メインヒロイン、ロリメイドに敗北
私は記憶が蘇るまでは、ただのリオナ・グレース・カルヴァートとして生きてきた。
穏やかな小さな国、〝クリシュナ〟の王女として。
決して豊かではない国だが、日々笑って過ごせるよう、人々が協力し合える温かい国。そんな素敵な国の王家の一人娘として生まれた私は、生まれたときから王女だった。
両親は優しく、時に厳しく、私に愛情を捧げながら育ててくれた。城の人間との関係も良好で、特に同世代のメイドのネルや、女騎士のアリシアとは、ふたりでどこかへ出かけるくらいに仲が良い。
そんな平和なクリシュナで、今、大きなひとつの問題に悩まされていた。それは、〝男の出生率が異常に低いこと〟。
昔から問題視はされていたものの、年々ひどくなっていき、最近では放ってはおけないほど深刻な状態になってきていた。
街で働く若者も、城の使用人も女ばかり。数少ない男は貴重な存在で引く手あまた。圧倒的な男不足で、このままではいつか子供が生まれなくなり国が終わってしまう。
さらに私は一人娘だ。もう十八になった私は結婚というものを早めに考えなくてはならない。しかし、国には同世代の男がほとんどいない。加えて、男不足という問題がある国に婿として来てくれるものもなかなか現れない。
この危機に私と両親が頭を抱えていると――話を聞いた友好関係である隣国が、ひとつの提案をしてきた。
なんと、『我が国の第三王子であるアランを、婿養子にしてくれ』、と言ってきたのだ。
この話を聞いた両親は大喜び。王家の血筋を持つもの、しかも男が自国へと来てくれる。嫁をもらうのではなく、婿養子として。
結婚相手はもちろん王女である私だろう、と誰もが思っていたところに……城にやって来た第三王子、アラン・クリード・フレッカーはこんなことを言い出した。
『オレは運命の人をこの国に探しに来た』――と。
つまり、彼は婿養子にはなるけど、あくまで自分の決めた女性と結婚するということだった。
両親は戸惑いながらも、隣国の大事な王子であり、好意で婿養子に来てくれた手前なにも口出しはできない。ここは、アランの意思の尊重が第一だった。
それに私が選ばれなくても、選ばれた女を両親が養子縁組にするなりすればいいのだ。その場合、アラン以外で私の婿になってくれる人が現れなければ、私は国のためにどこかへ嫁ぐのだろう。……王家の血筋は絶えるから、いい選択では決してないけれど。
私が今、アランに選ばれることが一番の解決策ということがわかっているからこそ、私にはそれが大きなプレッシャーになっていた。
アランのことをもてなしているうちに、アランは城の人間とどんどん仲良くなっていった。……もちろん、私も含めて。
――正直言うと、私は一目アランを見た瞬間、アランの言う〝運命の人〟は自分だと信じていた。なぜなら、私はアランに幼い頃会ったことがあるからだ。
城を飛び出して街で迷子になった私を助けてくれた、名前も知らない小さなヒーロー。いつかまた会えることを願い、私は彼に『待っている』と告げた。あのときと同じ赤髪。忘れたことは一度もない。
きっとアランも、それを覚えているなら私だと気づいてくれる。だから、私は〝運命〟を信じることにした。
彼が話しかけてくれるのを待った。笑いかけてくれるのを待った。自分からは、どうしてか行動できない。自らアプローチなんてしたことがない私は、そもそもやり方がわからなかったし。
……でも、彼は私のところへあまり来なくなった。来てくれてもなかなかうまく返事ができず、愛想が悪いと思われたのかもしれない。
彼はよく、ネルと一緒にいるようになった。
気がつくと、彼はネルを好きになっていた。
◇
アランはネルへの好意を私に伝えると、颯爽と去って行った。
アランがいなくなり、私はその場にしゃがみ込み頭を抱える。今の私は数分前のリオナとはもうまるで別人だ。だって前世の記憶を取り戻したリオナなのだから。
――ここが自分のプレイしたゲームの世界と知った私は、これからどうすればいいのかをひとりで考えなくてはならない。
下の階でネルと楽しそうに話すアランの姿が見える。少し前まで淡い気持ちを抱き、運命を感じ信じていた人なのにもうただの馬鹿男にしか見えない。
だって運命の人に気づかず、巨乳でロリロリなネルに鼻の下伸ばしてるんだもの。マヌケすぎる。いや、アランの気持ちも少しはわかるわよ? ……実際私も最初にネルを攻略したし。でも攻略される側からあのマヌケ面を見ると――腹立つ!
