北のバカブ神その20(ニコラスの召喚)
20・ニコラスの召喚
覚醒したアレルの炎の攻撃も、ガイの武器での攻撃も、モンスターと姿を変えた男にはあまり効いていなかった。
しかし男の攻撃は二人に効いていた。
猫が獲物を嬲るかのような光景を目の前にして、ニコラスは何とか自分の体を動かし、二人を助けようと試みた。
しかし、指の一本も動かせなかった。
「私は強い!」
モンスターが吠えた。
赤子同然の扱いを受け、息も絶え絶えの二人の姿が信じられなかった。
重症のアレルは度々見てきたが、踏みつけられている姿は想像もしなかった。
「私が神だ!」
その言葉に、自分の神としての力で何か出来ないかと、ニコラスは思った。
そんなニコラスの指先に、とても柔らかいものが触れた。
それは無意識だったのだろう。
視線を動かすと、手元に咲く白月花が見えた。
確信はないけれど、やってみる価値はあるよね。
と、ニコラスは再三ユニコーンを召喚し、その脚を支えに立ち上がった。
「そうだよ。
こんな所でも、花は咲くんだ。
ユニコーン、師匠をよろしく」
言われ、ユニコーンはまだ意識の戻らないクレフの服を優しく咥えると、易々と自分の背中に乗せた。
ニコラスは、抵抗らしい抵抗をしなくなった二人を嬲り続ける男から視線を放さないまま、深く呼吸をした。
そして、呼吸が指の先まで血を廻らせているのを感じて、自分の剣を床の境目に出来るだけ深く突きさした。
「地中深くに眠る我が眷属よ・・・」
全身の毛が逆立っていくのが分かった。
ピリピリとした感触が、剥き出しの皮膚を刺激した。
ざわざわとした、大小様々な鼓動が聞こえ始めた。
「僕の声に応えよ。
眠りから目覚めて、悪鬼を喰らい咲き誇れ」
その感触は、力が一気に『下』へと吸い取られたようだった。
「いっけぇぇぇ~!」
神の力なのか魔力なのか、とにかく全身の残っている力を吸い取られ、ニコラスは気力で立っていた。
瓦礫や大地の至るところから根っこが急速に飛び出し、それらが絡み合いながらモンスターどころか、アレルやガイまで絡めとり、太い幹となり、あっと言う間に大木へと成長した。
足元は見渡す限り、燃え散らかった床も庭も、乾いた可愛らしい音を立てて白月花の花がまるでジュータンのように咲き乱れた。
そして、静寂が訪れた。
「うん・・・大丈夫・・・」
顔色のないニコラスの顔を、優しくユニコーンが舐めた。
力なく答えると、ニコラスはズルズルと座り込み、いつもの姿に戻ったココットがそんなニコラスの胸元に潜り込んだ。
「これは素晴らしい。
その状態で、ここまでのサイズの魔界の木を召喚するなんて、たいしたものですね」
いつの間にか現れて、いつの間にか消える。
神出鬼没のシンは、先程とは打って変わって、機嫌よく現れた。
「僕たちは・・・
貴方に動かされているんですか?」
この人に隙を見せてはいけないと思いつつも、ニコラスの中で『大丈夫』という不確かな感情もあった。
どっちにしろ、今度こそ指の一本も動かすことは出来ないでいた。
「違いますよ」
シンはそんなニコラスの心が分かるのかのように、笑いながら大木を眺め始めた。
「私は、ただ待っていたんですよ。
終わりを始める時を」
終わりを始める時。
「それは・・・」
心の中、記憶の隅で、もう一人のニコラスが叫んでいた。
思い出せと。
シンは笑いながらアレルとガイを大木から引きずりだし、無造作に投げ捨てた。
「ここまで来たのだから、誰か一人が欠けたって構わないんですよ」
シンは意識を失っているアレルを踏みつけ・・・
「大切なものを護りたいのなら、もっと強くなりなさい」
いつもの笑顔でそう言うと、スッと姿を消した。