表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
零地帯  作者: 三間 久士
85/137

北のバカブ神その17(炎の中)

17・炎の中


 炎の熱と明かりと音と・・・

それは、瞬きした瞬間だった。

その一瞬でニコラスが思い出したのは、『今』のアレルと初めてあった時だ。

けれど、垣間見たものは『過去』のアレルの最期だった。


「僕のクレアスとしての記憶でしょうか?

それとも、アレルさんの神としての記憶でしょうか?

・・・どちらにしても、今も昔も変わらないですね」


あまりの変わりなさに、少しだけニコラスの頬が緩んだ。

そして、過去との違いを大声で叫んだ。


「アレルさん!

いい加減にしないと、師匠に怒られますよ!

また、お城壊しましたよ!」


部屋は、見る影もなくなっていた。

テーブルも装飾品も壊され、砕かれ、発病者の損傷した死体と混ざり合い、燃え始めていた。

壁はぶち抜かれ、見通しが良くなった。

そのおかげか臭気は薄れたものの、その分、冷たい風が容赦なく吹き込んできて、体温が一気に奪われた。


あの人が生きているのが『今』だ。

僕たちは過去ではなく、『今』を生きているんだ。


ゆっくりと、二人の間合いが詰められていった。


「ガイさんだって怒りますよ。

妹さんだって・・・」


吐く息が白い。

寒さに剣を構える手が小刻みに震えた。

動いた。

今までの痙攣とはあきらかに違い、大きく体が動いた。


「師匠に言っちゃいますからね!」


微妙だが、表情が戻ってきているとニコラスには分かった。

とりあえず捕まえて体の自由を奪ってしまえばと、今度はニコラスから間合いを詰め始た。


動け、動け、僕の体!


瞬間、炎を纏った風の刃に襲われた。

炎の中に飛ばされ、体中を切り裂かれ、場所によっては骨近くまで刻まれた傷を炎が舐めていく。

熱さと痛みがニコラスを襲った。

瞬間、胸元のアクアマリンのペンダントが輝き、ニコラスの周囲の炎を消し去った。

周囲の冷気が、浅い傷を凍らせていく。


「血の臭いだ!

軟らかい肉の臭いだ!

お前は本能のままに、欲望を満たせばいいんだ!」


攻撃は、忘れていた男からだった。

血で滲む視界のなかで、アレルの口に新たな薬が押し込まれていくのを見た。


「う・・・う・・・ウォォォォ!!!!!」


今までよりも暗い瞳。

今までよりも凶暴な狂気がニコラスに向かって突っ込んできたが、脚の傷がひどく痛み、言うことを聞かない。

立つことも出来なかった。

そして、周りの炎がニコラスを飲み込み始めた。

その口は、瞳よりも暗く大きく・・・


「ぁああああ!!!!!!!!!!!!・・・・」


食べられるのは、ニコラスのはずだった。

微かに鼻をかすめた甘い香りは、瞬時に血の臭いに変わった。

聞こえる悲鳴は、ニコラスがあげるはずだった。

けれど、悲鳴を上げたのは、食われたのは、どこからか出現したクレフだった。

線の細い体をしっかりと捕まれ、食いちぎられた傷口に、さらに牙を立てられ、白い魔導着がみるみるうちに朱色に染まっていった。


「・・・いい加減に

・・・うああああああ・・・・」


アレルはクレフの右腕を肩から完全に食いちぎり、銀髪の頭を床に押し付けるとその体を足で抑え込んだ。

くわえた右腕を高々と持ち上げ、滴る血を開けた口で受け止めた。

そして、バリバリクチャクチャと耳障りな音を立てて、それを食べ始めた。

なぜここにクレフが居るのか分からなかった。

なぜ自分ではなく、クレフが食べられているのか分からなかった。

ただ数歩動いて、


止めないと・・・


それだけは分かった。

しかし、ニコラスの脚と手は動かない。

炎がジリジリと皮膚を焼いていく。

気持ちばかりが急いているニコラスの視界に、クレフの左手の指が微かに動いているのが飛び込んできた。


「あうっ・・・」


そんなクレフの髪がわしづかみにされ、乱暴に引き上げられた。

痛みに歪む表情、呼吸は速く荒かった。


「ここで・・・

私を・・・

殺しますか・・・」


口元を真っ赤な血で濡らしたアレルは恍惚の表情で、苦痛に喘ぐクレフを覗きこみ、その細い首筋に醜くゆがんだ笑みのまま鋭い牙を立てた。


女神が悪魔に食べられる。


そう、ニコラスが失望した瞬間だった。


「弱い」


どこからかシンが現れ、クレフをアレルから引き離した。

シンは崩れ落ちたクレフには見向きもせず、右手でアレルの翼をわしづかみにし、軽々と崩れた壁から庭へと投げ出した。

投げ出されたアレルが体勢を立て直すよりも早く、シンは左手でアレルのたくましい背を押さえ、翼を引き裂き始めた。

背骨なのだろうか?

