北のバカブ神その21(一つの器に二人の魂)
21・一つの器に二人の魂
シンが消えた瞬間、それはニコラスにとっては瞬きをしたつもりだった。
しかし、開いた視界は暗い夢の中に落ちていた。
夢だと分かったのは、呼吸が楽で、体の痛みがなく自由が利き、確りと立っているからだった。
ポツリ・・・
ポツリ・・・
足元から星が広がっていった。
大小様々な星が連なり、周囲を照らしていく。
「ガイさん!
アレルさん!」
少し放れた所、周りより大きな星の下にガイが、さらに少し離れたところに、同じようにアレルとクレフが現れた。
「師匠・・・」
迷わず自分に駆け寄ってきたニコラスの頭を、クレフは優しく撫でた。
「・・・その、なんだ
・・・大丈夫か?」
そんなクレフから視線を逸らしながら、アレルはボソボソと声をかけた。
「相当、空腹だったようですね。
少しは足しになりましたか?」
ゆっくりと辺りを見渡しながら、クレフは棘々しく返した。
そんな二人を見て、ニコラスは心底ホッとした。
「師匠、アレルさん、続きは後にしてください。
で、ここはどこなんでしょう?
皆、同じ夢なんでしょうか?
それとも、僕だけ?」
ガイが自分に手を振ったのを見つつ、ニコラスは二人の会話に割り込んだ。
「アルル・・・
夢見の夢の中だ。
ここでは魔法も武力も通じない。
やるだけ損だ。
だから、大人しくしてた方が利口だぜ。
ま、あんたに言うのは野暮か」
アレル、クレフ、ガイの視線の先には、いつの間にか二人の男が立っていた。
モンスターへと姿を変える前の、灰色の豊かな髪を綺麗に後ろに撫でつけ、細面の顔に細い眼鏡を掛けた、白い手袋の男。
もう一人は、酷く癖のある黒髪を四方八方に伸ばし、たるんだ皺の中から黒い目をギョロギョロとさせ、黒く厚い法衣の上からでも酷く曲がった背中が良く分かる、小さな男だった。
「あの方達は・・・」
アレルとガイは、白手袋の男を見つめていて、ニコラスの問いには答えなかった。
「ほら、お姫様の登場だ」
一同の中心に、輝く星が現れた。
その光はすぐにおさまり、長い黒髪の少女がニコラスに向かって両膝をつき、深々と頭を下げていた。
「先程は、私の願いを叶えてくださり、ありがとうございます」
上半身ごと上げられた顔には、表情がなかった。
大きな黒い瞳が、ニコラスの視界に飛び込んできた。
「ここは私の世界。
皆様、心安らかにお過ごしください」
「さて、手っ取り早く進めようぜ。
・・・初めまして、大伯父さん」
少女の横に立ったアレルは、白手袋の男に向かってうやうやしくお辞儀をした。
「レダの息子アレルと、娘アルルだ」
その言葉に、ニコラスは二人の顔を忙しなく見比べた。
「お前は・・・
似ていないな。
娘はよく似ているのにな」
グレーの瞳だけ見ると少し神経質に見えるが、薄い唇が湾曲しているせいか、心なし穏やかに見えた。
「レダは息災か?」
「貴方様の夢見の通り・・・」
ガイが軽く頭を下げた。
「・・・そうか。
・・・夢見を違える事は、出来なかったか・・・」
男の肩がガックリと落ちたのが、ニコラスにも分かった。
「アレルさん、僕、説明が欲しいです」
白手袋の男に敵意がないことは分かった。
しかし、その他は何も分からず、ニコラスはアレルに説明を求めた。
「ああ、話してやるよ。
昔話をな・・・」
どこか悲しげなアレルの声が合図だったのか、白手袋の男は語り始めた。
私の名前はフレア・レヴィ。
その二人の母親の伯父にあたる。
我が一族は男子しか生まれず、家を継ぐ者は、代々夢見の姫を娶っていた。
母も、家を継いだ兄の嫁も夢見だった。
『夢見』とは、未来に起こる事柄を夢に見たり、他人の夢を渡り歩いたりする者。
その力を受け継いで生まれてくるのは娘で、ほとんどの夢見は初潮とともに段々と力は弱くなり、成人を迎える頃には無くなってしまうのが常だった。
夢見と分かると、ほとんどの娘は力がある幼いうちに城主や領主に仕え、初潮を迎えると親元に帰されるのだが、我が一族は代々そのまま娶っていた。
私の母も、私たち兄弟を産む頃には、力を失っていた。
私は三人兄弟の末っ子として生まれ、物心ついた頃から魔術に興味を持っていた。
しかし、我が一族は武道の一族。
一族の中で毛色の違う私を、一族の皆は口々に罵った。
家というものは、私にとってとても居心地の悪い空間だった。
けれど、そんな私に唯一優しい声をかけてくれたのが、兄嫁であるレダの母・二人の祖母だった。
レダの母は元々体が弱かったらしく、レダを産むと帰らぬ人となった。
我が一族は男子の家系で、記録されている限り、女子はレダが初めてだった。
私は兄嫁の忘れ形見を愛した。
幼きレダに、その母を見ていた。
季節が巡る度に、レダは美しく成長していく。
成長とともに、夢見としての力も安定していく。
しかし、私はどうだ?
