表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
零地帯  作者: 三間 久士
93/137

北のバカブ神その25(北の柱の復活)

25・北の柱の復活


 クレフはこの空間を知っていた。

この冷たさを知っていた。

身を切り裂くここの冷気と、自分を燃やし尽くそうとする、この男の熱を知っていた。

記憶になくても、体が覚えていた。

触れる肌の熱さ、名を呼ぶ吐息の熱、心の奥が覚えていた。


「アレルさんの執着心て、相当つよいんだなぁ・・・」


大事そうにクレフを抱き、氷の地下室を進むアレルの背中を見て、ニコラスは不意に呟いた。


「あ?

俺様が何だって?」

「あ、いえ・・・」


さっと、人型になったココットがアレルとニコラスの間に入った。

振り返ったアレルに慌てて口を押さえたものの、その腕の中で抵抗する気力もないのか、それとも本当に安心しているのか、体を預けているクレフを見て、ニコラスは話を続けた。


「僕、思ったんです。

ドレイクさんは、クレフさんが不死になったのは自分の研究結果だと言ってましたけど・・・

結局、ご自身もそうでしたけど、他の誰も不死にはならなかったじゃないですか。

だから、クレフさんが今死ねないのは・・・

バカブ神のアレルさんの呪いなんじゃないかなって。

僕、さっき思い出したというか・・・?

違うなぁ・・・

観えた?んです。

クレアスとしての僕が、バカブ神のアレルさんを刺したところを。

大切な人を失った悲しみと怒りで我を失って、護らなければいけない一族をご自分の能力で殺してしまって・・・

アレルさん、凄く悔しかったんだろうな、凄く悲しかったんだろうなって。

クレフさん、ポセ・ティアムさんを護れなくて。

自分の居ないところで戦いがあって傷ついて、自分が居ないところで亡くなってしまって・・・

だから、『今度』は護りたいんだなって。

先に死んでほしくないんだなって」

「勝手ですね」

「はは・・・

だから、『呪い』かな?って」


クレフに呟く様に冷たく言い捨てられ、ニコラスは苦笑いをしながら続けた。


「さっき、シンさんが言っていました。

『終わりを始める時を待っていた』と。

これは、神話の時を終わらせるって意味でしょうか?

