北のバカブ神その16(南のバカブ神エル・アレルの最期)
16.南のバカブ神エル・アレルの最期
炎に包まれた空間に在るのは、狂気に魅入られた神。
神としての装備はなく、血に染まった服を身に着け、ただ一振りの剣だけを携え、そこに立っていた。
なによりも大切にしていた存在を失い、誰よりも愛していた存在を失い、この神には悲しみと怒りしかなかった。
紅く黒く、その炎はチロチロと熱い舌で、西のバカブ神ネメ・クレアスの全身を舐めていた。
神とは思えない、獣のように荒い呼吸。
黒い瞳は何も映さず、歯を剥き出し涎を垂らし、破壊の欲求のまま、ただ目の前にあるモノを壊していく。
「僕には荷が重いですが・・・
もう、僕しかいませんからね」
大木を柱とするクレアスにとって、炎を柱とするアレルは相性が最悪だったが、他の二人が居ない今、アレルを止めるのはクレアスしか居なかった。
二人は剣を交えた。
力はアレルの方が上だ。
真っ向から受けないよう、スピードで先に先にと流しながら、好機を狙っていた。
しかし、熱かった。
必要以上に汗が吹き出た。
剣を握る手が滑り、身を守っている装備が邪魔だった。
どれだけ剣を交えたか。
時に、アレルの瞳から狂気が消える瞬間が多々ある事に気が付いた。
「アレルさん!
アレルさん!」
「ウオオオオオオオ~!!!」
クレアスの呼びかけに、アレルは剣を捨て飛び掛かってきた。
その瞳は、今までになく恐ろしく、クレアスは思わず目を閉じ叫んだ。
アレルに押し倒おされ死を覚悟したが、痛みは襲ってくることはなく、代わりに顔や手に、ヌルリとした嫌な感触が流れてきた。
手にしていた剣から伝わる嫌な感触に、恐る恐る目を開けた。
「アレルさん・・・」
クレアスの上に覆いかぶさっているアレルは、いつものように唇の片隅を上げて笑っていた。
「ティアムのヤツ・・・
この剣、北の守護がかかってるぞ」
厚い胸をクレアスの剣が貫き、ボトボトと落ちる鮮血はクレアスを染めた。
その剣に、アレルは北のバカブ神ポセ・ティアムの神の力を感じた。
「わりぃ・・・
貧乏くじ・・・
引かせたな・・・」
血に染まった手をクレアスの手に重ね、アレルは一気にその身を引いて剣を抜いた。
「封印してくるわ。
またな・・・」
そう笑ってクレアスに背中を向けると、アレルは軽く手を振り炎の中に消えた。