もうアランは私ルートに入ることはないだろう。私にネルのことを相談する、さっきのあれはネルルートに入ったときに起きるイベントだ。
……ということは、残り時間はあと、今日を含め四日くらいしかないような。
「ここにいたのか、リオナ。――どうしたんだ? 具合でも悪いのか?」
「あ、お、お父様! ちょっと頭が痛くなって。でももう治ったわ」
しゃがみ込んでいた私の前に、父が現れる。私は急いで立ち上がり、今まで通りのリオナを装った。
「そうか。リオナ……お前に話がある」
神妙な面持ちで言う父を見て嫌な予感がしながら後ろをついて行くと、不安そうな顔をした母も部屋で私を待っていた。
――ああリオナ。これからわたしが告げられるであろうことが、もうなんとなく察しがつくわ。
「……ダールベルク家への返事を、今日をいれて、あと四日で決めろと連絡があってな」
重い空気の中で父が口を開いた。言いづらそうに言った内容だったが、すべてを知っている私には少しの動揺もない。
とある友好国の両親がいない若き王、クラウス・ノア・ダールベルクが私を気に入り、嫁に迎えたいという話がきていたのだ。返事というのはその件についてだろう。
私はクラウスの姿を見たことがなく、向こうが一方的に写真と過去に一度私を見かけたことがあるだけだ。なのに突然、私に結婚を申し込んできた。
国としてもただ一人の娘である私をよそに嫁がせるのは悩ましい……のと、他に理由もあるが、相手の国はクリシュナよりも遥かに栄え、権力もある。友好関係期間も長く、物資などもかなり援助してもらってきた。
『断るならそれなりの理由がなければ友好関係は切る』とまで言ってこちらを脅してきているようで、両親にとって今一番の悩みの種になっていた。そんなことをされると国として非常にまずい。
〝それなりの理由〟になることといえば――アランに選ばれることだ。
第三王子といっても王家の人間。一人娘の私の婿になる人間が現れれば、それは〝それなりの理由〟になる。ひとりしかいない王女が他国に嫁ぐより遥かにメリットになるなんて馬鹿でもわかること。
王家の血を絶やしたくない――同じ王家なら、この気持ちがわかるはずだ。
しかし今、それは絶望的な状況。アランはネルに熱を上げている。この先アランとネルがクリシュナを引っ張っていく未来がうっすらと私には見える……。
「リオナ……アランとはどうだ?」
「さぁ。私にはわかりません」
「そうか。……いや、でも、お前をあの国に行かせるのはやはり……」
「……アランが出す結論によっては、私も覚悟を決めておきます」
強いまなざしで両親を見ると、私は部屋から出ていく。
「リオナ!」
父が呼び止める声を背中に受け止めて、私は長いピンクの髪を揺らしながら自室へと戻った。
「決められるかぁぁぁぁあああ!」
扉を閉めた瞬間、私は枕に拳を殴りつけそう叫ぶ。そしでそのままベッドにダイブし、殴って表面がへこんだ枕に顔をうずめ、足をバタバタとさせた。
どうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしよう!?