シンさんて・・・」

「俺に聞くなよ。

分かるわけないだろ。

ま、終わったら、次を始めればいいんじゃね?」


眉間に皺を寄せて考えこむニコラスに、アレルは陽気に答えた。


「一つ終わったら、次に進めばいいんだよ」


クレフから意見が出るかと思っていたニコラスは、鳩が豆鉄砲を食らった様な顔でアレル見た。

そんなニコラスに、アレルは唇の片端を上げて悪戯に笑いかけた。


「着いたみたいですよ」


そんな二人に、クレフは冷静に声をかけた。

表面上は何時も通りに見えるクレフだったが、アレルの熱に包まれ、その心は迷子の子どもの様だった。

一同の背中は、少し先を厚い氷が塞いでいた。

その氷の前に、もう一人のクレフ・・・

ルイが居た。


「魂の滅びが先か、肉体の滅びが先か」


ルイは今にも泣きそうな顔で、氷の向こう側へ消えた。


「あ、ここ・・・」


ニコラスの呟きに、ココットが反応した。


「スーラ国で迷い込んだ所だな」


ココットの言葉に、ニコラスは頷いた。


厚い氷の向こう側には、一見すると中庭に見え、中央に大きな噴水が勢い良く水を吹き出した形のまま凍りついていた。

地面は氷ではなく白い石畳で、よく見ると石畳は凍って白く見えていた。

周りも氷ではなく、白い壁だった。

そこだけ、空間が違っていた。


「師匠、この部屋が僕とココットが、スーラ国で迷い込んだ結界の部屋です」

「下ろしてください」


ニコラスの言葉に、クレフは気持ちを切り替えようとした。

しかし、クレフを抱く腕に力が入った。

その力強さに、その熱さに、身も心も燃やされてしまうかと錯覚した。


「アレル、子供ではないのですから」


それは、自分自身への言葉だった。


「わかってる」


ボソッと言って、アレルは生み出した炎で目の前の塊を破壊した。


「やっぱり僕たち、お邪魔虫みたいだね」


こそっとココットに耳打ちをしながらも、そんな二人を見られるのがニコラスは嬉しかった。


「馬鹿なことを言っていないで、進みますよ」


ニコラスに向けて言った言葉も、本当は自分に向けた言葉だった。

アレルの熱にうなされ、現状を忘れるなと、クレフは自分に言い聞かせた。

アレルの腕からすり抜け、先に進んだ。

噴水を通り過ぎた瞬間、その足が止まった。


「ここは・・・」

「ニコ、あそこ・・・」


道が切れていた。

そこから先は、闇だった。

後ろを振り返っても闇だった。

そして、視線を戻すと、その少し先、闇の上に立つ者がいた。

白い肌も、銀色の髪も、愛らしい顔も、深い青の瞳も・・・

肉体というものは無かった。

ただ、幼子の骨が一揃え立っていた。

あの子は待っていたのだ。

こんな冷たく、淋しい所に一人で。


「アレルさん」


紅い翼を羽ばたかせ、アレルはその子を抱えて戻ってきた。


「ルイ・・・」


アレルから受け取り、優しく抱きしめたルイは、とても小さかった。

伏せた薄紫の瞳から、小さな涙が零れ、ぽっかりと空いた穴に落ちた。

そこには、深い青の瞳があるはずだった。

滑らかな曲線を描く骨には、子どもにしては薄かったが、柔らかな肉がつきうっすらと血の気も差していた。

頬よりも赤みがあった唇も今はなく、剥き出しになった小さな歯が震えた。


「あの日、紫の髪と瞳の男性が、ボロボロになった私をここへ運んでくれました。

ここで私の体はゆっくりと朽ちて行き、魂は城下街へ・・・。

たまに、その男性が遠い国まで連れていってくれて・・・

それは決まって新月の日。

そして、行った場所にはクレフがいた。

けれど、私は触れることも声をかけることも許されていなかった。

やっと・・・

触れられた」


懐かしい、軟らかな声だった。

ずっと探していた半身だった。


「街にはもう、誰もいない。

皆、最期の場所に導かれて行ったわ。

けれど、私にはまだやることが残っている。

私は、この日のために、ここで待っていたのだから」


クレフの腕からすり抜けた幼い骨は、何も無い空間に進みながら、在りし日の姿に戻っていった。


「私は風の女神ホー・ルーシィー。

四季を贈り、復活を司る者。

浄化を司る北の柱の鍵として、今こそ役目を果たしましょう。

魂の滅びが先か、肉体の滅びが先か・・・」


何も無い空間にルイが浮くと、大小様々な透明な虹色の球体が現れた。

それは暫くルイの周りを浮遊していたが、ゆっくりと数を増やしながら上へと上がり始めた。


「西の柱には生命を司る太陽神と、出産を司る月の女神。

東の柱には試練と罰を司る自殺の女神と、悪しき心を司る悪の神。

北の柱には死者の案内人であり、探求を司る死の神と、四季を贈り、復活を司る風の女神。

私は北の柱が封印から解かれるための『鍵』として、二つの命を持って生まれるはずでした。

しかし、何らかの理由で、二つあるはずだった命の一つはクレフが持って生まれ、私は幼くして覚醒し、そのまま命を落としました。

本来なら死の神に誘われ、冥界へと旅立たなくてはなりませんでしたが、あの方に引き止められました。

『鍵』としての役目を果たすようにと」


不透明な虹色の球体はルイを中心に、それぞれがくっつきあい光の柱となった。

クレフはゆっくりとその光の柱に近寄ると、左の手首を短刀で切りその中に入れた。

虹色の柱は瞬く間に透明になり、下から上がる水の柱となった。


「ルイ・・・

お休みなさい」


クレフはそのまま難なく柱の中に進むと、白骨化したルイを抱きしめた。

その姿は靄がかった中に、うっすらと見えた。

二人にしといてやろうと、アレルはニコラスを伴って、噴水の場所まで戻って来た。

今まで凍り付いていた噴水の水は、柱が復活したからか、勢い良く噴出し水しぶきで辺りをうっすらと煙らせていた。

アレルは噴水から一番遠い氷の壁にもたれ掛かり、ズルズルと座り込んだ。


「気が抜けたら、疲れが出てきたな」


心底気だるそうに呟いたアレルの顔色は、血の気が失せていた。

ニコラスに心配かけまいと、いつもの様に笑いかけたその表情が一瞬にして固まった。


「アレルさん、どうかしましたか?」

「ニコ・・・来るな・・・」


体が倒れた。

背を預けていた明度の高い氷に、朱い帯が出来た。

倒れた周りに、ゆっくりと血溜まりが広がっていく。

瞬時にココットが人型になり、ニコラスの直ぐ横に立った。


「あ・・・

アレルさん・・・

貴女は、どなたですか?」


アレルが倒れた向こう側、ガラスの様に輝く氷の壁の向こうに、人が立っていた。


「誰だ!?」


ココットが警戒して声を荒げた。

その女性は真っ白な官衣を身につけ、豊かな金の髪を高く結い上げ、硬く両目をつぶり、両手には血の着いた短刀が握られていた。

ニコラスには、この女性が厚い氷の壁越しにアレルの背中を刺したとは、思えなかった。この女性には狂気も殺気も無い。

纏っているのは悲しみだった。


「サァ・・・

んでだ・・・」


アレルは刺された右腰を押さえながら、何とか立ち上がろうと壁に手をかけ、声を絞り出した。


「アレルさん!」


手を貸そうとするニコラスを、ココットが止めた。


「・・・それでいい、ココット。

ニコ、俺に触るな」


横目でココットの動きを確認し、アレルはその体を氷の壁に預けた。

その壁は、必要以上に冷たく感じ、また、自分の体がいつも以上に熱く感じるものの、その熱は身を預けている壁といわず、部屋全体に奪われているようだった。


「ニコ、暫く黙っ・・・

とけ・・・

サーシャ、今まで・・・

何処に・・・」


血が流れ続けている感覚はあった。

それと共に体温と力も流れ、体の感覚が消えていくのが分かった。


「アレル、貴方が悪いのではありません。

総ては私の罪。

あの時、あの子の命を護りたくてやってしまった、私の罪なのです。

幼い貴方達を見守って時が流れ去るのを祈っていましたが・・・

揃いすぎてしまいました。

私の目的はあの子の安らかな眠り。

・・・あの子を、破壊神にしたくはないのです。

この短刀は水の柱から作った物。

南のバカブ神として目覚めたばかりの貴方には、この空間さえもその命の灯を消してしまう勢いですから・・・

辛いでしょう、ごめんなさい、アレル。

貴方を選んだのは私です。

私は、貴方の優しさに甘えてしまいました」


そう言うと、その姿は霧のように薄くなり瞬きの間に消えた。


「んだよ・・・

サーシャ・・・

ニコ、クレフに気づ・・・

運び出せ・・・」


アレルは肩で荒い呼吸を繰り返しながらズルズルと床に崩れ落ちた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