北のバカブ神その23(ドレイクの最期)
23・ドレイクの最期
瞬きの続きだった。
ニコラスが瞼を開けると、モンスター化したドレイクの体を搦め捕っていた大木は粉々に砕け、アレルとガイが対峙していた。
「夢見の世界は精神の世界。
精神世界であれだけのエネルギーを放出してもなお、あの二人と戦うとは・・・」
ニコラスの横で、クレフがゆっくりと立ち上がった。
「気が付いたんですね、良かった・・・
気分はいかがですか?」
「狂犬に噛まれて、良いわけないですよ」
剥き出しの右腕を軽く動かしながら、クレフは眉間に皺を寄せて答えた。
そんないつものクレフを見て、ニコラスは一安心した。
「あの時、アレルさんが叫びましたが・・・」
「あのエネルギーですからね。
術を解くのが間に合わなかったら、今頃私達は廃人ですよ」
その言葉に、ニコラスは夢の少女の身を案じた。
「どうやったら、勝てるでしょうか?」
心配をしても、目の前の事をどうにかしないと身動きが取れないのも分かっていた。
アレルもガイも、苦戦していた。
「ニコラス、しばらく召喚は止めておきなさい。
そこまで魔力が減っていては、命とりです。
ココットも、貴方の胸元で眠っているでしょう?
それは、貴方から供給される魔力を最低限にしているからです」
クレフはニコラスの防寒用マントを返すと、短く詠唱した。
クレフがパチンと指を鳴らすと、ニコラスの後ろに白い大きな鳥が現れた。
鳥はその大きな翼で、ニコラスを抱かかえた。
その柔らかな優しい感触とほのかな温もりに、ニコラスの体の緊張は一気に解れ、意識の半分は夢心地だった。
「アレル、貴方らしくもない。
今日は、随分と大人しいのですね」
珍しく、クレフが声を張りながら、両手は忙しなく動いていた。
「ふん。
準備体操してたんだよ」
クレフの姿を見た瞬間、アレルの顔付きが変わった。
その瞬間の表情を見逃さず、剣を交えていたガイは、大きく後ろへと飛んだ。
「いまさら何をやっても・・・」
「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ・・・・」
アレルの体を、深紅の炎が覆った。
周りの木々や花が次々に燃え始めた。
炎が総てを飲み込んでいった。
ニコラスは鳥に護られ、クレフとガイはそれぞれ結界を張った。
ガイの出した竜巻は炎を巻き取り、炎の龍となってドレイクに纏わり付いた。
「こんな炎・・・」
風の刃が体を深く引き裂いた。
再生する間もなく炎が入り込み、外から中から焼いていく。
「魂の滅びが先か、肉体の滅びが先か・・・」
そう呟きながら、クレフがドレイクに結界をかけた。
大きかった炎の龍は、結界に圧縮され小さくなり、ドレイクと共に結界の中に収まった。結界は炎と血で紅く染まり、遠吠えとも唸り声とも分からない声が漏れ聞こえていた。
紅い結界の中で、再生と崩壊を繰り返すドレイクの姿は悪魔の様だった。
「ガイ、戻れ!」
アレルの命令に、ガイの姿が瞬時に消えた。
すると、炎を制御していた風が消え、炎が暴れ始めた。
クレフは溜息をついて結界から出ると、炎がむき出しの肌を舐めていく。
纏わり付く炎に眉一つ動かさずに、クレフはアレルの正面に立った。
パアアアン!
クレフの平手打ちが、アレルの頬に決まった。
何度も何度も、クレフはアレルの頬を打った。
「って・・・
いいか・・・
ぶっ・・・」
その手を捕まれた瞬間、逆の手が頬を打った。
「もういい!」
アレルがクレフの両手を掴むのと、炎が消えたのは同じタイミングだった。
「あ、あの・・・」
鳥の翼の間から覗いていたニコラスは、今までの半夢心地から一気に現実に引き戻された感覚だった。
「まだ上手く使いこなせていないのですよ、自分の力を。
自分の力に飲み込まれるなんて情けない。
いつまでも、私の水龍をあてにされては迷惑ですから」
だから正気に戻るように平手打ちなんだ。
と、ニコラスは納得した。
「今までの私への愚行に対して、ではありませんよ」
ニコラスの心情を読んだかのように、クレフは付け足した。
「それでも、止める気はありません」
ニコラスは力なく答えて笑った。
「あ~、俺様の美貌が台無しぢゃん」
最後の一発で、口の中を切ったようだ。
アレルは血の混ざった唾を、勢い良く足元に吐き出した。
「で、このあと、どうします?
ガイさんはどちらへ?」
ニコラスは優しい感触に包まれたまま、ゆっくりと辺りを見渡した。
アレルが暴れた後は、例外なく建物は倒壊し見晴らしがよくなるが、今回もそうだった。城の外壁すら殆ど崩れ、城下町であった一部分があちらこちらに見えた。
時間もだいぶたっていた様で、辺りはうっすらと明るくなり始めていた。
「ガイはアルルの元に戻した。
万が一を・・・」
アレルの声が変わった。
声と同時に、表情も険しくなった。
ニコラスはその視線の先を追った。
「ご苦労様です」
ドレイクの結界の上に、シンが笑顔で浮いていた。
「お前、何者だよ」
アレルは、すかさずクレフの前に出た。
「ただの遊び人ですよ」
「レオン神父やフレアやドレイクに手を貸したのは、貴方ですね?」
シンの返答に、クレフが静かに聞いた。
ニコラスも、心の片隅で思っていた事だった。
しかし、導いてくれたことも真実だった。
「終わりの時を始めるって、どう言うことですか?」
先刻、シンから聞いた言葉だった。
ニコラスにはそれが引っかかっていた。
が、シンは答えなかった。
代わりにドレイクの結界が破られ、勢いよく噴き出した炎は、黒い大きな影にドレイクごと飲み込まれた。
影は三頭の頭を持つ黒い犬になった。
アレルはケルベロスを見た瞬間、憎憎しく舌打ちをして構え、背中のクレフは詠唱を始めた。
「ああ、戦う気はありません。
彼もまだ地上には戻っていませんし。
この子をちょっとお借りしただけです」
三頭の頭を順番に撫でながら、シンは笑って三人を見ていた。
「あいつは、どうなるんだ?」
警戒を解かないまま、アレルが聞いた。
「この子の闇の中で・・・
魂の滅びが先か、肉体の滅びが先か・・・
では、また」
誰に言ったわけでもなく、シンは鼻歌でも歌うかのように言葉を流すと、いつもの様に笑って消えた。
そのいつもの笑顔に、ニコラスは背筋に冷たい汗が流れた。
「・・・で、どうしたいよ?」
今の事が無かったかのように、アレルは軽い口調で振り返った。
煤けた瓦礫と土が明け始めた朝の光に照らされ、その存在を強調し始めた。
あれだけいたモンスターも、不気味な城も、血と脂に充満した廊下や部屋も、それらを覆い隠した白月花も、全部綺麗に燃えてしまった。
「あの、お願いがあるんです」
ニコラスは、おずおずとアレルに頼みごとをした。