羽の骨なのだろうか?

その音はアレルの叫びと混ざり、炎に溶け込んだ。

大きな双方の翼が背中から引きはがされ、悲鳴を枯らせながら、アレルの体は弓のように反り返るも、その背中や頭をシンの足で抑え込まれた。


「いつまでも、醜い翼を拡げているからだ」


紫の瞳が冷たく笑っていた。


「昔も今も、『己』に負け、大切なものを失い、同じ事の繰り返しで満足か?

子供じみた独占欲での恋愛ごっこは楽しいか?」


シンは、笑いながら血が溢れ出るアレルの背中を、ぐりぐりと踏み締めた。


「愛した者の血肉は、さぞかし甘美だろう?」


アレルの髪をわしづかみにし、その顔をすぐ隣で微かに呼吸するだけのクレフへと向けた。


「これで満足か?

それとも、髪の一本も残さず喰らうか?

食らって己が血肉にし、共に現世を終えるか?

敗者はいらない。

『己』にすら勝てない弱者なら、ここで消えてしまえ」


それは、ニコラスの知らないシンだった。

アレルを見下すその笑みはとても冷たく、『情』の色は一切なかった。


「消えろ」


冷たく言い捨てて、背中からアレルの心臓を狙って拳を振り下ろした。


「あ・・・あぁ・・・うあぁぁ!!!!!」


シンの拳が背中につく瞬間、アレルの叫び声が周囲の炎を消した。

視界が真っ白になったと思った次の瞬間、今までにない熱風が襲ってきた。

それはすぐにアレルへと集まった。

視界が戻ったとき、音はなく、ただただ炎の煌めきがそこにあった。

次第にアレルを取り巻く炎は小さくなっていき、アレルの背後に大きな炎の龍が見えた。その炎の龍は、吸い込まれるようにアレルの背中で朱い翼となった。


「ファイヤー・ドレイク、南の柱の守護龍。

バカブ神アレルによって命を落としたアフィーティの民の魂が集まり守護龍となって、バカブ神・アレルの代わりにこれまで南の柱を護っていた。

これで、永き時の楔から解放されるだろう」


いつの間に移動したのか、シンはニコラスの隣に立っていた。

厳しくもどこか優しさを含んだシンの呟きを聞きながら、ニコラスは素直に思った。


ああ・・・

覚醒したんだ。


アレルは倒れているクレフを抱き上げると、血の気の失せた額に優しくキスをした。


「立てるか?」


そのままニコラスの所に来ると、首を振るニコラスの横にクレフを横たわらせた。


「師匠」


痛々しい姿のクレフに声をかけるが、反応はなかった。

ただ、微かに上下する胸元を見て、命だけはあると、少しだけホッとした。


「悪い・・・」


ポツリとこぼした声はとても小さく、今にも泣き出しそうに聞こえた。

ニコラスの頬を撫でる手が優しかった。

眉間に皺をよせ、硬く唇を噛み締めるアレルの顔は、ニコラスには泣くのを我慢しているように見えた。


「どうしよう・・・

どうすればいいですか?

僕、強力な回復呪文、使えません。

回復アイテムも・・・」

「このままで大丈夫だ。

・・・放れず、ここにいろよ。

頼んだぞ、ココット」


クレフの惨状を目の当たりにして、ニコラスは何とか取り乱すことはしなかったものの、どうすればいいか、それだけが頭を回っていた。

そんなニコラスは、自分の防寒用マントをかけるのが精一杯だった。

いつになく神妙な声に、ココットは茶化すことなく静かにニコラスの胸元から出てくると、少年の姿になった。


「ガイ!」


ココットがニコラスの傍らに付いたのを見て、アレルはガイを呼んだ。

その声は、ニコラスにかけた優しい声とは程遠く、怒りに満ちていた。


「ここに」


柱の影から現れたガイは、あの男を捕まえていた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