「……アランが私を選ばない時点で……私のバッドエンドは確定じゃない!」
――おわかりだろうか。ギャルゲーでのメインヒロインの立ち位置はどういうものか。ストーリーが他の攻略キャラより濃いかわりに、選ばれないときの運命は……悲惨だ。
【記憶のなかのたからもの】をクリアした私の記憶上、これからのアランとネルの関係性によって私の未来はふたつに分かれる。
四日以内にふたりが結ばれれば、私はさっき父から言われていたダールベルク家行きが決定。つまり〝死〟だ。まずはこのことについて説明しよう。
ダールベルク家が王という立場にあるあの国は……昔から奴隷制度がひどく、上がイカレていると言われ、今では他国がどこも近づこうともしないくらい荒れ果てているという噂だ。
国の繁栄の背景には、奴隷の血と涙が色濃く塗られているのだろう。圧倒的な恐怖政治で国民を洗脳し、脱国させないという噂も聞く。
クリシュナが友好条約を組んだのは遥か昔……。その頃は奴隷制度などなかったらしく、寧ろとても安心できるいい国だったようだ。
奴隷制度がひどくなってから王家の人の性格も変わり、あまり深く関わることはなくなったらしい。……最低かもしれないけど、国の問題に巻き込まれたくない、といのが本音だ。
クラウスが私を嫁に迎えたい本当の理由は、私をひどい目に遭わせたいだけなのだ。おもちゃとして扱われるだけ……〝嫁〟という名の〝奴隷〟だ。
他ルートでハッピーエンドを迎えたとき、リオナ――私が姿を消すのは、ひっそりと国のためにひとりクラウスの元へ嫁いだからだったのだ。リオナルートのバッドエンドでも、どこかから逃げ出した傷だらけのリオナがそのまま息絶えるなんてことがあった。あの傷は、クラウスにつけられたものに違いない。だからこのルートになると、待つのは〝死〟。
もうひとつの未来は、ふたりが四日以内に結婚を決めなかった場合。アランがネルを攻略失敗したともいえる。
しかし、その段階でアランに選ばれなかった私は結局ダールベルク家行きが確定してしまう。アランが誰とも結婚を決めないまま四日後を迎えた場合の私は一体どうなるかというと――ずっと信じていた運命の人に選ばれず、二度と会えないかもしれない。そして自分は奴隷となる人生に絶望して、城ごと燃やし城の人間と心中する。
そう。他ルートのバッドエンドで城が燃え皆殺しバッドエンドになる犯人は私、リオナだった。これらの事実はすべてリオナルートをやると判明する。私も最初プレイしたときは衝撃を受けた。だからこの場合でも待っているのは〝死〟。……私、自分がそんな恐ろしいことできると思わないけど。
私が完全にどちらからも免れるには、アランの好意の矢印をこちらに向けることだけだったが……既に手遅れ。
このまま奴隷となるか炎上するか、燃やすのやめても結局奴隷確定だし。
たった四日で、今から私になにができる? もっと早く記憶が戻ればなんとかできたかもしれないのに。遅い。遅すぎる。
私を選ばなかったアランのことも憎い。そういえば、十五禁だったからリオナルートのとき事後みたいなシーンあったよね……。
え!? 私、処女のまま死ぬの? 男に愛される悦びも体験しないまま? ていうか、前世もそうだった気が――だめだ。死ぬに死にきれない。
「――そうだ」
死にたくない欲が高まった瞬間、私はあることをひらめいた。簡単なことだ。別にアランに絞らなくていいんじゃね? ってこと。
私の婿になってくれるなら別に王家の人間じゃなくたっていい。だったら自分で、自分のお婿さんをさがせばいい。
部屋にある姿見に映る自分を改めて見る。スラッとした手足に細い腰。胸は……ネルほど大きくはないがCはある。
ゆるっとしたカールのロングヘアーに、大きな紫がかった瞳に長い睫毛。高い鼻に可愛らしい小さな唇。
どこからどう見ても綺麗だ。前世と違って。勝っているのは胸のサイズくらいだろう。これなら男なんてイチコロだ。
街で探すと騒ぎになりそうだし、手っ取り早く城の中で誰かいないかしら。といっても、執事もシェフももう親より年上のおじいちゃんだ。ここへきてまた男不足問題が私の前に大きな壁となって立ちはだかる。
「ああもうっ! 誰かいないの!」
とにかく動くしかないと思い、私は部屋を飛び出し城中の男を探しに回ろうと階段を駆け下りると――足を滑らせ、体が前のめりになり宙に浮く感覚。
……前世で最後に見た、駅の階段の景色を思い出した。
まさか、同じように死なないわよね。今度はコンクリじゃなく、絨毯に頭を打ち付けそうになったその時。
角から現れたひとりの青年が、慌てて両手を広げ階段から降ってくる私を全身で受け止めた――が、そのまま一緒に豪快に後ろへ倒れこむ。
青年が下敷きになってくれたおかげで、私にはそれほどのダメージはなかった……というか、それよりも。
「だ、大丈夫ですか……リオナ様」
「……見つけた」
「……へっ?」
いた。ここに。私の救世主が。




