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零地帯  作者: 三間 久士
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南のバカブ神その4(アルルとニコラス)

4・アルルとニコラス


 「あの方の存在を、否定しないでください」


ガイの言葉が、ニコラスの心を占めていた。

目の前のドアを開けるニコラスの手が、止まったままだった。

昨夜久しぶりに『夢を渡った』ニコラスは、夜中に目を覚まし、高ぶった感情を沈めようと外に出た。

アレルの故郷であるアリシャ国は、夜になっても大気の熱気が冷めず、熱気を帯びた空気が身にまとわりついた。

まだ体が慣れていないニコラスは汗が引くことがなく、寄りかかった壁も、うっすらと熱を帯びていた。

そんな南の国独特の熱気は、ニコラスにアレルそのものを連想させていた。

ニコラスは星空を見上げながら、夢の中の二人を思った。


あの後、師匠はどうしたのだろう?

アレルさんの手を振り切って、何処かに行ってしまったのかな?

いや、あの手は振り切れない。

絶対、師匠はこの家の何処かに居ると思う。


ニコラスは、そう確信していた。


「眠れませんか?」


そんなニコラスに、そっとガイが声をかけた。

ニコラスは軽く会釈して、星に視線を戻した。

夕飯前、ココットに言われた言葉を思い出し、何となくガイの顔を見るのが辛かった。


「・・・小さかった時、『夢を渡って』怖い思いをして寝付けなかった時、こうやって星空を良く見ていました。

故郷の星空は宝石みたいでしたが、ここの星空は・・・

燃えているみたいですね。

昔、命は死んだら星になるんだって、姉さんから教わりました。

・・・あそこから見た命は、星の様に輝いているんでしょうか?」


姉さんから見た僕は、輝いているのだろうか?


ふと、ニコラスは思った。


「懸命に生きている命は、輝いていますよ」


ガイもニコラスを真似て隣の壁に寄りかかり、星空を見上げた。


「あの・・・

なんで、ガイさんは強くなったんですか?」


いささか気まずさを感じたニコラスの口から出た言葉は、自分でも驚くものだった。


「・・・弱い自分が嫌だったんですよ。

ただ見ているしか出来ないことが。

自分の体なのに、一歩を踏み出すどころか、小指の一本すら動かせない。

恐怖で体がすくんで、ただそこに居るだけ。

『これは悪い夢なんだ』

そう、ひたすら自分に言い聞かせている・・・

そんな自分が嫌いなんです」

「・・・アレルさんも、そうなんでしょうか?」

「あの人は・・・

それに付足して、弱い人が嫌いなんですよ。

自分のことも含めて」

「嫌い・・・ですか」

「どんなに大切にしても、どんなに自分の力で護ろうとしても、弱い人は死んでしまったり、心が壊れてしまうから・・・

それでも、大切だから全力で護るんです。

あの人、本当は寂しがり屋の怖がりさんなんですよ。

だから、僕はアレルさんの命令に従うんです。

あの時、あの場を離れた事に、後悔は無いんですよ」


そう言ってガイは優しく笑いかけ、ニコラスの頭を撫でた。


「そうそう、先ほどお二人とも目を覚まされました。

明日の昼ぐらいにはお会いできると思いますが・・・

あの方の存在を、否定しないでください」


ガイのいつもの笑顔が曇ったのを、ニコラスは見逃さなかった。

そんな事を思い出し、ニコラスはアルルの部屋のドアを開けられないでいた。


「こんなのと睨めっこしてたって、つまんないだけだ」


ニコラスの胸元から飛び出したココットは、少年の姿になったと思った瞬間、ドアを開けた。


「失礼しま~す」

「ココット、ノックを忘れてますよ」


言いながらも、ガイがいつもの笑顔で出迎えてくれた。

夢で何度も会い話もしていたが、実際に会うのは初めてだった。

天蓋つきの大きな円状のベッドの上、上半身を起した姿勢でレビアに優しく髪を梳かれながら静かに談笑しているアルルを見て、ニコラスの心臓は落ち着きを忘れていた。

大きな窓から差し込む太陽の光を浴びて、病的に白い肌も、夜の様に黒い髪もキラキラと輝かせ、優しく微笑むアルルの横、白い包帯を巻いただけのみなれた上半身を起し、不機嫌をまるで隠していないアレルも、別の意味で心臓が落ち着かない原因だった。