どんどん年老いて、肉体は衰え、レダへの想いも淀んでいく。
私は、そんな自分を見られるのが堪えられなくなり、国を出た。
国を出てからだった。
私が夢見の力に目覚めたのは。
私の愛しいレダがモンスターに襲われ、ジャガー病に感染する。
産まれた子もまた・・・
そんな夢を、繰り返し繰り返し観た。
私は、ただ・・・
あの子等の笑顔を、あの人の幸せを、守りたかっただけなんだ・・・
だから、研究したのだ。
ジャガー病を。
しかし、いくら研究しても、出口は見つからなかった。
感染者を確保するのも骨が折れた。
だから、目先を変えた。
先ずはこの体の老いを止めようと。
私が不老不死になり、ジャガー病に感染して研究をすれば手っ取り早いではないか。
・・・その時の私は、世捨て人同然だった。
動いていたのは頭だけだった。
雨風を遮る家もなく、体は栄養失調で動かなくなり、城下街の路地裏で転がっている石だった。
そんな私を拾ったのがフレイユの王子だった。
拾われた私は研究にと部屋と助手を与えられ、日々を研究に没頭した。
そして王子が王となり、私の研究は佳境を迎え、新しい王もそれを必要としていた。
しかし、足りなかった。
強い魔力を持つ者を実験台にし、成功したら私自身に施すつもりだった。その実験台がなかなか現れなかった。
あの日まで・・・
私の名前はドレイク。
フレイユに仕えし魔道士。
私は密かに不老不死の研究をしていた。
それは、肉体を美しく保つためではない。
肉体が一番活性化しているその『時』を永遠とするために。
いくら傷ついても、どんなに深い傷でも、再生すればまた戦える。
そう、永遠に戦う人間を造りたかったのだ!
私はそれらを造り、この小さな国を、世界を納める大国へと・・・
いや、違う・・・
私は血が見たかったのだ。
戦い、傷つけあい、理性を剥ぎ取り獣のように生への本能を剥き出しにした浅ましい姿を!
だが、研究は失敗ばかりだった。
邪魔する者も多かった。
クレフ、お前の両親がその筆頭だった。
私を支持していた王子が王となり、私の研究はやりやすくはなったが、お前の親は煩かった。
だから、研究材料にしてやったんだ。
たが、お前の親よりも適材がいた。
生まれたてのお前たちだ。
直ぐにお前の母親に連れ戻されたがな。
しかし、父親の末路を見ただろう。
出来損ないのアンデットだったが、自我を持っていた。
お前の片割れは傷は治るものの、不死ではなかった。
心臓が動かない体に、魂が縛られていた。
私はルイによって致命的な傷を負ったが、すでに回復を始めていた。
クレフ、お前に施した事を、私もやっていたのだ。
しかし、何かが足りなかったのか、魂の回復にはえらい時間がかかり、その間にこの男・フレアに私の体は乗っ取られてしまった。
抵抗した魂は弾かれ『形』を造り、体の中で回復を始めた魂は、ジワジワとフレアの魂を侵食していった。
フレアと私の話しに齟齬があるだろう?
それは、彼の魂に私の魂が入っているからさ。
そして、クレフ、お前は私の研究の結晶だ!
心臓が止まっても、また動く!
腕を根こそぎ取られても、新しい腕が生えてくる!
完璧なる不死!
後はその美しさを保つだけだ!
お前は私が産んだ芸術品だ!
さあ、私と共に世界を作り替えようじゃないか!