 覚えにくいな」
「街から城への道は、歩きだと慣れるまでは少し複雑なの」
「そうなのか。……っ!」
「……どうかした?」
突然アランが足を止め、私が歩いている道を見てハッとした。
「待ってくれ。オレは今とまったく同じ景色を見た覚えがある」
アランに言われて思い出す。自分たちが今いるこの場所がどこなのかを。
……まさか。いや、だって、今それを思い出すなんてことがあるわけない。
お互いの動揺が伝わるような空気のなか、アランは私をじっと見つめ――そして、静かに口を開いた。
「リオナ。お前――あのときの女の子じゃないか?」