「・・・はぁ、うすうす分かってはいたんですよ。

アレルさんがアルルさんのお兄さんで、ガイさんとは主従関係で、そこそこ格式ある家のご子息だってことは」

「アレルて、王子様だったんだな。

似合わないな」


レビアからの情報を声に出してまとめたニコラスの横で、少年の姿のままのココットがガイから受け取った果物を食べながらサラッと言った。


「アルル様と姫様が親戚?

はとこ?

って言うのか?

まぁ、血縁者なのは納得できるけど、アレルとはな~」

「ニコ、お前の召喚獣、命知らずだな」


唇の端を痙攣させながら笑うアレルに、ニコラスの心臓が一瞬冷えた。


「アレルは王様になるんですのよ」

「んなもん、ガイにくれてやる」

「遠慮します」


ニコニコしているレビアから、不機嫌なアレル、いつものようにサラッと流すガイ。

いつもの風景に、ニコラスは少しだけホッとしていた。

そして、無意識にこの空間を探していた。

出入り口にはいつものようにガイが立ち、レビアの横にはタイアードが立っていた。


いつもなら、僕の横には師匠が居るはずなのに・・・


と、視線をココットに戻した。


「アレル、王様になるの嫌なのか?」

「似合うと思うか?」

「似合わないです」


ココットの質問に、アレルは浅黒い自分の顔を一撫でして、わざと厳つい表情を作った。間髪いれず、ガイが答えた。


「でも、王様って、似合う似合わないでなるものじゃないですよね。

だから、結局は・・・」

「ならねぇよ」


ニコラスに被せる様に、アレルが答えた。

その声は、不機嫌でもふざけている感じも無く、ただただ寂しげだった。


「俺様は、両手で護れる者が居るだけで十分だ」


そう言って、アレルはアルルの肩をそっと抱き、艶やかな黒髪に軽く口付けをした。

そんなアレルを見て、昨夜のガイの言葉を思い出した。


無くすのが怖い・・・


思い出した言葉に、胸が痛んだ。

大切な人を失くした悲しみや寂しさを、自分は知っている。

けれど、大切な人をその手にかけなければいけない悲しさは知らなかった。

アレルは過去も今も、大切な人を・・・


「・・・コ・・・ニコ」

「あ、はい」


アレルに名前を呼ばれ、驚いて返事をして、自分がアレルをじっと見つめていたことに気がついた。


「ココットが食ってるやつ」


ムスッとしたまま、アレルは右手を差し出し、果物を催促した。

ニコラスは慌ててテーブルの果物篭ごと渡すと、アレルは満足げに頷いて食べ始めた。

その食べっぷりに、ニコラスは少し安心して小さなため息をついた。


「とりあえずよ、ニコは何がしたい?」


アレルは食べながら、いつもの悪戯な顔でニコラスに問いかけた。


「僕のしたいことですか?」

「そ、お前のしたいこと。

俺は馬鹿だから、難しいことは分かんねぇし、『神』としての記憶も『想い』もねぇ。

だから、余計に『今』が大切だ。

護りたい者がある。

やりたいことがある。

だから、俺は自分自身を信じて動く。

俺には、それしかできねぇからな」


そう言って、アレルは立ち上がった。

下着と白い包帯の分別が難しい程、下半身も包帯で巻かれていた。

慌ててガイが支えようとしたが、アレルはそれを片手で止めた。

ベッドから下りたアレルは、思ったよりしっかりした足取りでドアへと向かった。


「アレル、どちらへ行かれますの?」

「あ・い・び・き」


レビアの問いかけに悪戯っぽく答え、邪魔すんなよ、とガイとタイアードを睨み付けて退出した。

すると、私達もデートしましょうか、と言って、レビアとタイアードが退室し、ガイはココットを連れて退出した。


「あ・・・

あの・・・

気分は、大丈夫ですか?」


ぽつんと置いて行かれたニコラスは、アルルを直視できず、あちらこちらに視線を飛ばしながら悩んだ。

大きな漆黒の瞳に見つめられ、アルルとの距離を詰めて良いものか。

