南のバカブ神その2(神代から現代へ)
2・神代から現代へ
それは物語を聞いているようだった。
しかし、以前聞いたものより、深く深くニコラスの心に降りてきた。
質素な部屋の中、レビアの昔話は続いた。
「各バカブ神、北星の女神、創造女神は『女神軍』と呼ばれ、地上の力なき者達を助けるために、死の神、自殺の女神、悪の神の『破神軍』と戦い、バカブ神たちは『柱』を破壊され世界が崩れないようにと、己が分身である『柱』に残りの神気を総て注ぎ、何者にも触れさせないように封印したといいます」
レビアの話を聞き、今までの事柄が確実に繋がり始めた。
「破神軍たちの目的は、ジャガー神の解放。
つまり、世界の破滅。
それを阻止しようと戦ったのが創造男神、太陽神、月の女神、雨の神、風の女神の『善神軍』でしたわ。
ジャガー神の解放は、聖樹の破壊に繋がりますの。
聖樹が壊れてしまえば・・・」
「バカブ神の柱も聖樹の柱も、本体である神が死んでも分身である柱が壊されても、片方が駄目ならもう片方も駄目ってことですか?」
レビアは静かに頷き続けた。
「封印という言葉を使いましたが、正しくは柱に『結界』を張り、誰の目にも晒さないということですわ。
けれど、所詮作られた『物』ですわ。
いつかは『最期』が来ます。
封印された柱は、バカブ神の分身。
本体が目覚めなければ、ゆっくりとその力は落ちて、最期は消滅しますわ」
「・・・そうか。
僕達が目覚めれば、また柱に力が甦るんだ。
でも、南の柱は封印されなかったと聞きました。
ファイヤー・ドレイクが柱を護っていたと・・・」
「・・・他のバカブ神達は、護る者達のために柱を封印しましたわ。
しかし、南のバカブ神には、護る者が居ませんでしたの。
護りたかった者を失い、護らなければいけない者達を己が手で葬ってしまい、彼は柱を封印できなかったのですわ。
悲しみと怒りで燃え盛る己が分身を抑えることができず、失意のままに亡くなりましたわ。
本来なら、柱も姿を消すのでしょうが、バカブ神の代わりに、ファイヤー・ドレイクが柱の糧となりましたわ。
もとは南のバカブ神の炎で亡き者にされた人間や、炎の神の一族の魂が集まって出来たドラゴンですの。
細々とですが、バカブ神の代わりにはなったのでしょう」
「その・・・
バカブ神は、憎まれなかったのか?」
ニコラスの胸元から顔を出していたココットが聞くと、レビアは寂しそうに微笑んだ。
「それを知っている上で、サーシャ様の今回の行動は・・・」
入り口に立ち聞いていたガイは、視線をそっと部屋の中央に向けた。
この部屋は丸く、小さなテーブルとニコラスとレビアが座っているイスと、ベッドしかなかった。
ベッドはとても大きくこの部屋の八割を占め、天井から幾重にも垂れる薄布で覆われ、中はうっすらとしか見えなかった。
その周りには月の石を使い強化された魔法陣が三重に施されていた。
「あの方は、何度も何度もアレルさんに謝っていました。
アレル、貴方が悪いのではありません。
総ては自分の罪だと。
あの時、あの子の命を護りたくてやってしまった、自分の罪なのだと。
幼い貴方達を見守って時が流れ去るのを祈っていたけれど、揃いすぎてしまったと言っていました。
あの方の目的は破壊神の安らかな眠り。
あの子を、破壊神にしたくはないとも」
ニコラスは思い出していた。
真っ白な法衣と美しい両手を鮮血に染めたサーシャと、それを怒らなかったアレルを。
「破壊された故郷からクレフを連れ出し育て教えたのも、私に神々や神官としてのノウハウを教えたのも、アレルとガイが国を出た後の母親役をしていたのも・・・創造女神を信仰する神官のサーシャ様でしたわ。
サーシャ様は・・・創造女神、その方だったのですね。しかも、前世の記憶も確りとおありなのですわね」
悲しそうに呟くと、レビアはベッドの方へ視線を向けた。
「よく、ここまで間に合ったな」
そんなレビアの肩に、タイアードがそっと手を置いた。
「アルルさんが導いてくれたおかげです」
意識を失ったアレルを、召喚したユニコーンの背中に乗せたとき、不意に辺り一面を星空で覆われたと思った次の瞬間、それらは一本の道となってこの部屋まで誘った。
この部屋にたどり着いたとき、レビアとタイアードはすでに居た。
正しくは、レビアは術を使っているアルルのサポートをし、タイアードはドアの前に仁王立ちして居た。
「間一髪といったところでしょうね。
やはり、この時期に立て続けに術を使ったのは、かなりの負担になってしまいましたわ」
初めて見た生身のアルルは、結界に護られた空間でさらに月の女神の守護を受けながら、力なく微笑んでいた。
そして、直ぐに意識を失った。
ニコラスは説明を受けなくても、今までの話と部屋を見て、アルルの置かれている状況を確信した。
アルルはジャガー病感染者であり、レビアはその症状を抑えるために新月の数日前から居るのだと。
「アルルは何とかなると思いますが・・・」
「アレルさん、そんなに・・・」
「着いたばかりの火種に、大量の氷水をかけたようなものですわ。覚醒したことによって、ジャガー病は押さえられているようですが、命そのものは・・・
油断は出来ませんわ」
説明するレビアの顔には、疲れの色が濃く出ていた。
「僕、シンさんも気になるんです。
経緯はどうあれ、これまで柱の復活に導いていただいてますし。
アレルさんの覚醒の時も、滅茶苦茶手荒かったですけど、結果的には・・・
『終わりの時を始める』って、もしかして・・・」
ニコラスの話を、ガイが止めた。
「すみませんが、湯とご飯の用意が整ったようです。
姫様もお疲れですし、いったん休みましょう」
ガイに促され、レビアたちは動き出した。
話の腰を折られ、ニコラスはもやっとした気持ちになった。
今までのことが明確になり始め、色々な過去の出来事が繋がり、先が見えそうな気がしてきたのに、その雰囲気が一気に削がれた。
いままで感じたことの無い重い気持ちに、ニコラスの足は動かなかった。
そんなニコラスの耳元で、ココットが囁いた。
「ニコ、ニコ・・・あのな、おれっチ思うんだ。
アレルのこと、きっとガイが一番後悔しいんじゃないか?
あの時、アレルの言うことを聞いて、ここに戻らなければ・・・って。
だから、今までの話、ガイの気持ちが付いていけてないんじゃないか?
アレルは一応、い・ち・お・う、ガイの主人なんだろう?
主人を護れなかったっていう気持ち、おれっチには分かる。
おれっチも、ニコがアレルみたいになったら・・・」
そこまで言って、ココットは小さな体を震わせた。
そんなココットを両手で包みこみ、自分の目の前まで持ってくると、ようやくニコラスは笑った。