北のバカブ神その18(その男)
18・その男
あの子等の笑顔を、あの人の幸せを守りたかった。
男の望みは、それだけだった。
「ずいぶんとお探しいたしました」
男は、自分の自由を奪うこの青年が、なぜ自分の事を知っているのかと戸惑った。
そして逃げようとして魔力を使おうとするが、魔力封じのアイテムでも使っているのか、魔力が上手く練れないことに気がついた。
ガイは男の目の前に立つアレルに、待つよう片手で合図をした。
「こんなはずではなかった。
あの薬をあれだけ飲んで正気に戻るなんて・・・」
男にとって、この結果は想定外だった。
「私の可愛い子供達が全て死んでしまった・・・
お前の炎に焼かれ、骨すら遺っていない」
「この方は、特殊体質なんです。
いつも、こんな感じで終わるんですよ。
そんな事より、貴方に声をかけたのは、誰ですか?」
男を落ち着かせるかのように、ガイは冷めた声をかけた。
「特異体質?
分かっていた。
分かっていたからこそ、だからこそ頭を弄らず、あの薬だけ飲ませたんだ!
お前たちこそ、なぜ私の邪魔をする!
私はただ・・・
あの子等の笑顔を、あの人の幸せを守りたいだけなんだ!
純真なる私の天使・・・
愛される為に生まれてくるはずだった子よ・・・」
激高が、嗚咽に変わった。
「貴方の守りたいお方は・・・」
ガイの話を遮って、城の門に居た黒目が現れた。
「見テミロ・・・
見テミロ・・・
食ワレタ腕カガ再生シタ」
黒目の楽しそうな声に、その場の全員の視線が、横たわったままの人物に集まった。
燃え盛る炎の中、突如現れた白いローブ姿の魔導召喚師は、黒い翼を広げた悪魔の様なモノに、その右腕を食いちぎられ血肉を貪られた。
掛けられたニコラスの防寒用マントの下、その片腕が、食い散らかされた筋肉や骨や皮膚が、綺麗に再生していた。
ほっそりとした美しい腕が、首筋が、傷一つなく再生していた。
「このっ!」
ココットが、ニコラスの剣を取り、追い払おうとした。
「私ノ研究ダ!
私ノ研究成果ダ!!」
黒目は文字通り全身でニヤリと笑うと、向かってくる剣先をヒラヒラと避け、まだ意識の無い魔導召喚師の上に乗ろうとしたが、アレルに捕まり瞬時に燃やされた。
「ア・・・
ア・・・
ア・・・
研究・・・
私ノ・・・
国・・・」
燃え尽きる寸前黒目は男を見て、ニヤリと笑った。
・・・その願い誰に願う・・・
悪魔に
「ア・・・
アア・・・
アアアアアア・・・」
男の中に、黒い感情が入ってきた。
男は思い出した。
誰に何を願ったのか思い出した。
そうだ、私は悪魔に願ったのだ。
・・・紫色の瞳が私を見ている。
今も、あの時も・・・
男の意識は過去へと飛んだ。
薄暗い研究室、並ぶ人体、逃げ惑う兵士や町民、若き魔導師二人との対立、産まれたばかりの双子、小さな体に施される数々の処置、城を襲う竜巻・・・
誰だ?
これは誰だ?
私か?
私だ・・・
私が私を観ている・・・
いや、もう一人・・・
記憶の混乱。
自分のものではない過去を見て、男は混乱した。
「ソンナ事ハ、ドウダッテイイ」
自分の中から、黒目の声が聞こえた。
「アノ子ガ帰ッテ来タ・・・
サア、再ビ宴ヲ始メヨウジャナイカ」
男の中で、黒目が高らかに笑い声を上げた。