皆が居なくなったからからと言って、すぐ隣に座るのも図々しいし恥ずかしい。

かと言って二人なのにこのままの距離も気まずいと感じていた。


「あの・・・

お嫌でなければ、側に来て下さい」


そんなニコラスの気持ちを察したのか、アルルはニッコリと微笑んだ。

ニコラスは気恥ずかしくなり、アルルを直視できずに軽く下を向いてアルルの横、レビアがしていたようにベッド際に座った。

が、腰は落ち着かなかった。

ソワソワと浮いている足が動いていた。


「いつも、お兄様を助けて下さって、ありがとうございます」


そう頭を下げられ、ニコラスは慌てて両手と頭を振った。


「助けられているのは、僕の方です。

アレルさんにも、アルルさんにも。

いつも、ありがとうございます。

アルルさんが導いてくれなければ、僕なんか・・・」


そうだ。

自分は、まだ誰かを護れるほど強くない。

アレルさんや師匠どころか、アルルさんの助けが無ければ、何度も命を落としただろう。


そう思うと、ニコラスは自分がとても小さく弱い存在に思え、逆にアルルが大きく見えた。


「私に出来るのは、夢見として皆さんを助ける事だけです。

私は、物心ついた時から、この部屋から出たことはありません。

部屋を通り抜ける風は分かります。

風が花や雨等の香を運んできてくれます。

お兄様やガイ、お姉様が花を持って来てもくれます。

けれど、雨の冷たさや、太陽の眩しさ温もり、大地の力強さは知りません」


ジャガー病を完治するための方法を研究していたフレアを思い出し、ジャガー病患者に最期を与えていたアレルが重なった。


「私は生れながらジャガー病患者で、発病しています」


分かっていた。

今までの出来事で、予想はついていた。

そして、この部屋に入った時点で、予想は確信になった。

しかし、改めて本人の口から言われると、やはりショックだった。


「私の脚を、触ってみてください」


ニコラスの手に重なった白く小さな手は、微かに震えていた。

薄い布越しに触れたのは、少女の脚にしては細すぎた。

そもそも、人間の形とは違っていた。


「私の脚は・・・」


次の言葉は聞きたくなかった。

言わせたくなかった。

だから、ニコラスはアルルを抱きしめた。


「僕が治します!

僕は物心ついた時からジャガー病を看てきました。

今は姫様と一緒に本格的にジャガー病の研究をしています。

僕の頭の中には、今までのあらゆるジャガー病についての研究内容が入っています。

経験もしました!

新しい薬も、作っています。

・・・だから

・・・だから、治ったら一緒にお散しましょう。

僕、料理も得意なんです。

アルルさんの好きなものを教えてください。

アルルさんの好きなものでお弁当を作りますから、それを持って遠出して・・・

体力がついたら、一緒に旅をしましょう。

風も空も、時間や国によってぜんぜん違うんですよ。

僕と一緒に歩いていきましょう」


抱きしめた体は小さく、思っていたよりとても細かった。

黒髪に埋もれた鼻先を、微かに甘い香りがかすめた。


「お兄様、怒るかしら?」


クスクス笑う声が、涙で濡れていた。


「・・・認めてもらえるよう、頑張ります」


そっと体を放して、今度は両手を取った。

白くて細すぎる手に、白月花の花を溢れさせた。


「わぁ・・・」


その笑顔は、今まで見た中で一番可愛らしいく、一番年相応の笑顔だった。

ニコラスは自分の心が温かくなったのに気がついた。

それと同時に愛おしさが溢れてきて、この笑顔を護りたいと強く思った。


「今は、これだけですけど・・・

いつか、お花畑に行きましょうね」

「はい。

『約束』ですね」


部屋に入った時とは少し違う鼓動が、アルルに聞こえてしまうのではないかと、ニコラスはそれにもドキドキした。




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